姉様の隣は、応援席です!
「姉様のお話を、ゆっくり聞かせてくださいね」
にっこりと微笑むリオンに、私は頷いた。
「うん!でも、その前にお昼にしようか」
「はい。僕も、まだですので」
リリアとローゼリア様にも声をかけ、四人で食堂へ向かう。
午前の試合を終えた生徒たちも来ているらしく、食堂はいつも以上に賑やかだった。どうにか席を見つけると、リオンが自然に私の隣へ座った。
「それで、姉様。何から伺いましょうか」
「えっとね、まず、アルヴィン様がいらしていたの!」
声を落として伝えると、リオンが目を丸くした。
「そうだったんですか」
「うん。審判をなさっていて。少し、お話もできたよ」
「あとで、僕もご挨拶したいです」
嬉しそうな弟を見て、私も頬が緩む。
「アルヴィン様、とても頼もしい方でしたね」
リリアが言うと、ローゼリア様も頷いた。
「荷物が崩れかけたところを、すぐに支えていらしたわ」
「そうなの! 私、見ているだけで……」
そこで、はっと口を閉じた。
……いけない。また、格好よかったところを思い出しちゃった。
リオンが、私を見上げるように少し顔を傾ける。
「姉様?」
「な、何でもないよ!それから、アシェル様にもお会いしたの」
話を続けると、リリアが嬉しそうに身を乗り出した。
「試合を見るときは、足元にも注目するといいと教えてくださったんです」
「へえ」
「おかげで、少し動きがわかるようになって!」
リオンは静かに話を聞いていた。それから、私へ目を戻す。
「では、午後は姉様に教えていただけますね」
「えっ、私が?」
「午前中に、たくさんご覧になったのでしょう?」
……うう。それを言われると、先生を見ていて試合を見逃したことが、ちょっと後ろめたい!
「わかるところだけ、ね」
「はい。楽しみにしています」
リオンは、楽しそうに笑っていた。
* * *
昼食を終えて会場へ戻ると、試合場の前に午後の組み合わせが貼り出されていた。
人の輪が途切れるのを待って、四人で覗き込む。
「あっ、ノア!」
名前を見つけて指さすと、リオンも掲示へ目を向けた。
本戦では学年の枠を越えて対戦する。ノアの最初の相手は、上級生だった。
対戦相手の名前も確かめていると、近くでその名を呼ぶ声がした。準備をしていた一人の生徒が、顔を上げて返事をする。
「体格のよい方ですわね」
ローゼリア様が、小さな声で言った。
肩幅も広く、ノアよりひと回り大きく見える。手にした剣を軽く振るだけで、ずいぶん力がありそうだった。
……あの方が、相手なんだ。
「姉様」
隣から呼ばれ、顔を向ける。
「まだ、試合は始まっていませんよ」
「えっ?」
「もう、お顔に力が入っています」
……しまった。
見る前から、こんなに緊張してどうするの、私!
私はそっと頬へ手を当てた。
「だって、強そうだったから」
「ええ。ですが、ノア兄様も強いでしょう?」
「……うん」
リオンは、落ち着いて頷いた。
「では、まずは見ましょう」
その言い方が少し大人びていて、私は思わず弟の顔を見た。
……こういうとき、頼りになるんだから。
* * *
本戦の開始が告げられ、私たちは観客席へ座った。
隣にはリオン。向こう側に、リリアとローゼリア様が並んでいる。飲み物を足元の荷物の脇へ置き、私は試合場へ目を向けた。
ノアが相手と礼を交わす。剣を構えると、午前中に見た、あの静かな顔になった。
……大丈夫。ノアは、ちゃんと練習してきたんだもの。
開始の合図が響いた。先に動いたのは、上級生だった。大きく踏み込み、剣を振る。
ノアが受けた瞬間、午前中より重い音が響いた。
思わず、指先に力が入る。
ノアは剣を押し返さず、斜めに下がった。相手がすぐに間合いを詰める。
一歩、もう一歩。
白い線が、ノアの背後へ近づいていた。
……待って。
このままだと、外に出ちゃう!
