待っているだけのつもりでした!①
曲の終わりに合わせて、ノアと向かい合う。
最後まで、足は踏まなかった。
途中で止まることもなかった。
顔を上げると、ノアが笑っていた。
「上手だったね」
「ふふ。練習の成果、出たでしょう?」
「うん。ちゃんと見てた」
「よかった! 昨日付き合ってもらった甲斐があったね!」
嬉しくなって答えると、ノアの笑顔が少し深くなる。
彼の手を借りて礼をし、二人で広間の端へ歩き出した。
「楽しかった?」
「うん! 思っていたより、あっという間だったね」
「……僕は、もう少し踊っていたかったけど」
隣を見上げる。
そんなふうに言われると、嬉しい。
嬉しいけれど、どう返せばいいのか、一瞬迷ってしまう。
「じゃあ、また踊ろうよ。まだ夜会は始まったばかりでしょう?」
言うと、ノアがこちらを見た。
「……うん。また、誘いに行く」
「約束ね!」
頷いてから、自分の言葉を思い返す。
……あれ。
私、ずいぶん張り切ってない?
ノアは嬉しそうだ。
まあ、いっか。
楽しかったのは、本当だもの。
* * *
ママのそばへ戻ると、私はさっそく声をかけた。
「ママ、見てた?」
「ええ。とても素敵だったわ」
「途中で練習を思い出したの。ノアが合わせてくれたから、最後まで踊れたよ」
ノアへ顔を向けると、彼は少し照れたように笑った。
「ティアが、ちゃんと覚えてたからだよ」
「そうかな? ふふ、ありがとう!」
ママが楽しそうに二人を見比べる。
その視線に気づき、私は話題を変えるように辺りを見回した。
「そういえば、パパとリオンは?」
「お父様のお知り合いに、魔法のお話を伺っているの」
少し離れたところで、リオンが熱心に頷いていた。
……ああ、あの顔。
面白いお話を聞いているときの顔だ。
「あとで、私にも教えてもらおうっと」
呟いたところで、ノアを呼ぶ声がした。
公爵閣下が、こちらへ歩いてくる。
隣には、華やかなドレスを着た令嬢がいた。主催のご夫婦へご挨拶したとき、そのそばにいらした方だ。
「ノア。こちらのお嬢様にも、ご挨拶を」
「はい」
ノアが姿勢を正す。
令嬢は優雅に礼をして、彼へ微笑んだ。
「学園では、何度かお姿を拝見しておりますわ。剣術大会で優勝なさったそうですね」
「ありがとうございます」
ああ。
こちらが、ノアのお父様がお話ししていた方なんだ。
私も礼をして、二人の会話を聞く。
令嬢は話し方まで綺麗だった。ノアが答えると、楽しそうに目を細めている。
少し言葉を交わしたあと、ノアが彼女へ向き直った。
「よろしければ、一曲お相手いただけますか」
「ええ。喜んで」
差し出された手へ、白い手袋の指が重なる。
胸の奥が、ふっと落ち着かなくなった。
ノアがこちらを見たので、私は笑って手を振りかけ、途中で小さく下ろした。
……ここ、お屋敷じゃなかった。
「いってらっしゃい」
彼は頷き、令嬢と広間へ戻っていった。
* * *
二人が踊り始める。
……綺麗だなぁ。
ノアに合わせて回るたび、令嬢のドレスが大きく広がった。
何か話しかけられ、ノアが微笑む。
その顔を見た途端、胸がきゅっとした。
さっきまで、私もあんなふうに踊っていた。
でも、外から見ると、こんな感じなんだ。
……お似合いだな、なんて。
思ってから、なぜか目を逸らしたくなった。
「ティア。飲み物はいかが?」
「あっ、ありがとう」
ママからグラスを受け取り、一口飲む。
ひんやりして、おいしい。
もう一口飲んでから、そっと息をついた。
……何を気にしているの、私。
ノアは誰と踊っても上手だろうし、相手に微笑むのも普通のことだ。
私と踊ったことが、なくなるわけじゃない。
また誘うとも言ってくれた。
うん。
大丈夫。
そう思ったはずなのに、気づけばまた二人を見ていた。
「セレティア様」
呼ばれて振り向くと、先ほどご挨拶した令息が立っていた。
「次の一曲は、お決まりでしょうか」
「いえ。まだです」
「でしたら、ぜひ、お相手いただけませんか」
……あ。
そうだ。私も踊っていいんだった。
何となくノアを待つつもりでいた自分に気づき、少し驚く。
ママへ目を向けると、穏やかに頷いてくれた。
「はい。喜んで」
グラスを預け、差し出された手を取る。
せっかく来たんだもの。
私も、ちゃんと楽しもう!




