ゲームのヒロイン、現る!?
学園生活、二日目。
昨日はあんなに緊張していたのに、今朝は少しだけ気持ちが軽かった。
理由は、ちゃんとわかっている。
ローゼリア様という、素敵な方に出会えたこと。
そして、ノアがそばにいてくれたこと。
……うん。
今日もきっと、大丈夫!
「お嬢様、髪飾りはこちらでよろしいですか?」
鏡の前で、ミアが銀色の髪飾りを手に取った。
小さな青い宝石が、朝の光を受けてきらりと輝く。
「あ、うん!それがいい!」
昨日、ノアにお願いされたのだ。
――明日も、その髪飾りをつけてきてくれる?
……俺が嬉しいから。
思い出した途端、なんだか頬が熱くなった。
……もう。
どうして、あんな言い方するのかな。
「お嬢様?」
鏡越しにミアと目が合った。
「お顔が赤いようですが……」
「な、なんでもない!」
ミアは不思議そうに首を傾げたあと、そっと微笑んだ。
……うう。
朝から調子が狂うなぁ。
* * *
午前中の授業が終わり、私は薬学の教室へ向かっていた。
今日は、ずっと楽しみにしていた薬学の授業がある。
……ふふ。
どんな薬草を扱うのかな。
珍しい植物も見られたりする?
そんなことを考えながら廊下を曲がった、そのときだった。
「あっ!」
目の前で、一人の少女が抱えていた本を落とした。
ばさばさっ、と音を立てて床に広がる本と紙束。
「ご、ごめんなさい!」
少女が慌ててしゃがみ込む。
「大丈夫?手伝うね!」
私もすぐに膝をつき、散らばった紙を拾い始めた。
「えっ!?あ、ありがとうございます!」
少女は驚いたように顔を上げた。
柔らかな栗色の髪。
明るい緑色の瞳。
飾り気のない、親しみやすい笑顔。
……あれ?
どこかで見たことがあるような……。
でも、こんなところで会うはずが……。
「これ、薬草の図鑑?」
「はい!あ、でも、こっちは自分でまとめたものなんです」
拾い上げた紙には、丁寧な文字と植物の絵が描かれていた。
「すごい!こんなに詳しく?」
「いえ、まだまだです。家が薬草を扱うお店なので、小さい頃から好きで……」
少女は少し照れくさそうに笑った。
「でも、薬草って面白いですよね!同じ種類でも、育つ場所によって香りや効き方が変わることがあって……」
「わかる!」
思わず声が大きくなった。
「私も、それが面白いと思うの!」
「本当ですか!?」
少女の表情がぱっと明るくなる。
「薬草の話をすると、つい夢中になっちゃって。あまり興味を持ってくれる人がいないので、嬉しいです!」
……わかる。
すごくわかる!
初対面なのに、なんだか話が合いそう。
私たちは顔を見合わせて笑った。
話に夢中になっていた私たちは、足元にまだ何冊か本が残っていることにも気づかなかった。
「あ、申し遅れました!私、リリア・フローレスと申します!」
……え?
リリア?
フローレス?
私の手が、ぴたりと止まった。
――リリア・フローレス。
前世で遊んだ乙女ゲームの主人公。
平民出身でありながら、優秀な成績を認められ、特待生として王立学園に入学した少女。
そして、攻略対象たちと恋に落ちる――。
ゲームのヒロイン。
……き、来たーーー!!
昨日は悪役令嬢。
今日はヒロイン!?
ちょっと待って!
展開、早くない!?
「あの……?」
リリアさんが心配そうに私を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「はっ!だ、大丈夫です!」
私は慌てて姿勢を正した。
「セレティア・アストレイアと申します。よろしくお願いいたします」
「アストレイア……?」
リリアさんが目を丸くした。
「もしかして、侯爵家の……?」
「あ、はい」
「わっ!す、すみません!私、失礼なことを……!」
慌てて頭を下げようとするリリアさんを、私は急いで止めた。
「そんなことないよ!それより、薬草のお話、もっと聞きたいな」
「えっ……いいんですか?」
「もちろん!」
リリアさんは少し迷ったあと、嬉しそうに笑った。
……あれ?
この子、本当にゲームのヒロイン?
