剣を握った幼馴染は、知らない顔をしていた
観客席へ着く頃には、会場はすっかり賑わっていた。
試合場を囲むように席が並び、中央には白い線で区切られた区画がある。出場する生徒たちが、その端で剣や防具を確かめていた。
「よく見えますね!」
リリアが、隣へ腰を下ろす。
「ええ。こちらなら、試合全体が見渡せますわ」
ローゼリア様も頷いた。
私は飲み物を膝の上へ置き、出場者たちへ目を向ける。
……ノア、どこかな。
黒髪を探していると、試合場の向こうに見慣れた姿があった。
上着を脱ぎ、防具を身につけている。剣の柄へ手を置き、相手の生徒と言葉を交わしていた。
「あっ、いた!」
小さく声を上げると、ノアが顔を向けた。
目が合う。
私は胸元で、そっと手を振った。
ノアの表情が柔らかくなる。軽く手を上げて応えてくれたので、私も嬉しくなった。
……ふふ。気づいてくれた!
「セレティア様を見つけるの、お早いですね」
リリアが感心したように言う。
「ちょうど、こっちを見ていたからじゃないかな?」
「そうですわね」
ローゼリア様は、なぜか楽しそうだ。
……あの。その笑い方、最近よく見かける気がするんですけど!
* * *
開会の挨拶が終わり、予選が始まった。
審判の合図に合わせて、生徒たちが剣を構える。
会場に響く足音と、剣を打ち合わせる音。一人が踏み込むたび、観客席から小さな声が上がった。
……速い!
師匠に教わったことがあるとはいえ、私が見ていたのは練習が中心だ。
勝つために向き合う二人の動きは、思っていたよりずっと緊張感があった。
この大会では、定められた部位への有効な打突が一本認められると、勝敗が決まる。防具があるとはいえ、見ているだけでも力が入ってしまう。
「今のは、どうして止まったのでしょう?」
リリアが、小声で尋ねる。
「線の外へ出てしまったからみたい」
私は試合場の端を指した。
先ほど説明された規則では、場外へ出た場合も試合が止められる。相手の剣だけでなく、足元や周囲も見ていなければならないのだ。
……剣を振るだけじゃないんだよね。
頭も体も、忙しすぎる!
何試合かが終わり、次の出場者が呼ばれた。
「ノア・ヴォルフィード」
胸が、少し弾む。
ノアが試合場へ進み、相手と礼を交わした。
審判を務めるのは、アルヴィン様だ。さっき私と話していたときとは違う、引き締まった表情で二人を確認している。
……師匠も、ノアも。急に遠く見えるな。
ノアが剣を構えた。
その瞬間、私は背筋を伸ばした。
いつもの柔らかな笑顔が、消えていた。
* * *
開始の合図とともに、相手が踏み込んだ。
ノアは半歩引き、剣を受ける。
鋭い音が響いた。
続けて、もう一度。相手は足を止めず、攻め込んでいく。
私は思わず、膝の上で手を握った。
……ノア。
けれど、彼の足取りは乱れていなかった。
相手の剣を受け流し、向きを変える。大きく動いているようには見えないのに、次の一撃が届く場所から、すっと外れていた。
そして、相手の踏み込みが深くなった瞬間、ノアが前へ出た。
相手の剣を外側へ払い、空いた胴へ踏み込む。
「そこまで!」
アルヴィン様の声が響いた。
ノアの剣は、相手の防具の胴を捉えていた。
一拍遅れて、観客席から拍手が起こる。
「……すごい」
気づいたら、声が漏れていた。
受けていたと思ったのに、あっという間に攻めに変わった。
……今の動き、もう一回見たい!
できれば、もう少しゆっくり!
相手の生徒は自分の胴へ目を落とし、それからノアに向かって頷いた。
二人が礼を交わす。
ノアが剣を下ろすと、張り詰めていた空気も少し和らいだ。
「お見事でしたわね」
「はい! 最後、とても速かったです!」
二人の声に、私はようやく頷いた。
「……うん。本当に」
知っていた。
ノアが剣術を頑張っていることも、才能があることも。大会で優勝したことがあるのだって。
でも、目の前で見た姿は、私の知っている優しい幼馴染とは違っていた。
静かで、迷いがなくて。
……格好いい。
そう思った途端、なんだか落ち着かなくなった。
いや、格好いいのは前から知っていたけど!
今のは、そういうことじゃなくて!
……じゃあ、どういうこと!?
自分で自分に聞いても、答えなんて出なかった。
* * *
次の試合までの休憩に入り、私は二人と席を立った。
少し歩いて戻ろうとしたところで、試合場の脇からノアが出てくる。
「あっ、ノア!」
声をかけると、こちらへ顔を向けた。
さっきまでの鋭い眼差しが、ふっと柔らかくなる。
「ティア」
「お疲れさま! すごかったね!」
近づいて言うと、ノアは小さく息をついて笑った。
「ありがとう。見えてた?」
「うん!最後、すごく速くて……私、びっくりしちゃった!」
ノアは少しだけ照れたように、視線を落とした。
「うまく合わせられたから」
「相手の方、ずっと攻めていたでしょう? でも、ノアは慌てていなくて」
「……そう見えた?」
「うん!」
頷くと、ノアは私を見た。
「それなら、練習した甲斐があったね」
その言葉に、もう一度、さっきの試合を思い出した。
あの落ち着いた動きも、何度も練習して身につけたものなんだ。
「……格好よかったよ」
素直に、そう言った。
ノアが、ぴたりと動きを止める。
「……本当に?」
「うん。すごく!」
答えたあとで、少し恥ずかしくなった。
……あれ。本人に言うと、急に照れる!
けれど、ノアは笑ってからかったりしなかった。
一度だけ口元へ手を当て、それから私を見る。
「……そっか」
その耳が、少し赤い気がした。
私も何となく視線を落とし、飲み物の容器を両手で持ち直す。
「次も、見ていてくれる?」
ノアの声に、顔を上げた。
「もちろん! リオンも、午後は応援に来るって」
「うん」
「だから、本戦まで勝ち進んでね!」
そう伝えると、ノアが小さく笑った。
「それは、頑張らないとね」
会場の中から、次の出場者を確認する声が聞こえた。
ノアはそちらを見てから、私へ向き直る。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。怪我には気をつけてね」
彼は頷き、試合場へ戻っていった。
その背中を見送っていると、ローゼリア様が静かに口を開いた。
「次の試合も、楽しみですわね」
「……はい」
頷いてから、私は手元の飲み物へ目を落とした。
剣を構えたノア。
私を見つけて、いつもの顔に戻ったノア。
どちらも、同じ人なのに。
……知らないノア、まだまだいるんだなぁ。
そう思いながら顔を上げた、そのときだった。
会場の入り口付近が、ふいにざわめく。
「あの方……」
「国家魔術師の、アシェル様では?」
聞こえてきた名前に、私は思わず振り向いた。




