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『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
第1章 恋愛しないはずの学園生活

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練習なのに、近すぎませんか!?

夜会の前日。


屋敷の小広間で、私はそっと深呼吸した。


椅子は壁際へ寄せられ、床には物一つ落ちていない。窓からは午後の光が差し込み、少し開いた扉の向こうにはミアが控えている。


準備は万全。


足を引っかける心配もありません!


……問題は、目の前のノアなんですけど。


「そんなに緊張しなくても」


笑いながら手を差し出され、私はその顔を見上げた。


「ノアが落ち着きすぎなの!」


「まだ、何もしてないよ?」


「これからするでしょう!」


言ってから、はっとする。


何を!?


ダンスです!ほかには何もしません!


ノアは一瞬だけ黙り、それから口元を緩めた。


「……そうだね。じゃあ、始めようか」


今の間は、何ですか。


聞けないまま、差し出された手へ自分の手を重ねる。


ノアが一歩近づいた。


肩へ手を添えようとしたところで、腰にもそっと手が回る。


……はい、近い!


知ってました。


ダンスって、そういうものです。


でも、知識として知っているのと、実際にノアが近くにいるのとでは、話が違いませんか!?


「ティア、肩に力が入ってる」


「……入るよ」


「うん。少しずつでいいから」


からかわずに言われて、私は小さく息を吐いた。


まずは、習ったとおりに。


足の位置を確かめて、一歩。


ノアも、私に合わせて動いた。


* * *


最初の数歩は、うまくいった。


たぶん。


少なくとも、足は踏んでいない。


ところが、向きを変えようとしたところで、次の一歩に迷った。


右?


違う、こっち?


考えた瞬間、靴の先がノアの足に触れる。


「あっ、ごめん!」


「大丈夫」


「今、踏んだよね!?」


「少しだけね」


少しだけ、という優しさが痛い!


慌てて足を引くと、今度は体が後ろへ傾いた。


腰を支えていた手に、わずかに力がこもる。


「そんなに離れなくていいよ」


引き止められ、顔を上げた。


すぐ近くに、青い瞳がある。


「足を避けようとして、ティアが転んだら困るから」


「……うん」


その声で、ようやく体の力が抜けた。


ノアは私が立ち直ったのを確かめると、手を離した。


「一度、足だけ確認しようか」


「お願いします……」


隣へ並び、同じ向きになる。


ノアがゆっくり動いてくれるので、私もその足を追った。


一歩、二歩。


向きを変えて、もう一度。


……あ。こうか。


「そう。今ので合ってる」


「わかった!もう一回やってもいい?」


「もちろん」


今度は迷わず動けた。


嬉しくなって振り向くと、ノアも笑っていた。


「できたね」


「うん!これで、ノアの足も守れそう!」


言うと、彼が肩を揺らす。


「そんなに心配しなくても、平気だよ」


「私が気にするの!」


もう一度、手を取る。


さっきより少し近づきやすくなったのは、足の動きがわかったから。


……うん。きっと、それだけです!


* * *


何度か繰り返すうちに、足元を見なくても動けるようになってきた。


ノアの歩幅に合わせる。


向きが変わる前には、手や体の動きでわかる。


一人で全部考えなくても、ついていける。


「……楽しいかも」


思わず呟くと、ノアが私を見た。


「かも?」


「楽しい!」


言い直すと、嬉しそうに目を細める。


「よかった」


その顔を見て、また少し足が危なくなった。


……だから!


急にそんな顔をしないでください!


「ノア、笑わないで」


「え?」


「足のこと、忘れちゃうから」


言ってしまってから、自分の言葉に気づいた。


……今の、何?


ノアの笑顔を見ていると足を忘れるって。


つまり、見とれているみたいじゃない!?


「ち、違うの!つられて笑っちゃうと、数を忘れるから!」


「……うん」


ノアは口元を引き締めた。


けれど、目元は全然隠せていない。


「笑ってるでしょう」


「ごめん」


謝りながら、ますます嬉しそうになる。


もう、絶対わざとだ!