「姉様。足を」
リオンの小さな声に、ノアの足元へ目を向ける。
後ろ足が、線の手前で止まった。相手の次の踏み込みに合わせて、ノアの体が横へ動く。
上級生の剣が、さっきまでノアのいた場所を通った。
「……あっ」
ノアは、もう相手の正面にはいなかった。けれど、上級生もすぐに向き直る。剣が重なり、二人が距離を取った。
会場のあちこちから、息をつく音が聞こえた。
……今の、避けた!
でも、相手の方もすぐ戻った!
一度では終わらない攻防に、胸が忙しくなる。隣のリオンも、今は何も言わず見つめていた。
再び、相手が踏み込む。ノアが半歩下がった。
先ほどと同じように見えた、その瞬間、今度は後ろへ引いた足がすぐに前へ戻る。
相手の剣を受け流しながら、ノアが踏み込んだ。鋭い音とともに、その剣が胴を捉える。
「そこまで!」
審判の声が響いた。
一瞬、動けなかった。
それから、ノアの勝利が告げられる。
「……勝った」
隣で、リオンが拍手をした。その音で、ようやく私も拍手を始める。
「勝ったね、リオン!」
「はい」
嬉しくて弟を振り向くと、リオンも微笑んでいた。
「今の踏み込み、見えましたか?」
「うん!後ろに下がると思ったら、戻って……」
「ええ。相手の方も、次の一歩を読み違えたんでしょうね」
……すごい。
速さだけじゃなくて、相手がどう動くかまで考えているんだ。
試合場では、二人が礼を交わしていた。
ノアが顔を上げ、観客席を見る。
私は今度こそ、しっかり拍手を送った。
ノアが、少しだけ笑った。
* * *
試合が終わってから、飲み物を手に取り、私たちも通路へ出た。そこで、試合場から戻ってきたノアに会うことができた。
「お疲れさま、ノア!」
「ありがとう」
近づいてきた彼の額には、汗が浮かんでいた。息も、まだ少し弾んでいる。
「最後、見えたよ!一度下がってから、前に出たところ!」
「本当?」
「うん。途中で線が近くなったときは、ドキドキしたけど……」
言うと、ノアが苦笑した。
「あれは、少し下がりすぎたね」
「えっ」
全部、考えていたわけじゃなかったんだ。
私の表情を見て、ノアが続ける。
「途中で、動き方を変えたんだ。相手も強かったから」
その声を聞いて、改めて思った。
落ち着いて見えても、簡単に勝っているわけじゃない。試合の中で考えて、動いて、勝つ方法を探しているんだ。
「……勝ててよかったね」
「うん」
ノアは頷いてから、リオンへ顔を向けた。
「来られたんだね」
「はい。間に合ってよかったです」
「どうだった?」
「お見事でした。姉様も、ずっと応援されていましたよ」
……リオン!
それは、見ればわかるでしょう!?
ノアが私を見る。私は、慌てて頷いた。
「も、もちろん!」
「うん。見えてた」
その返事に、少しだけ頬が熱くなった。
リオンが、私の手元へ目を落とす。
「姉様、少しお持ちします」
「え?」
返事をする前に、飲み物をそっと受け取られた。
空いた手を、私は何となく開いたり閉じたりする。
……あ。試合中、ずっと力を入れていたからかな。まだ指がこわばってる。
リオンは容器を持ったまま、ノアへ微笑んだ。
「次も、頑張ってくださいね」
「うん。ありがとう」
ノアが私の手元を見て、少し眉を下げた。
「ティア。次は、もう少し楽に見ていてね」
「それは、ノアの試合次第かな……!」
思わず答えると、ノアが声を漏らして笑った。リリアも、ローゼリア様も笑っている。
私までつられて笑ったところで、会場から次の案内が響いた。
まだ、大会は続く。
ノアが試合場へ戻るのを見送り、私はリオンから飲み物を受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
弟は何事もなかったように、私の隣へ並ぶ。
……ふふ。
午後から来たのに、すっかり頼りにしちゃってるなぁ。
「次も、一緒に応援しようね」
「はい、姉様」
にっこりと答える弟と、観客席へ向かう。
次の試合では、手を握りしめすぎないようにしよう。
……たぶん。
それがいちばん難しいんだけど!




