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『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
第1章 恋愛しないはずの学園生活

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勝ったら、君に会いにいく

準決勝でも、ノアは勝った。


最後の一撃が決まった瞬間、私は立ち上がりかけて、慌てて座り直した。


……落ち着いて、私!

応援する側が、先に飛び出してどうするの!?


「姉様。拍手は、座ったままでもできますよ」

「……わかってるよ」


隣で微笑むリオンに、小声で返す。


でも、嬉しいものは嬉しい。これで、次は決勝だ。


試合場では、ノアと対戦相手が礼を交わしていた。


審判を務めるアルヴィン様が二人へ短く声をかける。ノアは真剣な顔で頷いてから、観客席へ目を向けた。


私は両手で、大きく拍手を送った。


ノアが、ふっと笑う。それから通路の方を示して、小さく手を上げた。


……私を呼んでる?


「行ってらしては?」


ローゼリア様の声に振り向くと、二人ともこちらを見ていた。


「でも、休む時間ですし……」

「少し、お話ししたいのかもしれませんね」


リリアが微笑む。


私はもう一度ノアを見てから、席を立った。


* * *


ノアは、試合場の脇の長椅子に座っていた。


防具の留め具を緩め、ゆっくり息を整えている。


「ノア。決勝進出、おめでとう!」


顔を上げた彼が、嬉しそうに目を細めた。


「ありがとう、ティア」

「疲れてるよね。少しだけ、お邪魔してもいい?」

「うん。隣、どうぞ」


腰を下ろすと、額に浮かぶ汗が見えた。


私は鞄から、予備のハンカチを取り出す。


「これ、よかったら使って。まだ使っていないものだから」


ノアの視線が、私の手へ落ちる。


「……借りてもいい?」

「もちろん」


受け取ったハンカチで汗を押さえ、ノアが小さく息をついた。


会場からは、決勝の準備をする声が聞こえてくる。


「次の方も、強いんだよね」

「うん。簡単には勝たせてもらえないと思う」


私は膝の上で指を重ねた。


勝ってほしい。でも、怪我はしてほしくない。


少し迷ってから、ノアを見た。


「無理はしないでね。でも、いっぱい応援するから」


ノアは頷いた。それから、手の中のハンカチへ目を落とす。


「勝ったら、ティアのところへ行ってもいい?」

「……うん」


頷いてから、私は付け足した。


「でも、勝たなくても来てね」


ノアが、顔を上げる。


「頑張ったノアに、お疲れさまって言いたいもの」


彼は私を見つめていた。やがて、口元がゆっくりと緩む。


「……じゃあ、終わったら」

「うん。待ってるね」


* * *


ノアを見送って観客席へ戻る途中、リオンたちと合流した。


すぐそばには、試合の確認を終えたアルヴィン様もいた。


「アルヴィン様。お久しぶりです」


リオンが丁寧に礼をする。


「リオン様も、お元気そうで」

「はい。今日は、お会いできて嬉しいです」

「私もです。お二人とも、学園生活を楽しんでいらっしゃるようですね」


私とリオンを見比べ、アルヴィン様が微笑んだ。


……ふふ。こうして三人でお話ししていると、屋敷で剣を教わっていた頃を思い出すなぁ。


「決勝も、アルヴィン様が審判を?」

「ええ。その予定です」


私は試合場へ目を向けた。

あそこに、ノアが立つ。そして師匠が、すぐそばで見ていてくれる。


「……よろしくお願いいたします」


思わず頭を下げると、アルヴィン様は静かに頷いた。


「しっかり、見届けます」


その落ち着いた声に、少しだけ肩の力が抜けた。


* * *


決勝の開始が告げられた。


中央で、ノアと対戦相手が向かい合う。アルヴィン様が二人の準備を確認し、試合場の端へ下がった。


「始め!」


二人が動く。


最初の打ち合いで、観客席の声が止まった。


ノアが受け、相手が離れる。追いかけた剣を、今度は相手が弾いた。


……速い。さっきまでの試合より、ずっと。


どちらかが踏み込むたび、膝の上で手を握りそうになる。私はそっと指を開いた。


ちゃんと見よう。最後まで。


二人の間を、アルヴィン様の視線が追っている。


剣が重なり、離れた。


ノアが前へ出ると、相手は横へ動く。すぐに一撃が返り、ノアの剣がそれを受け止めた。


会場から、息を呑む音がする。


それでも、ノアは相手から目を逸らさなかった。


私は、さっきの声を思い出す。


――終わったら。


……うん。ここで、待ってる。


次の瞬間、相手が大きく踏み込んだ。


