優勝のあとも、約束は続く
表彰式の案内が響き、私たちは観客席へ戻った。
試合場の中央には、上位に入った生徒たちが並んでいる。
その先頭に立つノアを見つけて、私は背筋を伸ばした。
……本当に、優勝したんだ。
さっきまで近くで話していたのに、こうして見ると、また少し遠い。
隣でリオンが拍手を始めた。私も慌てて、拍手を送る。
ノアの頬には、もう傷は見えない。
ほっとしかけてから、私は膝の上へ視線を落とした。
……よかった、だけじゃ駄目なんだよね。
ノアにも、リオンにも注意された。人前で使っても大丈夫かどうか、私一人で決めていい力ではなかったのだ。
「姉様」
小さな声に顔を向けると、リオンは前を見たまま言った。
「ノア兄様が、呼ばれますよ」
「……うん」
今は、ちゃんとお祝いしよう。秘密のことは、あとで改めて考える。
私は顔を上げた。
* * *
優勝者として名前を呼ばれ、ノアが一歩前へ出る。
賞を渡すのは、ユリウス殿下だった。
生徒会長としての落ち着いた顔で、ノアへ言葉をかけている。
「ノア・ヴォルフィード。優勝、おめでとう」
よく通る声に、会場から拍手が起こった。
「ありがとうございます」
ノアが礼をして、賞を受け取る。
その隣にはアルヴィン様が立ち、ほかの入賞者たちにも目を配っていた。来賓席では、アシェル様も拍手をしている。
……なんだか、すごい光景。
朝は、師匠に会えただけで嬉しかった。アシェル様が来たときも、びっくりした。
でも、今日あの場所に立ったのは、ノア自身が頑張ったからだ。
そう思うと、胸がいっぱいになる。
ノアが観客席へ顔を向けた。私は笑って、もう一度拍手を送る。
今度は、目が合っても慌てなかった。
……おめでとう。
ちゃんと、届いているといいな。
* * *
閉会の挨拶が終わると、会場は帰り支度を始める生徒たちで賑わった。
私たちは少し人の流れが落ち着くのを待ち、席を立つ。
「楽しい一日でしたね!」
リリアが、名残惜しそうに試合場を振り返った。
「うん! 準備のお手伝いもできたし」
「ええ。来年も、楽しみですわね」
ローゼリア様も微笑む。
来年。
その頃には、私も今より学園に慣れているのかな。二人とも、もっと仲良くなれているといいなぁ。
そんなことを考えながら通路へ出ると、向こうからユリウス殿下が歩いてきた。
隣には、ノアがいる。
「セレティア嬢。皆も、楽しめたかな?」
私たちは足を止め、礼をした。
「はい。とても楽しかったです!」
「それは何よりだ」
殿下が頷く。
「薬学の準備も、助かったと先生から聞いているよ。ありがとう」
「いえ。こちらこそ、参加できて嬉しかったです」
リリアもローゼリア様も、隣で頷いた。
自分たちの準備が、ちゃんと役に立った。
……ふふ。布を数え直した甲斐もありました!
殿下はリオンにも声をかけ、それからノアへ目を向けた。
「さて。優勝者を、いつまでも引き止めておくわけにもいかないな」
「……殿下が、お呼びになったのでは」
「ああ。おかげで必要な確認が済んだ」
殿下は涼しい顔で答えた。
「君は、まだ話したいことがあるようだから」
「……何のお話でしょうか」
「おや。違ったかな?」
ノアが小さく息をつく。
……殿下。
お仕事が終わった途端、いつものお顔に戻りましたね!?
