会いたくなかった幼馴染
その日の午後、私はミアにお願いして、一人にしてもらった。
部屋へ戻ると、窓から柔らかな午後の日差しが差し込んでいる。私は机に向かい、紙とペンを取り出した。
「まずは……ゲームのことを整理しよう」
屋敷を見て回ったことで、少しずつ思い出してきた。前世で何度も遊んだ乙女ゲーム。覚えていることを、ひとつずつ書いていく。
まずは――攻略対象。
私は紙の一番上に、最初の名前を書いた。
ノア・ヴォルフィード。十二歳。公爵家嫡男。
黒髪に青い瞳を持つ、私の幼馴染だ。整った顔立ちはゲームの中でも人気が高く、王太子殿下とは母方の血筋を通じた親戚でもある。
「……顔、いいんだよね」
思わずため息が出た。
素敵なんだけど、だからこそ困る。私は、この人にも近づかないと決めたのだから。
……いや、待って。
幼馴染って、そんな簡単に避けられるもの?
ノアとは昔からずっと一緒だった。私が会いに行かなくても、向こうから来る可能性だってある。
「……まあ、しばらく会わなければ大丈夫でしょ!」
私は自分に言い聞かせて、次の名前を書いた。
ユリウス・エル・オルセイン。十四歳。王太子殿下。
金色の髪にエメラルドの瞳。誰もが認める、完璧な王太子――のはずだった。
「顔もいい。頭もいい。立場もすごい」
そこまで書いて、私はペンを止める。
「でも……ちょっと残念なんだよね」
王太子なのに、たまにびっくりするくらいおバカになる。
「そこが人気だったんだけど……」
私は小さく笑って、次へ進んだ。
リオン・アストレイア。九歳。私の弟。
魔法に優れた才能を持ち、将来は剣も扱えるようになる。ゲームではアルヴィンから指導を受けるはずだ。
「……うん。やっぱり、すごい子だよね」
今朝、楽しそうに魔法を見せてくれたリオンを思い出す。
あんなに可愛い弟が、将来は立派に成長するんだろうなぁ。
……楽しみすぎる!
アルヴィン・グランフォード。十八歳。王国騎士。
赤い髪に鋭い緑の瞳を持ち、剣の腕も一流。頼れる騎士として登場する人物だ。
「こういう人、ゲームだと人気出るんだよね……」
そして最後は、アシェル・ヴァルディア。二十歳。
紫の髪に紫の瞳を持つ、王国でも指折りの魔術師。
「……この人も、顔がいい」
書き終えた名前を、上から順番に眺める。
……こうして並べてみると、攻略対象ってどうしてこう、みんなイケメンなのよ。
私は小さくため息をついた。
* * *
「……そういえば」
ふと、私はペンを止めた。ゲームの本編が始まるのは、今じゃない。
私が覚えている限り、本格的な物語が動き出すのは四年後。私が十六歳になって、学園に入学してからだ。
「つまり……」
私は攻略対象たちの名前を書いた紙を見つめた。
今の私は十二歳。ノアも十二歳。ユリウス殿下は十四歳で、リオンは九歳。
「……まだ四年もある」
思わず、ほっと息をついた。
四年もあれば、攻略対象たちと必要以上に関わらないようにする方法だって考えられる。恋愛なんて絶対にしない。ゲームの本編が始まるまでに、この世界でちゃんと生きる方法を見つけるんだ。
そして――誰も死なない未来を作る。
「よし! 四年もあるなら、なんとかなる!」
私は拳を握った。
……このときの私は、本気でそう思っていた。
* * *
気を取り直して、紙に視線を戻す。次に整理するのは、ゲームの結末についてだ。
私は前世でこの乙女ゲームを何度も遊んだ。いろんな選択肢を選び、いろんなルートを見た。
だからこそ、気づいてしまったことがある。
攻略対象たちは、私――セレティアと関わったあと、なぜか死んでしまう。
「……どうしてなんだろう」
私が原因なのか、それとも別の理由があるのか。それは分からない。ゲームの中では、何度やり直しても彼らが死ぬ結末を避けられなかった。
でも、だからといって、この世界でも同じ未来になるとは限らない。
「……だったら」
私はペンを握り直した。
「私が関わらなければ、違う未来になるかもしれない!」
そうだ。原因が分からないなら、まずは危険そうなことを避ければいい。
リオンは弟だから、今さら関わらないなんて無理。それに、あんなに可愛い弟を放っておけるわけがない。
「リオンに何かあったら、私が守るんだから!」
私は大きく頷いた。
問題は、ほかの攻略対象たちだ。
王太子殿下も、騎士様も、魔術師様も、私から会いに行かなければ、そう簡単に接点はできないはず。
……ノアは、ちょっと難しいけど。
「まあ、ノアだって毎日来るわけじゃないし!」
しばらく距離を置けば、きっと大丈夫。恋愛に発展しなければ、少なくとも危険は減らせる……はず!