私もおかしくなってしまって、結局、二人で足を止めた。


* * *


「ずいぶん楽しそうですね」


扉の方を見ると、リオンが盆を持ったミアと一緒に立っていた。


「あっ、リオン!」


「少し、休憩なさいませんか?」


飲み物を用意してくれたらしい。


ありがたく椅子へ座ると、思った以上に喉が渇いていた。


「姉様、もう踊れそうですか?」


「うん!ノアのおかげで、少し思い出してきた!」


グラスを受け取りながら答えると、リオンは私の足元を見た。


「では、僕とも一度」


「リオンと?」


「はい。僕も、練習しておきたいので」


私はノアを見る。


彼は少しだけ眉を上げてから、頷いた。


「相手が変わっても踊れるか、確かめてみる?」


「……それ、大事だね!」


立ち上がってリオンの手を取ると、弟は綺麗に礼をした。


「一曲、お相手いただけますか」


「ふふ。喜んで」


同じ踊りなのに、少し違う。


手を置く高さも、進む歩幅も。


リオンは私の様子を見ながら、丁寧に合わせてくれた。


「上手だね、リオン!」


「ありがとうございます。姉様も、お上手ですよ」


にっこりと微笑まれる。


……可愛い。


背は追い越されたけれど、こういう顔をすると、やっぱり可愛い!


一通り踊り終えると、リオンは私の手を取ったままノアへ顔を向けた。


「ノア兄様。姉様なら、もう大丈夫そうですよ」


「うん。見てた」


「明日は、安心してお任せできますね」


……ん?


私が、任される方なの?


ノアは小さく笑った。


「そうだね。でも、最後にもう一度だけ」


差し出された手を見て、私は頷いた。


「うん!今のうちに、ちゃんと覚えておきたい!」


リオンは私の手を離し、楽しそうに二人を見比べた。


「では、僕はお邪魔しないようにしていますね」


……練習だからね!?


その言い方だと、何だか違うものに聞こえます!


* * *


リオンが椅子へ腰を下ろし、ミアが小さなオルゴールのねじを巻く。


穏やかな旋律が流れ始めた。


ノアの手に導かれ、私は一歩踏み出す。


さっきより、自然に動けた。


足元ではなく、ノアを見る余裕もある。


近いけれど、もう最初ほど慌てない。


……慣れるものなんだなぁ。


そう思ったところで、ノアが静かに尋ねた。


「明日、どんなドレスを着るの?」


「それは、まだ内緒」


「内緒?」


「うん。今日のために練習したんだから、ちゃんと綺麗にして行こうと思って」


答えると、ノアの視線が私の顔に留まった。


「……そっか」


「ノアも、いつもより格好よくしてくる?」


「そのつもりだけど」


「じゃあ、見つけられるかな」


冗談めかして言うと、ノアは少し考えるように目を細めた。


「僕が先に、ティアを見つけるよ」


……あ。


思ったより真面目な声だった。


「人がたくさんいるよ?」


「うん」


「私、いつもと髪型も違うかもしれないし」


「それでも」


迷わず返されて、次の言葉が出てこなくなる。


「見つけたら、誘いに行くから」


腰を支える手は、変わらず優しい。


「最初の一曲、取っておいてね」


そのとき、音楽がゆっくりと終わった。


足を止めても、すぐには顔を逸らせなかった。


近くで見るノアの瞳は、こんなに青い。


……まただ。


嬉しくて、胸が跳ねる。


そのあとから、小さな不安が追いかけてくる。


でも、今ここで手を離して逃げたいとは思わなかった。


「……うん。待ってる」


答えると、ノアが笑った。


その顔を見たら、明日がますます楽しみになってしまった。


* * *


ノアたちが部屋を出たあと、私はミアとオルゴールを片づけていた。


「お嬢様、とても綺麗に踊っていらっしゃいましたよ」


「本当?最初は、足を踏んじゃったけど」


「ええ。ですが、最後はお顔を上げて、楽しそうになさっていました」


……見られてた。


そりゃ、見ていたよね。


ずっと、同じお部屋にいたんだもの!


私はオルゴールの蓋を閉じ、そっと指を重ねた。


明日、ノアはほかの令嬢とも踊る。


それは、変わらない。


けれど、私を見つけて誘いに来てくれるとも言った。


最初の一曲を、取っておいてほしいと。


……うん。


それなら、まずはその一曲。


先のことまで、今すぐ答えを出さなくてもいいよね。


「ミア。明日の髪飾りなんだけど」


「はい」


「あの青い宝石のもの、使えるかな?」


ミアが、柔らかく微笑んだ。


「もちろんです。ドレスにも合うよう、綺麗に整えましょう」


「……ありがとう」


窓の外は、まだ明るい。


夜会までは、あと一日。


何度も楽しみにしている自分に気づきながら、私は明日のドレスを確かめに、ミアと部屋を出た。

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