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『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
第1章 恋愛しないはずの学園生活

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ノアの笑顔は、少しずるい

初めての学園生活。


まだ午前中だというのに、私はすでに少し疲れていた。


……おかしいな。

屋敷で家庭教師の授業を受けていたときは、こんなことなかったのに。


原因は、たぶん勉強じゃない。


人だ。

とにかく、人が多い!


「セレティア様、よろしければご一緒に昼食をいかがですか?」

「午後の授業は、どちらを選択されるのです?」

「お屋敷では、どのようなことを学ばれていたのですか?」


休憩時間になるたび、次々と声をかけられる。

もちろん、みんな親切だ。初めて学園に通う私を気遣ってくれているのもわかる。


……でも、深窓の令嬢って、そんなに珍しいの!?


「ティア、大丈夫?」

隣から聞こえた声に振り向くと、ノアが少し心配そうに私を見ていた。

「うん。みんな優しいんだけど、ちょっと緊張しちゃって」

「無理しなくていいよ。少しずつ慣れればいい」

「ありがとう、ノア」


私が笑うと、ノアもほっとしたように微笑んだ。


そのときだった。


「……ずいぶん、親しいのですね」


凛とした声が聞こえた。

振り向くと、そこにはローゼリア様が立っていた。


「ローゼリア様!」

「セレティア様。少し、お話ししてもよろしいかしら?」

「は、はい!」


……な、なんだろう。

朝のご挨拶で、何か失礼があったのかな?


身構える私を見て、ローゼリア様はわずかに眉を上げた。


「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですわ」

「そ、そうですか?」

「ええ。学園のことで、お困りではないかと思っただけです」


……え?


「わたくしも高等部は今日からですが、中等部には三年間通っておりました。わかる範囲でしたら、ご案内できますわ」


……あれ?

もしかして、心配してくれてる?


「ありがとうございます! 実は、まだ校舎の場所もよくわからなくて……」

「でしたら、案内図をご覧になるとよろしいですわ。選択科目によって教室も異なりますから」

「そうなんですね!」


私が身を乗り出すと、ローゼリア様は少し驚いたように瞬きをした。


「……そんなに嬉しいことかしら?」

「はい! 教えていただけて、とても助かります!」


すると、ローゼリア様は一瞬だけ視線をそらした。


「……そう。それなら、よかったですわ」


……ん?

今、ちょっとだけ笑った?


「ローゼリア様って、優しいんですね」

「なっ……!」


ローゼリア様が目を見開いた。


「わ、わたくしは当然のことを申し上げただけですわ!」

「でも、嬉しかったです」

「……そうですか」


ローゼリア様は口元に手を添え、小さく咳払いした。


……あれ?

なんだか、可愛い。


「ティア」

隣でノアが笑いをこらえるように声をかけてきた。

「そのくらいにしてあげて」

「えっ!?ご、ごめんなさい!」

「困ってなどおりませんわ!」


……あ。

ローゼリア様、少し頬が赤い。

もしかして、褒められるのが苦手なのかな?


* * *


昼休み。


私はローゼリア様と、同じ教室の令嬢たちに誘われて昼食をとることになった。

ノアは別の男子生徒に声をかけられ、少し離れた席へ向かっている。


……なんだか不思議。


屋敷で過ごしていた頃は、同年代の女の子とこんなふうにおしゃべりする機会なんて、ほとんどなかった。


「セレティア様は、薬学を選択されるのですね」

ローゼリア様が時間割を見ながら尋ねた。

「はい。昔から薬草に興味があって」

「まあ。珍しいですわね」

「そうでしょうか?」

「貴族の令嬢は、礼法や歴史を中心に選ぶ方も多いですから」


……なるほど。


「でも、薬草って面白いんですよ!見た目が似ていても効能が違ったり、育つ場所によって性質が変わったりして」

「……ずいぶん、お詳しいのですね」

「いえ、まだまだです!」


思わず熱く語ってしまった。


……しまった。

初対面の人に、薬草の話をしすぎたかも。


けれどローゼリア様は、呆れるどころか真剣に耳を傾けてくれていた。


「ご自分の好きなことを、そこまで楽しそうに話せるのは素敵ですわ」

「えっ?」

「……何でもありません」


……ふふ。

やっぱり、優しい人だ。


そのとき、近くの席から小さな声が聞こえてきた。


「それにしても、ノア様とセレティア様って……」

「やはり、ご婚約されているのかしら?」


……えっ?

婚約!?


思わず飲みかけのお茶を止めた。


「こ、婚約なんてしていませんよ!」


慌てて答えると、令嬢たちは目を丸くした。


「まあ、そうでしたの?」

「でも、ずいぶん親しくしていらっしゃるから……」

「ノアとは幼い頃からの付き合いなんです。大切なお友達なんですよ」


そう説明すると、なぜか令嬢たちは顔を見合わせた。


……え?

何か変なこと言った?


「……お友達、ですのね」

ローゼリア様が静かに呟いた。

「はい!」


私が頷くと、ローゼリア様は少し離れた席へ視線を向けた。


つられて見れば、そこには男子生徒たちと話すノアの姿があった。

ノアはいつもどおり、穏やかに微笑んでいる。


……さすがノア。

誰とでも自然に話せるんだなぁ。


「セレティア様」

「はい?」

「ノア様は、いつもあのように微笑んでおられるのですか?」

「え?」


私はもう一度ノアを見た。


「えっと……はい。ノアは昔から優しいですよ?」

「……そうですのね」


ローゼリア様は、それ以上何も言わなかった。

ただ、何かを納得したように、小さく頷いていた。


……?