「うん。我ながら完璧な作戦!」
私は満足して、ペンを置いた。
よし。ゲームのことは、ひとまずこれでおしまい!
「優しい家族に、優しいミアや使用人のみんな……」
思い返すだけで、自然と頬が緩む。こんなに温かい家で、こんなに優しい人たちに囲まれている。私は今、とても幸せだ。
「心配ばっかりしてても、しょーがない!」
私は勢いよく立ち上がった。
「楽しい毎日を送るのよ!」
そのとき、ふとお腹が鳴った。
「…………」
私はお腹を押さえる。
「……お腹すいた」
そういえば、さっきティータイムをしたばかりだった気もする。でも、甘いものは別腹なのだ。たぶん。
私は机の横にあるベルを手に取った。
チリンチリン。
「ミアー!」
すぐに扉が開く。
「はい、お嬢様」
「いろいろ考えたら、お腹減っちゃった」
「おやつをご用意いたしましょうか?」
「お願い!」
さすがミア。話が早い。
「そうだ、リオンは今、何してるかな?」
「リオン様でしたら、現在は魔法のお勉強中でございます」
「えー! じゃあ、私も見学に行くー!」
私は椅子から立ち上がり、扉へ向かった。
「お嬢様、お待ちください! まだ昨日のお怪我が――」
「大丈夫だよー!」
勢いよく廊下へ飛び出そうとすると、ミアがさっと扉を押さえてくれた。
「どうか、走らずにお願いいたします」
「……はーい」
私は少しだけ歩く速度を落とした。
……さすがミア。やっぱりかなわない。
* * *
それから二、三日、私たちは穏やかな時間を過ごした。
朝は家族と食事をして、リオンと遊んで、一緒に魔法の練習をする。お茶を飲んで、笑って、たまにはお母様とおしゃべりもした。
そんな何気ない毎日が、私は嬉しかった。
そして、ある日の午後。
庭でリオンとお茶を飲んでいると、使用人が声をかけてきた。
「セレティアお嬢様、リオン様。恐れ入ります」
「ん? どうしたの?」
「ノア・ヴォルフィード様がいらっしゃっております」
「……ノア・ヴォルフィード?」
私は固まった。
「ノア様が?」
「はい。先触れもなく来訪されたことを、お詫びしておられました」
……嫌な予感しかしない。
「お嬢様。お会いになられますか?」
「いやーー!!」
即答だった。
「会わない! 絶対会わない!!」
「……お嬢様?」
「今日は体調が悪いの!」
「先ほどまで、とてもお元気でしたが」
「じゃあ、予定がある!」
「本日は特にご予定は……」
「…………」
しまった。ミアには嘘が通じない。
「姉様?」
隣にいたリオンが、不思議そうに私を見上げた。
「僕、ノア兄様に久しぶりにお会いしたいです」
「リオン……」
「だめですか?」
うっ。その顔はずるい。
「……分かった」
私はしぶしぶ立ち上がった。
「会います……」
本当は、絶対に会いたくない。
だって、攻略対象には近づかないって決めたばかりなのに。
どうして。
よりによって、その攻略対象本人が――
向こうからやってくるのよーーー!!




