恋のお話は、薬草より難しい!?
翌日の昼休み。
私はリリアとローゼリア様と一緒に、中庭のベンチに座っていた。
昼食を終えて、次の授業まではまだ少し時間がある。今日は風も穏やかで、外で過ごすにはちょうどよかった。
そして、何より。今はノアと一緒ではない。
……ふふ。今日は昨日より、落ち着いて過ごせそう!
「そういえば、リリアさん。昨日お話ししていた薬草なんだけど」
「はい!乾燥させる時間のことですか?」
「うん!あれ、私も気になって――」
「その前に、一つ伺ってもよろしいかしら?」
ローゼリア様が、そっと口を開いた。
「はい。何でしょう?」
私が顔を向けると、ローゼリア様は膝の上で手を重ねた。
「セレティア様は、ノア様のことをどう思っていらっしゃるの?」
……ん?
「ノアのこと、ですか?」
「ええ」
私は少し考えてから答えた。
「優しくて、頼りになる人だと思います。小さい頃から、何度も助けてもらっているので」
ローゼリア様が頷く。その隣で、リリアも真剣に耳を傾けていた。
……あれ?二人とも、薬草のお話のときより熱心じゃない?
「では、大切な方なのですね」
「はい!もちろん!」
それは、迷わず答えられる。
すると、リリアが少し遠慮がちに身を寄せてきた。
「あの……私も、気になっていたんです」
「何が?」
「ノア様とご一緒のとき、セレティア様がとても楽しそうなので」
「そうかな?」
「はい!」
リリアが嬉しそうに頷いた。
「ノア様も、セレティア様とお話ししているときは、すごく優しいお顔をなさいますし」
「ノアは、いつも優しいよ?」
私が答えると、ローゼリア様とリリアが顔を見合わせた。
……あっ。その顔、昨日も見た!
「何か変なこと言った?」
「いえ。セレティア様には、そう見えていらっしゃるのですね」
ローゼリア様が、どこか納得したように言った。
……どういう意味!?
* * *
「では、少し聞き方を変えますわ」
ローゼリア様が、私へ向き直った。
「ノア様と二人で過ごしていて、落ち着かなくなることはありません?」
「落ち着かなく……?」
思い浮かんだのは、昨日の昼食だった。
――やっぱり、隣がいいなと思って。
――うん。ティアの。
……っ。
ちょっと待って。今、思い出す必要あった!?
「セレティア様?」
リリアの声に、慌てて顔を上げる。
「な、何でもないよ!」
「まだ何も伺っておりませんわ」
……しまったーーー!!
ローゼリア様の口元が、少しだけ緩む。
「何か、思い当たることがおありなのね」
「その……最近のノアは、前より大人っぽくなったので」
私は膝の上で指を組んだ。
「小さい頃から知っているのに、知らない人みたいに見えるときがあるんです。それで、ちょっとびっくりすることは……」
ある。ものすごく、ある。
手を繋いだときも。隣に座って、じっと見られたときも。
……でも、それって。
「私たちも、もう十六歳ですし。昔とは違うところもありますよね?」
そう言うと、ローゼリア様は静かに頷いた。
「ええ。そうですわね」
よかった。わかってもらえた。
そう思ったのに、リリアがそっと尋ねる。
「でも、びっくりするだけですか?」
……えっ。
私は口を開きかけて、止まった。
昨日、ノアに隣がいいと言われたとき。困った。顔が熱くなって、何を返せばいいかわからなかった。
でも、嫌だったわけじゃない。むしろ――。
「……嬉しいことも、あるよ」
小さく答えると、リリアがぱっと笑った。
「そうなんですね!」
……うう。どうして、そんなに嬉しそうなの!?
ローゼリア様まで、優しい顔で私を見ている。
なんだか、お茶会に招かれたつもりが、いつの間にか面接を受けている気分なんですけど!
「それは、恋なのではありませんか?」
リリアが、控えめに言った。
私は思わず背筋を伸ばした。
「こ、恋!?」
近くの小道を歩いていた生徒が、こちらを見ている。
慌てて口元を押さえると、ローゼリア様が肩を揺らした。
「声を落としましょう、セレティア様」
「……はい」
……落ち着いて、私。ここは学園。しかも、中庭。
脳内まで声に出してどうするのーーー!!
私は息を整えて、二人を見た。
「でも、嬉しいからって、恋とは限らないと思います」
「ええ。それは、そうですわね」
ローゼリア様は、あっさり頷いた。
「ご家族やお友達と過ごしていても、嬉しいことはありますもの」
「そうなんです!」
ルゥが膝に乗ってくれると嬉しい。リオンが甘えてくれるのも嬉しい。二人とお茶をする時間だって、大好きだ。
……ほら。嬉しい気持ちにも、いろいろある!
「ノアは、昔から大切な人なので」
そう続けると、ローゼリア様の表情が少し柔らかくなった。
「でしたら、今すぐ名前をつけなくてもよろしいのではなくて?」
「……え?」
思っていた返事と違って、私は瞬きをした。
「わたくしたちが、決めることではありませんもの」
ローゼリア様は、私をまっすぐ見た。
「ただ、ご自分が何を嬉しいと思ったのかまで、否定なさらなくてもよろしいと思いますわ」
私は、膝の上の手へ視線を落とした。
嬉しかったことまで、否定しなくていい。
……そっか。
「すみません、セレティア様」
リリアが、少し眉を下げる。
「私、気になってしまって。困らせるつもりではなかったんです」
「ううん! 困ってないよ」
私は慌てて首を振った。
「ちょっと、びっくりしただけ。こういうお話、あまりしたことがなくて」
「私もです。だから、つい……」
リリアが照れたように笑う。それを見て、私も肩の力が抜けた。
……なんだ。リリアも、全部わかって聞いていたわけじゃないんだね。
ゲームのヒロインだからって、恋愛に詳しいとは限らない。
「恋のお話って、難しいね」
「はい。薬草の方が、まだ説明できます」
「わかる!」
思わず頷くと、ローゼリア様がくすっと笑った。
「お二人とも、本当に薬草がお好きですこと」
* * *
そのあと、ようやく本来の薬草の話に戻った。
リリアのノートを三人で覗き込み、乾燥させる時間や保存方法について話しているうちに、いつもの調子が戻ってくる。
……うん。やっぱり、こっちの方が落ち着く!
やがて予鈴が鳴り、私たちは立ち上がった。
「では、またあとで」
「はい!お話しできて楽しかったです!」
二人と別れ、教室へ戻る途中。廊下の向こうに、見慣れた黒髪が見えた。
「ティア」
「ノア!」
ノアは私の前で足を止めた。
「中庭にいたの?」
「うん。リリアさんたちとお話ししてたの」
「薬草の話?」
「……それも、少し」
ノアが、不思議そうに首を傾げる。
……お願い。それ以外は聞かないで!
「楽しかった?」
「うん!」
「そっか。よかったね」
いつもの笑顔なのに、さっきの話が頭をよぎって、つい目を逸らしてしまった。
……もう、二人とも。どうしてくれるの!?
「ティア?」
「な、何でもない!教室に戻ろう?」
「うん」
ノアと並んで歩きながら、私はそっと息をついた。
会えて嬉しい。それだけは、確かなんだけど。
……薬草なら、図鑑を開けばわかるのに!
自分の心は、どうしてこんなにわかりにくいんだろう。