「では、皆も気をつけて帰るように」
楽しそうに笑い、殿下は先生方のいる方へ歩いていった。
* * *
そのあと、リリアとローゼリア様と別れ、私たちは馬車の待つ場所へ向かった。
ノアは、今日も途中まで一緒だ。
「ノア兄様。改めて、おめでとうございます」
「ありがとう、リオン」
「姉様、表彰式でも嬉しそうでしたよ」
「リオンもでしょう?」
私が言うと、弟は素直に頷いた。
「ええ。もちろんです」
ノアが、小さく笑う。
試合中の緊張はもう解けたようで、歩く速さもいつもどおりだった。
「疲れてない?」
「さすがに、少しね」
「帰ったら、ゆっくり休んでね」
「うん」
そこで、ノアが上着のポケットへ手を添えた。
「ティア。ハンカチ、ありがとう」
「あっ、ううん。役に立ってよかった!」
差し出されるのかと思い、少し手を動かす。けれどノアは、ポケットから出さなかった。
「洗ってから、返してもいい?」
「もちろん。急がなくて大丈夫だよ」
「じゃあ、今度の休みに返しに行ってもいい?」
私は頷きかけて、首を傾げた。
「お休みの日に? 明日も学園で会うでしょう?」
「うん。でも、家へ行ってもいいかな」
「私のお家?」
「そう。返しに」
……ハンカチを?
思わず、ノアのポケットを見る。
明日でも、明後日でも会えるのに。わざわざ、お休みの日に?
「洗うのに、そんなに時間がかかるものじゃないと思うけど……」
正直に言うと、ノアが一瞬黙った。
隣で、リオンが小さく咳払いをする。
……ん? 何か、おかしなこと言った?
ノアは少しだけ困った顔で笑った。
「そうだね。じゃあ、ハンカチは先に返す」
それから、私を見る。
「休みの日に、ティアに会いに行ってもいい?」
……あ。
今度は、ちゃんとわかった。ハンカチを返したいだけじゃ、なかったんだ。
「……うん。もちろん」
頷くと、ノアの表情が柔らかくなった。
「よかった」
たったそれだけの返事なのに、なんだか耳が熱くなる。
……もう。最初から、そう言ってくれたらいいのに。
いや、言われたら言われたで、照れるんですけど!
「僕も、家におりますよ」
リオンが、にっこりと笑った。
「うん。リオンにも会いに行くよ」
「ええ。僕も楽しみにしていますね」
……ふふ。また三人で過ごせるね。
私は嬉しくなって、二人を見比べた。
「じゃあ、お茶を用意してもらおうかな。今日のお祝いも、まだしていないもの」
「ティア」
「ん?」
ノアが、少し声を落とした。
「お祝いは、さっきしてもらったよ」
頬に触れたときのこと。
包まれた指先。
少し低くなった、あの声。
一度に思い出して、私は慌てて顔を上げた。
「……あれは、お祝いじゃなくて」
そこまで言って、口を閉じる。
ここで、続きを話しちゃ駄目でしょう、私!
ノアは私の様子を見ると、静かに言った。
「おめでとうって、笑ってくれたでしょう?」
……そっち!?
私は瞬きをした。ノアの口元が、わずかに緩む。
「それが、嬉しかった」
今度こそ、返す言葉が出てこなかった。
試合に勝って、賞を受け取って。会場中から、あんなに拍手をもらったのに。
私が笑ったことまで、そんなふうに覚えているなんて。
「……それくらい、何度でも言うよ」
ようやく答えると、ノアが目を細めた。
「うん。じゃあ、また聞かせて」
* * *
馬車の前で、ノアと別れる。
「今日は、ありがとう」
「こちらこそ。お疲れさま、ノア」
「また明日、ティア」
「うん。また明日!」
手を振って見送ってから、私は馬車へ乗り込んだ。
向かいに座ったリオンが、私を見る。
「姉様」
「なあに?」
「お休みの日の予定、ノア兄様に先を越されてしまいました」
少し残念そうに言われ、私は目を丸くした。
「リオンも、一緒にお茶をするでしょう?」
「ええ。ですが、僕も姉様をお誘いしようと思っていたので」
「そうだったの? じゃあ、その次のお休みはリオンと過ごそうか」
弟が、嬉しそうに微笑む。
「……約束ですよ」
「うん!」
馬車が、ゆっくりと動き出した。窓の外で、学園の門が遠ざかっていく。
大会は終わった。でも、楽しみな約束が、また増えた。
私は膝の上の手を見つめ、そっと指を重ねる。
……今日は、応援しただけのはずなのに。
試合の最後より、そのあとのことばかり思い出してしまう。
困ったな。
今夜、ルゥにお話しすることが、多すぎる。