* * *


午後の授業が終わる頃には、私はすっかりくたくたになっていた。


勉強は楽しかった。

新しいことを知るのも、同年代の人たちと話すのも。


でも、慣れない環境というのは、思った以上に疲れるらしい。


リオンとは帰りの馬車で合流する約束をしている。

少し時間があったので、私は校舎の裏手にある小さな庭園へ足を向けた。


色とりどりの花が咲く庭園には、木陰にベンチが置かれていた。


「……ふぅ」


腰を下ろすと、ようやく肩の力が抜ける。


……初日から、盛りだくさんだったなぁ。

ローゼリア様ともお話しできたし、授業も面白かった。


それに……。


「ティア」


聞き慣れた声がした。

顔を上げると、ノアがこちらへ歩いてくるところだった。


「ノア!」

「ここにいたんだ」

「うん。ちょっと休憩してたの。ノアは?」

「探してた」


……え?


「私を?」

「うん」


ノアは当たり前のように頷いた。


「何か用事だった?」

「……用事がないと、会いに来ちゃだめ?」

「えっ!? そんなことないよ!」


慌てて首を振ると、ノアは嬉しそうに笑った。


「よかった」


……もう。

最近のノアって、ときどきこういうことを言う。

なんだか、返事に困るじゃない。


「隣、いい?」

「もちろん!」


ノアがベンチに腰を下ろす。

少しだけ風が吹いて、庭園の花が揺れた。


しばらく、二人で静かに庭を眺めていた。


「今日、ずっと人に囲まれてたね」

ノアがぽつりと言った。

「うん。みんな親切だったけど、ちょっと疲れちゃった」

「……俺も」

「ノアも?」

「ティアと、あまり話せなかったから」


……え?


「朝から一緒にいたじゃない?」

「そうだね」

ノアが小さく笑う。

「でも、二人で話す時間はなかっただろ?」


……なんだろう。

今の言い方、ちょっとずるい。


「……そうかも」


私が小さく答えると、ノアは嬉しそうに目を細めた。


「ティア」

「なあに?」

「今日、楽しかった?」

「うん! 緊張したけど、楽しかったよ」


私は今日あったことを思い返した。


「でもね、ノアがいてくれて本当に助かったの」

「俺が?」

「うん。朝も教室まで案内してくれたし、みんなに紹介してくれたでしょう?」


ノアは黙って私の話を聞いている。


「だから、ありがとう」


そう言うと、ノアは少しだけ驚いた顔をした。


「……そんなの、気にしなくていいのに」

「でも、私が嬉しかったから」


私は笑った。


「それにね、ノアが困ったときは、私にも頼ってほしいな」

「……ティア?」

「だって、いつも助けてもらってばっかりだもの。私だって、ノアの力になりたい」


ノアはしばらく何も言わなかった。


……あれ?

私、変なこと言ったかな?


すると、ノアがふっと息をついた。


「……ティアは、昔からそうだね」

「え?」

「俺が欲しい言葉を、何も知らずにくれる」


……?

どういう意味だろう。


「ノア?」

「……なんでもない」


そう言って笑ったノアの顔は、いつもより少しだけ無防備に見えた。


……あれ?

胸が、きゅっとした。


「……ティア?」

「えっ!?」

「顔、赤いけど」

「そ、そうかな!? 今日は暑いから!」


……いや、そんなに暑くないけど!


ノアは一瞬目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。


「……そっか」


……もう!

なんでそんなに嬉しそうなの!?


少しだけ顔をそらすと、ノアが静かに口を開いた。


「ティア。さっきの話、覚えておいてね」

「さっきの?」

「俺が困ったときは、頼っていいって」

「もちろん!」


私が頷くと、ノアは少しだけ考えるように視線を落とした。


「じゃあ……ひとつ、お願いしてもいい?」

「うん!なあに?」


ノアが私を見つめる。

澄んだ青い瞳が、まっすぐこちらを向いていた。


「……明日も、俺と一緒にいて」


……え?

思わず瞬きをする。


「もちろん! 同じ学園なんだもの!」


ノアが小さく笑った。


「……うん。ありがとう」


その笑顔を見て、私はふと思った。


……ノアって。

こんなふうに笑う人だったっけ?


小さい頃から知っているはずなのに。

最近、ときどき知らないノアに出会う気がする。


「それと、ティア」

「ん?」

「明日も、その髪飾りをつけてきてくれる?」


私は自分の髪に手を伸ばした。

銀色の飾りに、小さな青い宝石。


「うん、いいけど……どうして?」


ノアは少しだけ視線をそらした。

そして、照れたように笑った。


「……俺が嬉しいから」


……っ!

まただ。

また、胸が変な音を立てた。


「……ノアって、最近ちょっとずるいよね」


思わず呟くと、ノアが驚いたようにこちらを見た。


「……やっと気づいた?」

「えっ?」


ノアはそれ以上何も言わず、ただ嬉しそうに笑っていた。


……もう。

本当に、なんなの!?


私はそっと胸元に手を当てた。

まだ、少しだけ心臓が速い。


……きっと、初めての学園で疲れたせい。

そう。絶対、そうに違いない。


なのに。


隣で笑うノアの顔を、なぜかもう一度見たくなってしまった。


……ノアの笑顔って。

こんなに、ずるかったっけ?

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