生徒会長のお誘いは、剣術と薬草!
翌日の昼休み。
食堂へ向かう途中、私は廊下の掲示板の前で足を止めた。
――王立学園、剣術大会開催。
「……剣術大会?」
新しく貼り出された案内には、高等部の生徒が出場できると書かれていた。学年ごとの予選を行い、勝ち進んだ生徒が本戦へ出場するらしい。
……へえ!学園でも、こんな大会があるんだ!
アストレイア侯爵家は、魔法の家門だ。けれど、私とリオンも剣を少しだけ扱える。昔、屋敷に来ていたアルヴィン師匠が、二人に教えてくれたのだ。
ノアも遊びに来ると、一緒に教わることがあった。
もっとも、公爵家の跡取りであるノアは、幼い頃から剣術の指南を受けている。才能もあって、学園外の大会で優勝した実績まである。
……私たちの「少し」とは、全然違うんだけどね!
この大会にも、出るのかな?
「興味があるのか?」
背後から声がして、振り向いた。
そこに立っていたのは、ユリウス殿下だった。
「殿下!」
慌てて姿勢を正し、礼をする。
……王太子殿下!どうして、いつも突然現れるんですか!?
「ごきげんよう、セレティア嬢」
「ごきげんよう、殿下」
「そんなに驚かせるつもりはなかったんだが」
殿下は小さく笑い、掲示板へ目を向けた。
「剣術大会の案内を見ていたのかな?」
「はい。学園で拝見するのは初めてなので」
「毎年、なかなか盛り上がるんだ。君も時間が合えば、見に来るといい」
「はい。ぜひ!」
思わず弾んだ声が出ると、殿下が少し意外そうに私を見た。
「剣術にも関心があるんだね」
「はい。試合を見るのは好きですし、ノアも出場するのかと思って」
「ああ。ノアは学園外の大会でも優勝しているからね。今回も、有力な出場者になるだろう」
殿下が、どこか誇らしそうに微笑む。
ノアとは従兄弟同士だもの。きっと、剣術を頑張ってきた姿もよく知っているんだろうな。
「ところで、セレティア嬢。今、少し時間をもらえるかな?」
「何か、ございましたか?」
「薬学の授業について、聞いてみたいことがあるんだ」
……薬学?
剣術から、急に薬草!話の幅が広いですね、殿下!?
* * *
案内されたのは、生徒会室だった。
扉は開けたままになっていて、中では数人の生徒が書類を整理している。殿下が声をかけると、皆が顔を上げて挨拶をした。
「こちらへどうぞ。昼食前だったね。長くは引き止めないから」
勧められた椅子に腰を下ろすと、殿下が一枚の紙を見せてくれた。
「大会に向けて、薬学を選択している生徒にも、準備を手伝ってもらう予定なんだ」
紙には、必要な物品や作業の内容が並んでいた。
「救護は学園の担当者が行う。生徒に頼むのは、薬草の整理や備品の確認といった準備だよ」
……なるほど。授業で学んだことを、行事の準備にも活かせるんだ。
私は紙へ目を落とした。
「薬草の確認は、先生と一緒に行うのですか?」
「その予定だ。気になることがある?」
殿下が、私へ向き直る。
「乾燥させた葉は、似ているものもありますので。慣れていない生徒だけで分けると、間違えてしまうこともあるかと思って」
言い終えてから、はっとした。
……あっ。初めて見せていただいた計画に、いきなり口を出しちゃった!
「申し訳ありません。まだ詳しく伺ってもいないのに」
「謝る必要はないよ。気づいたことを教えてもらうために、来てもらったんだから」
穏やかに言われて、肩の力が少し抜けた。
「先生が確認するまで、分けた薬草を混ぜずに置いておく方がいいということかな?」
「はい。それと、名前の札を添えておけば、確認もしやすいと思います」
殿下は紙へ目を戻し、作業の順番を指で追った。
「そうすると、確認を終えたものと、まだのものを置く場所も分けた方がよさそうだね」
「はい!」
……すごい。
私が少しお話ししただけで、準備の流れまで考えてくださった。
殿下は近くの机にいた生徒へ声をかけた。
「この点も、担当の先生に相談しておこう。作業前に説明する項目へ入れてくれるかな」
「承知しました」
生徒が紙を受け取ると、殿下は再び私を見た。
「ありがとう。参加する生徒にとっても、迷わず作業できる方がいいからね」
「お役に立てたなら、嬉しいです」
私はそっと微笑んだ。
王太子殿下なのに、私の話を途中で遮らず、ちゃんと聞いてくださる。しかも、思いつきをそのまま決めてしまわず、先生にも確認するらしい。
……なるほど。
皆が安心して仕事をしているのは、こういうところもあるのかな。
「君は薬学が好きだと、ノアから聞いていたんだ」
「……ノアから?」
殿下の口元が、少し緩む。
「ああ。授業の話をするとき、とても楽しそうだと」
……ノア。私のこと、どんなふうに話してるの!?
