猫は、何でもお見通し?
学園生活、二日目の夜。
湯浴みを終えた私は、寝台の上に腰を下ろした。
「はぁ……今日も楽しかったぁ!」
「にゃ」
枕元から返事が聞こえる。振り向くと、銀灰色の猫がこちらを見つめていた。
「ルゥ!ねえ、聞いて!」
両手を伸ばすと、ルゥは慣れた様子で近づいてくる。私はその小さな体を抱き上げ、膝の上に乗せた。
「今日ね、新しいお友達ができたの!」
「にゃあ」
「リリアさんっていうんだけど、薬草にすっごく詳しくてね。私と同じくらい、薬草のお話が大好きなの!」
思い出すだけで嬉しくなって、頬が緩む。
「ご実家が薬草のお店なんだって。今度、もっといろんなお話を聞いてみたいなぁ」
ルゥは私の膝の上で、ゆっくり尻尾を揺らした。
「それからね、ローゼリア様ともお話ししたの。ちょっと厳しいけど、やっぱり素敵な方だったよ」
「にゃ」
「ふふ。ルゥもそう思う?」
喉の下を撫でると、ルゥは気持ちよさそうに目を細めた。
ああ、可愛い。このふわふわに触れていると、一日の疲れなんて全部どこかへ飛んでいってしまう。
「そうそう!ノアもね、今日ちょっと変だったの」
ぴたり、とルゥの尻尾が止まった。
「私が髪飾りをつけていったら、なんだか照れてたみたいで。ふふっ、珍しいよね!」
「……にゃ」
「でも、嬉しそうだったからよかった!」
そう言って笑うと、ルゥが顔を上げた。青みがかった灰色の瞳が、じっと私を見つめている。
「ん?どうしたの?」
「にゃあ」
ルゥは小さく鳴くと、私の手に頭を押しつけてきた。
「もう、甘えん坊なんだから!」
思わず笑って、その額に頬を寄せる。
「ルゥも大好きだよ」
すると、ルゥは満足したように目を細めた。
ふふ。本当に可愛いなぁ。
* * *
夜が更け、部屋には静かな寝息だけが響いていた。
月明かりが寝台の端を淡く照らしている。その傍らで、銀灰色の猫がゆっくりと身を起こした。
淡い光がその体を包む。
光が消えたとき、そこに立っていたのは銀灰色の髪をした一人の青年だった。
青年は眠るセレティアを見下ろし、小さく息をついた。
「……まったく。あいつの話になると、随分と楽しそうだな」
当然、返事はない。セレティアは穏やかな寝息を立てている。
青年は寝台のそばに腰を下ろした。月光を受けた金色の髪が、枕の上で柔らかく輝いている。
「……昔から、そういうところは変わらないな」
誰にでも分け隔てなく笑いかける。自分の笑顔が、どれほど人の心を動かしているかも知らずに。
青年はそっと手を伸ばしかけ、途中で止めた。
「……今は、まだ」
呟きは、夜の静けさに溶けていく。
しばらく彼女を見つめたあと、青年は再び猫の姿へ戻った。
銀灰色の猫は寝台に飛び乗り、いつもの場所で丸くなる。その尻尾が、眠るセレティアの指先にそっと触れた。
* * *
翌朝。
学園に到着した私は、いつもより少し早足で教室へ向かっていた。
昨日、リリアさんと話した薬草のことが、まだ気になっていたのだ。
今日は、もう少しお話できるかな?
そんなことを考えていると、廊下の先に見覚えのある栗色の髪が見えた。
「あっ、リリアさん!」
声をかけると、少女がぱっと振り向いた。
「セレティア様!」
リリアさんが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「おはようございます!」
「おはよう!昨日の薬草のお話、もっと聞きたいなって思ってたの」
「本当ですか?実は私も、お話ししたいことがあって……!」
リリアさんは抱えていたノートを開いた。そこには、昨日とは違う薬草の絵が描かれている。
「これ、実家の近くで採れる薬草なんです。乾燥させると香りが変わるんですけど、使い方によっては――」
「えっ、そうなの!?」
思わず身を乗り出すと、リリアさんが楽しそうに笑った。
「セレティア様って、本当に薬草がお好きなんですね」
「うん!大好き!」
「……嬉しいです」
「え?」
リリアさんは少し照れたように、ノートの端を指で押さえた。
「私、学園に来るまで、貴族の方とうまくお話しできるか不安だったんです。でも、セレティア様は、私の話をこんなに楽しそうに聞いてくださるから……」
その言葉に、胸がじんわり温かくなる。
「私も嬉しいよ。リリアさんとお話ししてると、時間を忘れちゃうもの!」
「……ありがとうございます!」
リリアさんは、花が咲くように笑った。
こういうの、いいなぁ。
ゲームのヒロインだからとか、平民だからとか。そんなことは関係なくて、ただ同じものが好きで、一緒に笑える。
それだけで、こんなに嬉しいんだ。
「……お二人とも、朝から楽しそうですわね」
声のした方を見ると、ローゼリア様が立っていた。
「あっ、ローゼリア様!おはようございます!」
「おはようございます、セレティア様」
ローゼリア様は私に挨拶を返すと、リリアさんにも視線を向けた。
「あなたは、昨日の……」
「リリア・フローレスと申します!昨日は失礼いたしました」
リリアさんが慌てて頭を下げる。
「……そんなに畏まらなくても結構ですわ。昨日のことは、もう済んだことでしょう?」
「は、はい!」
ローゼリア様の視線が、リリアさんのノートに留まった。
「薬草について調べていらしたの?」
「はい。セレティア様とお話ししていたところです」
「……そう」
少し考えるような間があった。
「薬学は、わたくしも選択しております。よろしければ、今度そのノートを見せていただけるかしら」
「えっ!もちろんです!」
リリアさんの顔がぱっと明るくなる。私は思わず身を乗り出した。
「じゃあ、今度三人で薬草のお話をしませんか?」
ローゼリア様が瞬きをする。
「……三人で、ですか?」
「はい!きっと楽しいと思うんです!」
リリアさんも期待に満ちた目でローゼリア様を見つめている。ローゼリア様はほんの少しだけ視線を逸らした。
「……授業の妨げにならない範囲でしたら、構いませんわ」
「やった!」
思わず声を上げると、ローゼリア様が眉を寄せる。
「セレティア様。廊下で大きな声を出すのは……」
「あっ、ごめんなさい!」
リリアさんがくすっと笑った。それにつられて私も笑うと、ローゼリア様は小さくため息をつく。
けれど、その口元がほんの少し緩んだのを、私は見逃さなかった。
ふふ。なんだか、いい感じ!
やがて始業の時間が近づき、私たちはそれぞれの教室へ向かうことになった。
リリアさんとローゼリア様に手を振って別れ、自分の教室へ戻る。
席に着くと、先ほどのリリアさんの笑顔が浮かんだ。
優しくて、明るくて、薬草のことになると夢中になって。リリアさんって、本当に素敵な子だなぁ。
……そういえば、リリアさんはゲームのヒロインなんだよね。
ということは、これから誰かと恋をすることだってあるのかもしれない。
ふと、黒髪に青い瞳の幼馴染が頭に浮かんだ。
ノア。
優しくて、頼りになって、昔から私の大切な人。
……うん。リリアさんもノアも、私の大好きな人たちだ。
二人が仲良くなったら、きっと嬉しいだろうな。
……そうだ!
まずは、二人を紹介してみようかな?
きっと、話してみたら気が合うと思うんだよね。
そう考えると、なんだか楽しみになってきた。
今度、ノアにも聞いてみようっと。




