どうして、こんなに気になるんだろう①
「ノア兄様は、定期的にこの屋敷に来て、僕のことも気にかけてくれるんです。優しいお兄さんって感じです」
応接室で向かい合って座るノアを前に、リオンがにこっと笑った。
私は、目の前の少年を改めて見た。
黒い髪に、青い瞳。まだ幼さの残る顔立ちだけど、整った目鼻立ちは十二歳とは思えないほど綺麗だ。
……やっぱり、かっこいい。
ノア・ヴォルフィード。私の幼馴染であり、ゲームの攻略対象でもある。
「……騙されたらダメ」
「え?」
ノアが聞き返した。
「なんでもない!」
私は慌てて首を振る。
そう。どんなに優しくても、どんなにかっこよくても、ノアはゲームの中で死んでしまう。
私と関わったあとに訪れる、あの結末。
原因は分からない。だからこそ、近づかないほうがいい。
絶対に。
「リオンは、ノアのこと好き?」
「はい! ノア兄様はとても優しいですから!」
即答だった。
「……そ、そうなんだ」
なんだろう。弟が自分の幼馴染を好きだと言っているだけなのに、なんだか変に恥ずかしい。
そんな私たちを見て、ノアが少し目を細めた。
「……二人は、ずいぶん仲良くなったんだな」
「え?」
顔を上げると、ノアは私とリオンを交互に見ていた。
「前は……そんなに仲が良かったようには見えなかったから」
「……」
そうだった。前の私は、リオンに冷たかった。
でも、今は違う。
リオンは大切な弟。血は繋がっていないけれど、私にとってかけがえのない家族だ。
「ノア。今日はどうしたの?」
私は話題を変えるように尋ねた。
「ティアが階段から落ちたって聞いたから。元気そうで安心した」
「え?」
そういうことだったのか。
「今日は、それで来てくれたの?」
「うん。怪我はもう大丈夫なのか?」
「うん! もう元気よ。心配してくれてありがとう」
私は笑った。
ノアは昔から優しい。私が困っているときも、いつだって手を差し伸べてくれた。
だから、本当は嬉しかった。
でも、このまま一緒にいたら、また以前のように仲良くしてしまいそうで怖い。
「じゃあ、もう用事は終わりだね?」
「……え?」
ノアの表情が止まった。
「ノアも忙しいんでしょう? わざわざ来なくても大丈夫よ」
「……」
「私もリオンと楽しく過ごしてるから。だから、心配しなくても大丈夫!」
なるべく明るく言ったつもりだった。
けれど、ノアの青い瞳がわずかに揺れたのを見て、胸がちくりと痛んだ。
「姉様! せっかくノア兄様が来てくれたのに!」
隣にいたリオンが、慌てて口を挟んだ。
「だって……」
私は困ってしまう。
ノアに死んでほしくない。
だったら、早く帰ってもらったほうがいい。
そう分かっているのに、傷ついたような顔をされると、何も言えなくなる。
「……ティア」
「なに?」
「……いや、なんでもない」
ノアは少し考えるように黙ったあと、静かに立ち上がった。
「今日は帰るよ」
「……うん」
私はほっと息をついた。
これでいい。これで、ノアを危険な未来から遠ざけられるかもしれない。
……そう思いたかった。
* * *
屋敷を出たノアは、馬車の窓から遠ざかるアストレイア侯爵家を見つめていた。
――おかしい。
ティアが、明らかに変だ。
リオンと仲良くなったことだけじゃない。自分に対する態度も、以前とはまるで違っていた。
前なら、俺が来れば嬉しそうに笑っていた。
その日にあったことも、くだらない話も、聞いてもいないのに次々と話してくれた。
なのに今日は、早く帰ってほしいと言われた。
「……俺、何かしたか?」
思い当たることはない。
最後に会ったのは、二、三週間ほど前だっただろうか。その間に何かあったのか。それとも、階段から落ちたことが原因なのか。
リオンへの態度が変わったのは、いいことだと思う。あの子は、ずっとティアと仲良くしたがっていたから。
でも、どうして俺にまで?
ノアは、窓の外へ視線を戻した。思い浮かぶのは、さっきのティアの笑顔だった。
いつもと同じように笑っていた。それなのに、どこか無理をしているように見えた。
「……分からないな」
小さく息を吐く。
別に、毎日会わなくたっていい。
ティアが元気なら、それでいいはずだ。
……なのに。
あの笑顔が、どうしても頭から離れなかった。
* * *
それから数日後。
「……また、ノア兄様?」
庭でお茶を飲んでいたリオンが、不思議そうに首を傾げた。
「最近、よく来るね」
「そうね……」
私は目の前のノアを見る。
以前は二、三週間に一度くらいだったのに、最近はずいぶん訪ねてくる回数が増えていた。
「ねえ、ノア。三日に一回くらい来てない?」
「……そうだな」
ノアは平然と答えた。
「今日は、たまたま近くまで来たから」
「ふーん……」
私はじっとノアを見つめる。
「でも、最近よく来るよね?」
「……」
ノアが少しだけ視線を逸らした。
「父上の用事に付き添っていたんだ。帰りに時間ができたから」
「へぇ」
「……何か問題ある?」
「別に」
私は肩をすくめた。
「でも、ノアって忙しいんじゃないの?」
「まあ、それなりに」
……それなら、どうしてわざわざ来るの?
聞きたかったけれど、答えを聞くのも少し怖い。
私は曖昧に笑って、お茶をひと口飲んだ。
* * *
本当は、ノア自身にもよく分かっていなかった。
どうして、こんなにアストレイア家へ足を運んでしまうのか。
父の用事があったのは本当だ。でも、わざわざ侯爵家に寄る必要はなかった。
それなのに、気づけば馬車をこちらへ向かわせていた。
気になるのだ。
ティアのことが。
以前とは違うリオンへの態度。
自分に向けられる、どこかぎこちない笑顔。
何もかもが変わってしまったようで、落ち着かない。
「……俺、そんなに嫌われるようなことをしたのか?」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
ティアは、今日も笑っていた。
リオンには、昔よりずっと優しくなった。
それなのに、自分と目が合うと、ほんの少し困った顔をする。
その理由が知りたかった。
もう少し近くにいれば、何か分かるかもしれない。
もう一度、以前のように笑ってくれるかもしれない。
そんな理由をつけて、ノアはまたアストレイア侯爵家を訪れる。
まだ、その気持ちに名前をつけることもできないまま。
――どうして、こんなに気になるんだろう。