もっとこう、攻略対象たちに囲まれて、恋愛イベントを起こしているイメージだったんだけど。
目の前のリリアさんは、ただ薬草が大好きな女の子に見える。
……いや、待って。
そもそも、ゲームのヒロインだって、普通の女の子だよね。
私が勝手に、ゲームの印象で決めつけていただけかもしれない。
* * *
「セレティア様?」
聞き覚えのある声に振り向くと、ローゼリア様が立っていた。
「ローゼリア様!」
「こちらで何をなさっているの?」
「あの、薬学の教室へ向かっていたところで……」
私が答えると、ローゼリア様は床に残っていた本へ視線を落とした。
「……廊下で本を広げていらしたの?」
「あっ!申し訳ありません!」
リリアさんが慌てて残りの本を拾い集める。
「私が落としてしまって……」
「そうでしたの」
ローゼリア様は少しだけ眉を寄せた。
「廊下は多くの生徒が通ります。通行の妨げにならないよう、お気をつけくださいませ」
「は、はい!」
……あ。
ローゼリア様、今日もきっちりしてる。
でも、言っていることはもっともだ。
「私も拾うのを手伝っていたんです。すぐに片づけますね」
そう言って最後の一冊を持ち上げると、ローゼリア様は私たちを見比べた。
「……そういうことでしたのね」
その視線が、リリアさんの抱えた本へ向かう。
「薬草の本、ですか?」
「はい!今日の授業に備えて、少し調べてきたんです」
「……熱心ですのね」
ローゼリア様が静かに言った。
リリアさんは、驚いたように瞬きをした。
「ありがとうございます!」
「ただし、次からは持ち運びにも気をつけることですわ」
「はい!」
……ふふ。
ローゼリア様らしいなぁ。
「では、わたくしは先に失礼いたします。お二人とも、授業に遅れませんように」
優雅に一礼すると、ローゼリア様は廊下の先へ歩いていった。
リリアさんは、その背中を見送りながら小さく息をついた。
「……すごく綺麗な方ですね」
「うん!ローゼリア様って、素敵な人だよ」
「そうなんですね」
リリアさんは、ほっとしたように微笑んだ。
……あれ?
ゲームでは、ヒロインと悪役令嬢って、対立する関係だったはず。
なのに、今の二人を見ていると……。
少なくとも、すぐに喧嘩が始まりそうな雰囲気ではなかった。
……もしかして。
この世界って、私が知っているゲームとは、少し違うのかな?
* * *
薬学の授業が終わり、私は教室を出た。
……楽しかった!
先生のお話も面白かったし、リリアさんとも少しだけ薬草について話せた。
同じことに興味を持つ人がいるって、嬉しいな。
そんなことを考えていると、廊下の向こうから見慣れた姿が近づいてきた。
「ティア」
「ノア!」
ノアは私の前で足を止めた。
「授業、どうだった?」
「すっごく楽しかった!今日はね、薬草に詳しい子とも知り合えたの!」
「そうなんだ。よかったね」
ノアは嬉しそうに笑った。
そして、ふと私の髪へ視線を向ける。
「……今日も、つけてきてくれたんだね」
「あ、これ?」
私は髪飾りにそっと触れた。
「うん!昨日、ノアが嬉しいって言ってくれたから」
ノアが一瞬、動きを止めた。
「……それ、俺のため?」
「そうだよ?」
だって、ノアがお願いしたんだもの。
ところが、ノアはなぜか片手で口元を覆ってしまった。
「……ティアは、本当に」
「ん?どうしたの?」
「……いや。ありがとう」
そう言ったノアの耳が、ほんの少し赤かった。
……あれ?
ノア、照れてる?
でも、どうして?
「……ノア?」
「なに?」
「……なんでもない!」
私が慌てて首を振ると、ノアは楽しそうに笑った。
……もう。
本当に、最近のノアってずるい。
* * *
帰りの馬車に乗り込む頃には、私はすっかり上機嫌だった。
学園生活、二日目。
薬学の授業も楽しかったし、新しい知り合いもできた。
……うん。
なかなか順調じゃない?
そう思いかけて、ふと気づく。
昨日は、ゲームの悪役令嬢。
今日は、ゲームのヒロイン。
しかも、二人とも、私が思っていたような人ではなかった。
ローゼリア様は厳しいけれど、周囲をよく見ている人。
リリアさんは、薬草が大好きで、素直な女の子。
ゲームでは、二人は対立するはずだった。
でも、本当にそうなるのかな?
私は窓の外へ視線を向けた。
夕日に照らされた学園の校舎が、少しずつ遠ざかっていく。
……もしかしたら。
この世界は、私が知っている物語とは、違う未来へ進んでいるのかもしれない。
そう思うと、なぜだか少しだけ胸が弾んだ。