ノアが半歩、斜めに体を引く。振り下ろされた剣が、その前を通った。


すぐに、ノアの足が前へ出る。


返された一撃が、相手の胴を捉えた。


「そこまで!」


アルヴィン様の声が響いた。


静まり返った会場で、二人の剣が下がる。


「勝者、ノア・ヴォルフィード!」


一瞬遅れて、歓声が弾けた。


「……勝った!」


今度は、立ち上がった。


リリアも、ローゼリア様も拍手をしている。私も何度も手を叩いた。


ノアが相手と礼を交わす。


アルヴィン様は両者へ言葉をかけたあと、ノアの肩を軽く叩いた。その表情が、少しだけ和らいでいる。


顔を上げたノアが、観客席を探した。


目が合う。


私は笑って、大きく頷いた。


……優勝、おめでとう。

早く、直接言いたいな。


* * *


「姉様。通路へ出ましょうか」


リオンに声をかけられ、私は頷いた。


人の流れに気をつけながら階段を下りる。試合場へ続く通路の手前まで来たところで、向こうからノアが出てきた。


剣は係の人に預け、防具も外している。


私を見つけた途端、その足が速くなった。


私も、つられて歩み寄る。


目の前で止まったノアは、まだ息を弾ませていた。


「……ティア」

「優勝、おめでとう!」


ようやく言えた言葉に、ノアが笑う。


「うん」


それから、張り詰めていたものがほどけるように、少し肩を落とした。


「……来たよ」

「うん。待ってた」


答えたところで、頬に細い傷があることに気づいた。


「……ノア、ここ」

「ああ。防具を外すとき、手袋の縁で擦ったみたい」


ノアは頬へ触れかけ、少しだけ顔をしかめた。


血はほとんど出ていない。けれど、赤くなった細い線が気になった。


「痛くない?」

「少しだけ。あとで診てもらうよ」


そう言って、また笑う。


私はその頬へ、そっと手を伸ばした。


「ティア?」


近くで、青い瞳が瞬く。


指先を傷のそばへ添え、ほんの少しだけ力を流した。手の陰で、細い傷が閉じていく。


これくらいなら、もう迷わず治せる。

魔力を止めるまで、ほんの一呼吸だった。

ノアが、息を止めたように私を見る。


私は少し背伸びをして、小さく囁いた。


「……内緒だよ」


誰かに見られても、頬に触れただけに見える。そう思ってしまった。


けれどノアは、笑わなかった。


私の手に自分の手を重ね、頬からそっと下ろす。そのまま、指先を包み込んだ。


「……ありがとう。でも、ここでは駄目だよ」


誰にも聞こえないくらいの、低い声だった。


「ほんの少しだったから……」


言いかけて、口を閉じる。

ノアが、まっすぐ私を見ていた。


「君に何かあったら、僕が困るんだけど」


……っ。


いつもの甘い笑顔じゃない。


私の返事を待つ瞳を見て、ようやく自分が軽く考えていたことに気づいた。


「……ごめんね」


小さく答えると、ノアはゆっくり息を吐いた。


「うん。次は、気をつけて」


包まれた手は、そのままだった。

私は少しだけ視線を落とす。

さっきまで、剣を握っていた手。あんなに強い相手と戦っていたのに、私の指に触れる力は優しい。


「……でも、痛くなくなった?」


どうしても気になって尋ねると、ノアが一瞬黙った。

それから、困ったように笑う。


「うん。もう、痛くない」


よかった。

ほっとすると、ノアの指がわずかに動いた。


「だから、そんなに嬉しそうにしないで」

「えっ?」

「……注意しにくくなる」


その声に、今度こそ顔が熱くなった。


……だって。

ノアが痛くないなら、嬉しいに決まってるでしょう。


「ノア兄様」


リオンの声に、はっとする。


「表彰式のご案内が、始まっていますよ」


会場の方から、係の人が出場者を呼んでいた。


ノアは一度そちらを見て、私の手をゆっくり離した。


「……また、あとで」

「うん」


彼が会場へ戻っていくと、リオンが私の隣へ寄った。


「姉様。次は、お一人で判断なさらないでくださいね」


声は小さく、表情もいつもより真剣だった。


……気づいてたんだ。


「……はい」


頷くと、リオンはそれ以上言わず、会場へ目を向けた。


その先では、アルヴィン様がノアを迎えていた。二人で表彰式の場所へ向かっていく。


私は、空いた手をそっと握った。


傷が治ってよかった。

優勝できて、本当によかった。


でも、今いちばん頭から離れないのは、少し低くなったノアの声だった。


――君に何かあったら、僕が困るんだけど。


……もう。

頬に触れたのは私なのに、どうして私の方が落ち着かなくなってるの?

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