秘密の授業は、学園でも!
午後の授業が終わり、教室が少しずつ静かになっていく。
私は鞄の中を確認してから、席を立った。
今日は、まだ帰らない。学園で初めて受ける、特別な授業があるのだ。
……ただし、時間割には載っていません!
先生は国家魔術師。しかも、私一人だけの授業。
事情を知らずに聞いたら、ものすごい特別扱いに思えるよね……。
「セレティア様。今日は、このあとお時間ありますか?」
声をかけてくれたリリアに、私は顔を向けた。
「ごめんなさい。今日は少し用事があるの」
「そうなんですね!では、また明日」
「うん。また薬草のお話、聞かせてね!」
リリアに手を振り、教室を出る。
薬草のお話もしたかったなぁ。
でも、今日は別のお勉強だ。
私の、治癒魔法についての。
* * *
向かったのは、学園の管理棟だった。
指定された部屋の前で立ち止まり、廊下に人影がないことを確かめてから、扉を叩く。
「どうぞ」
聞き慣れた声に、少し肩の力が抜けた。
「失礼いたします」
部屋へ入ると、机の上で書類を広げていたアシェル様が顔を上げた。
「来ましたね。扉を閉めてください」
「はい」
扉を閉めると、廊下の物音が遠くなった。机には見慣れた測定具と、何冊かの記録帳が置かれている。
……あ。いつもの道具だ。なんだか、ちょっと安心する。
「迷わず来られましたか?」
「はい。教えていただいた道順どおりに」
アシェル様は頷いたものの、私へ向けた視線をすぐには戻さなかった。
「……何か?」
尋ねると、その口元がふっと緩む。
「制服姿だと、少し印象が違いますね」
思わず、自分の制服へ目を落とした。
着方は、ミアに確認してもらった。
リボンだって曲がっていないはず。
「……似合っていませんか?」
顔を上げると、アシェル様は落ち着いた声で答えた。
「いいえ。よく似合っていますよ」
……えっ。
からかわれるのかと思っていたのに。
アシェル様は何も付け足さず、私の返事を待っている。その穏やかな眼差しに、なんだか頬が熱くなった。
「……ありがとうございます」
少し遅れてお礼を言うと、先生は小さく微笑んだ。
「では、こちらへ」
……もう。
そんなに普通に言われたら、こっちだけ照れてるみたいじゃない!
私は鞄を抱え直し、勧められた席へ向かった。
* * *
この四年間、アシェル様は折に触れて屋敷を訪れ、私に魔法の扱い方を教えてくださっていた。
けれど、通学が始まってからは、帰宅の時間と先生の予定を合わせにくくなった。そこで、学園にいる間に指導を受ける方が効率がよいという話になったのだ。
事情を知る学園上層部が、この部屋を用意してくれた。
一般の先生方や生徒たちには、授業そのものを知らせていない。私が魔法を使えること自体、秘密だからだ。
アストレイア侯爵家は、魔法の家門。
でも、私の治癒魔法は、家の得意とする魔法とは別のものだ。
傷を癒やす力を扱えるという、それだけで国家機密になる。
パパもアシェル様も、この力がわかったときから慎重に扱ってきた。国王陛下も、私の保護と秘密の管理を優先してくださっている。
……だから、こっそり練習を続けているわけです。
「放課後は治癒魔法の授業です!」なんて、絶対に言えません!
「学園生活は、どうですか?」
記録帳を開きながら、アシェル様が尋ねた。
「楽しいです!薬草のお話ができるお友達もできましたし、今度は剣術大会もあるんです」
「それはよかった。疲れは残っていませんか?」
「少しは。でも、最初の頃より慣れました」
アシェル様は頷き、測定具を私の前へ置いた。
「今日は、授業を受けたあとの魔力の状態を確認します。それから、出力を抑えて保つ練習をしましょう」
「少ない魔力で、安定させる練習ですね」
「ええ。傷を治せるようになった今だからこそ、力を使いすぎないことが大切です」
四年間で、小さな切り傷や擦り傷なら、自分の意思で治せるようになった。少し深い傷も、集中すれば治せる。
ただ、大きな怪我となると、まだ不安定で、体への負担も大きい。病気や呪いまで治せるのかは、わかっていなかった。
使えるようになったからといって、何でも治せるわけではない。
……でも、治せる傷が増えたのは、本当だ。
そこは、私も頑張りました!
