見つけるって、言ったでしょう?①
鏡の前で、私はそっと息を吸った。
淡い水色のドレスは、動くたびに裾が柔らかく揺れる。襟元と袖にあしらわれた細かな刺繍が、灯りを受けてほのかに浮かび上がった。
ミアが結い上げた髪へ、銀色の髪飾りを留めてくれる。青い宝石が、鏡の中できらりと光った。
「いかがでしょう、お嬢様」
「……すごい。私じゃないみたい」
「お嬢様ですよ」
ミアが笑う。
わかっているけれど。
髪型もドレスも違うと、こんなに雰囲気が変わるんだ。
少し顔を横へ向けると、髪飾りの宝石がまた光った。
「ふふ。やっぱり、この髪飾りにしてよかった」
「ノア様にも、お見せしたいですね」
思わず、鏡越しに目が合う。
「な、何でノア?」
「最初のダンスをお約束されているのでしょう?」
……そうでした。
昨日、練習までしているんですから、ご存じですよね!
私は耳が熱くなるのを感じながら、もう一度鏡を見た。
ノアは、何と言うだろう。
少しは、綺麗だと思ってくれるかな。
そこまで考えて、慌てて背筋を伸ばす。
今日は、社交のお勉強。
ご挨拶をして、失礼のないように振る舞って。
……それから、ノアと踊るのも。
少しくらい楽しみにしていたって、いいよね。
* * *
玄関へ下りると、先に支度を終えた家族が待っていた。
「姉様」
リオンが顔を上げ、少し目を見開く。それから、嬉しそうに微笑んだ。
「とてもお綺麗です」
「ありがとう! リオンも、格好いいね!」
白金色の髪に、落ち着いた色の礼装がよく似合っている。いつもの制服姿より大人びて見えて、私は少し首を傾げた。
「何だか、また背が伸びたみたい」
「それは、姉様が見慣れていらっしゃらないだけでは?」
「そうかな。でも、すごく似合ってるよ」
答えると、リオンが嬉しそうに目を細めた。
「……やはり、今日は家で過ごさないか」
パパの声に、私は振り向く。
「どうして!? せっかく、みんなでお出かけできるのに!」
「いや……」
「あなた。ティアも楽しみにしていたのよ」
ママが笑いながら、パパの腕へ手を添える。
少し困った顔のパパに近づいて、私は笑った。
「パパたちも一緒なんだから、大丈夫でしょう?」
「……そうだな」
ようやく頷いてくれたので、ほっとする。
玄関を出ると、リオンがそっと手を差し出した。
「姉様、足元にお気をつけて」
「ふふ。ありがとう」
手を借りて、馬車へ乗り込む。
向かいへ座ったリオンは、私の髪飾りへ目を留めた。
「そちらを選ばれたんですね」
「うん。ドレスにも合うでしょう?」
「ええ。よくお似合いです」
微笑まれて、私も頬を緩めた。
窓へ顔を向けると、街には少しずつ灯りがともり始めていた。
* * *
会場となる屋敷の広間には、すでに大勢の招待客が集まっていた。
高い天井から下がる灯り。磨き上げられた床。
色とりどりのドレスと、穏やかな音楽。
……わあ。
何度見ても、こういう場所は少しどきどきする。
パパたちと主催のご夫婦へご挨拶をして、少し離れたところで、ようやく息をついた。
その途端、周囲の声が耳に入る。
「アストレイア侯爵家の……」
「あちらが、噂のご令嬢?」
「学園へ入学されたと伺ったが」
……ん?
今、私の話をしています?
そっと顔を向けると、近くにいた令息と目が合った。相手が微笑んで礼をしたので、私も会釈を返す。
すると、別の場所からも視線を感じた。
……やっぱり、見られてる。
学園の初日にも、こんなことがあった。
深窓の令嬢という呼び名は、ここでも知られているのだろうか。
少し落ち着かなくなり、隣のリオンへ声を落とす。
「……何か、変なところはない?」
「ありませんよ。とてもお綺麗です」
迷いなく返され、私は弟を見上げた。
「ありがとう。リオンがそう言ってくれるなら、安心する」
「では、どうぞ胸を張っていてください」
その言い方に、少し笑ってしまう。
そうだね。
ミアが綺麗にしてくれたんだもの。
今日は堂々と、ご挨拶をしよう。
そう決めたところで、パパが前方へ目を向けた。
「ヴォルフィード公爵」
その名に、思わず顔を上げる。
落ち着いた雰囲気の男性が、こちらへ歩いてきた。すぐ隣には、ノアがいる。
……あ。
黒を基調とした礼装に、白い襟元。
いつもより整えられた黒髪。
昨日も会ったばかりなのに、思わず見つめてしまった。
……格好いい。
制服でも、屋敷での普段着でも素敵だと思っていたけれど。
今日は、いつもより大人っぽく見える。
ノアも私に気づいた。
視線が合い、彼の足がわずかに緩む。けれど、すぐに父親へ歩調を合わせた。
私は慌てて、パパの隣で姿勢を正す。
「お久しぶりです、アストレイア侯爵」
「こちらこそ。今夜は、ご子息もご一緒なのですね」
「ええ。いつまでも学園のことだけに専念させておくわけにもいきませんから」
公爵の隣で、ノアが静かに頷いた。
「父について、勉強させていただいております」
いつもより、改まった声だった。
私も礼をして、公爵へご挨拶する。
「ごきげんよう、公爵閣下。セレティアでございます」
「ご令嬢も、学園へ通われているそうですね」
「はい。毎日、新しく学ぶことが多く、楽しく過ごしております」
「それは何よりです」
穏やかではあるけれど、自然と背筋が伸びる。
公爵はリオンにも声をかけ、魔法の授業について尋ねた。弟が落ち着いて答える横で、私はそっとノアを見る。
彼は父親たちの会話に耳を傾けながら、きちんと立っていた。
……公爵家の跡取りなんだなぁ。
知っているはずのことを、改めて感じる。
ノアも、こういう場所でいろいろなことを学んでいるのだ。
やがて公爵が、広間の奥へ視線を向けた。
「では、我々は主催の方へご挨拶を」
「ええ。また、後ほど」
パパが頷く。ノアも一礼した。
離れる直前、もう一度だけ目が合う。
彼の唇が、小さく動いた。
――あとで。
声は聞こえなかったけれど、そう言った気がした。
私は、ほんの少し頷いた。