「好きなだけでなく、作業する人が困るところまで考えてくれたんだね。君に聞いてよかったよ」
まっすぐ言われて、頬が少し熱くなった。
「……ありがとうございます」
今度は、慌てずにお礼を言えた。
「正式な募集は、担当の先生から案内してもらう予定だ。参加は希望者だけだから、説明を聞いてから考えてみて」
「はい。ぜひ、お手伝いしてみたいです」
「そうか。それは心強い」
……ふふ。学園の行事に参加するなんて、楽しそう!
リリアも興味を持つかな。あとで聞いてみよう。
* * *
話を終え、椅子から立ち上がったときだった。
「殿下」
扉の方から、聞き慣れた声がする。
振り向くと、ノアが立っていた。
「ノア!」
「ティア?」
ノアは私を見て、それから殿下へ視線を移した。
「……何のお話ですか」
「剣術大会の準備だよ。セレティア嬢に意見を聞いていたんだ」
「そうですか」
ノアの肩から、少しだけ力が抜けた気がした。
……ん?何だと思ったんだろう。
「君こそ、何か用だったかな?」
「頼まれていた資料を担当の先生から預かってきました」
書類を受け取った殿下が、礼を言う。そのやり取りを見て、私はノアへ顔を向けた。
「ノアも、大会に出るの?」
「うん。そのつもり」
「やっぱり!応援に行くね!」
ノアが、少し目を見開いた。
「……見に来てくれるの?」
「もちろん!準備のお手伝いもしてみたいけど、試合の時間は空けておきたいな」
ノアが、嬉しそうに目を細める。
「うん。ありがとう」
「よかったな、ノア」
殿下の声に、ノアが顔を向けた。
「……殿下」
「何だ。応援してもらえて嬉しいだろう?」
……えっ? それは、嬉しいんじゃないかな?
「嬉しいですよ。ですから、それ以上は」
「おや。まだ何も言っていないが?」
「言いそうなお顔をなさっています」
「ふっ。それは気をつけよう」
……もう!
さっきまで、あんなに頼もしかったのに!
ノアが来た途端、殿下が楽しそうになっている。ノアも困った顔をしているけれど、本当に嫌がっているわけではなさそうだ。
「君は学園外の大会でも優勝しているからな。ほかの出場者も意識するだろう。練習は順調かな?」
殿下が尋ねると、ノアは頷いた。
「はい。まだ調整したいところはありますが」
「そうか。怪我には気をつけるんだぞ」
「ありがとうございます」
その声は、からかっていたときより少し柔らかかった。
……ふふ。
やっぱり、ノアのことを大切に思っているんだね。
殿下は時計へ目を向けた。
「さて。二人とも、そろそろ昼食へ行った方がよさそうだ」
……あっ!まだ、ご飯を食べていなかった!
「それでは、失礼いたします」
「ああ。今日はありがとう、セレティア嬢」
礼をして、ノアと一緒に生徒会室を出る。
背後では、殿下がほかの生徒へ次の仕事を確認する声が聞こえていた。
* * *
食堂へ向かいながら、私はノアを見上げた。
「殿下って、ちゃんとお話を聞いてくださる方なんだね」
「うん。必要な意見なら、相手に関係なく聞いてくださるよ」
「そっか」
ノアが、小さく笑う。
「仕事には真面目な方だから」
「ノアをからかうときは、楽しそうだけど」
「……それも、昔からだね」
思わず笑ってしまった。
剣術大会。薬学の準備。それから、ノアの試合。
学園生活には、まだまだ知らない楽しみがあるらしい。
……楽しみだけど、まずはお昼ご飯!
このままだと、午後の授業中にお腹が鳴っちゃう!
私は少しだけ歩調を速め、ノアと食堂へ向かった。