「まずは、普段どおりに流してください」
測定具へ手を添え、小さく息を吐く。
指先から魔力を流すと、中に淡い光が灯った。明るさを一定に保ち、アシェル様の合図を待つ。
先生は記録を確かめてから、頷いた。
「安定していますね。では、ここから少しずつ抑えて」
私は光を見つめながら、流す量を減らしていった。
淡く、細く。けれど、途切れないように。
……これが、難しいんだよね。
もう少し、と思って減らすと、すぐに消えそうになる!
光が、かすかに揺れた。
慌てて力を足しかけると、アシェル様の声がした。
「一度に戻さなくていい。そのまま、ゆっくり」
「はい」
息を吐き、指先へ意識を集める。揺れていた光が、少しずつ落ち着いていった。
「そう。その量で保ってください」
しばらくして、指示どおりに魔力を止めた。光が消えたのを見届けて、小さく息をつく。
「……途中で揺れてしまいました」
「ですが、最初より少ない量で保てましたね」
アシェル様が、記録帳へ書き込む。
「治したい気持ちが強いと、必要以上に流してしまうことがあります。小さな傷でも、力を使いすぎれば疲れるでしょう」
「はい」
「今は、その無駄を減らしていきましょう」
……なるほど。治せたら終わり、じゃないんだ。
いざというとき、すぐに疲れてしまったら困るものね。
* * *
休憩を挟んで練習を重ねると、力を抑えたまま保てる時間が、少し長くなった。
強く流していた頃には気づかなかった、小さな変化まで気になる。
……うう。魔力にも、ちょうどいいところで止まる目盛りがあればいいのに!
測定具を見つめていると、声がした。
「肩を下ろしてください」
「……はい」
どうやら、魔力を抑える代わりに、肩へ力を入れていたらしい。
そっちを頑張っても意味ないでしょう、私!
やがて、アシェル様が終了を告げた。
「今日は、ここまでにしましょう」
「もう少しできますよ?」
「できるところで終えるのも、練習です」
……出た。先生の、そのお言葉。
「学園の授業を受けたあとの状態も、これから見ていきます。今日は、ここまで」
「わかりました」
指の痛みや目眩がないか、一つずつ確認を受ける。最後にアシェル様が頷いた。
「前回より、細かく調整できていましたよ」
……ふふ。ちゃんと、進んでいるんだ。
嬉しくなって、私は鞄からノートを取り出した。
「忘れないうちに、書いてもいいですか?」
「もちろん」
ペンを走らせていると、机の端の古い記録帳が目に留まった。
階段から落ち、前世の記憶を取り戻したあとに使えるようになった、不思議な力。
最初に魔力を測ってくださったのも、アシェル様だった。以来、指導だけでなく、その謎を調べることにも協力してくださっている。
「アシェル様」
「何ですか?」
「力のこと……何か、わかりましたか?」
先生は記録帳へ手を置いた。
「まだ、はっきりと言えることはありません」
「……そうですか」
「ただ、扱い方は身についてきています」
顔を上げると、アシェル様が私を見ていた。
「謎が解けていないからといって、四年間の積み重ねがなくなるわけではありませんよ」
胸の奥が、少し温かくなった。
「……はい」
私はノートへ、最後の一行を書き足した。
必要な分だけを、安定して。
……よし。次も、この調子!
少しずつでも、ちゃんと上手になりたい。
「次も、よろしくお願いいたします」
「ええ。ただし、記録に夢中になって、帰りの時間を忘れないように」
時計を見ると、迎えの馬車が来る時間が迫っていた。私は慌ててペンを置く。
……あっ、もうこんな時間!
続きは帰ってから書こう。待たせちゃったら大変!
ノートをしまい、顔を上げると、アシェル様がこちらを見ていた。
「気をつけて帰ってください」
「はい。ありがとうございました」
今度こそ席を立ち、扉へ向かう。
その途中で、ふと制服のリボンが目に入った。
――よく似合っていますよ。
……もう。
授業中は忘れていたのに、どうして今、思い出すの!?
私はそっとリボンを整えてから、扉を開けた。




