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『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
第1章 恋愛しないはずの学園生活

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深窓の令嬢と公爵令息

「ノア!」


私が手を振ると、ノアはまっすぐこちらへやってきた。


「おはよう、ティア。リオンも」

「おはよう!ノアも今来たの?」

「おはようございます、ノア兄様」

「ああ。二人がそろそろ着く頃だと思って」


目の前に立つノアを、私は改めて見上げた。


……いや、本当に背が高くなったよね。

小さい頃から知っているはずなのに、最近はふとした表情に大人びた雰囲気を感じることがある。


リオンもそうだけど、男の子って四年間でこんなに変わるものなの?


「ティア?」

「えっ?」

「どうかした?」

「ううん。ノアも背が伸びたなぁって思って」

「……それ、先月も言ってたよ」

「そうだっけ?」

「うん」


ノアが小さく笑う。


……あれ? もしかして、私、毎回同じこと言ってる?


「それより、二人とも初登校だろ。教室まで案内するよ」

「本当? ありがとう!」

「ノア兄様、お手数をおかけします」

「気にしなくていい。俺も高等部の校舎は今日からだから、一緒に確認しよう」


そうだった。

ノアは中等部からこの学園に通っているけれど、今日から私と同じ高等部なのだ。


周囲のざわめきは、まだ収まらない。

けれどノアは、そんな視線など気にならない様子で、いつもどおり私に微笑んでいた。


……いや、ノア。

私はものすごく気になるんですけど!?


「ティア、どうした?」

「……ノア。なんだか、みんなこっちを見てる気がするんだけど」


私がそっと声を落とすと、ノアは周囲を一度見渡した。


「ああ。ティアが珍しいんだろうね」

「珍しいって……」

「社交界でも、ほとんど姿を見せなかったから」

「……ノアも知ってたの? 深窓の令嬢っていう噂」

「もちろん」

「もちろん!?」


そんな話、初耳なんですけど!?


「中等部の頃から、何度か聞かれたよ」

「ええっ!? どうして教えてくれなかったの?」

「ティアが気にする必要はないと思ったから」

「私は気になるわよ……!」


思わず小声で抗議すると、ノアは楽しそうに笑った。


「それに、俺にとっては昔から知ってるティアだから」

「……そうだけど」


……なんだろう。

そんなふうに言われると、ちょっとだけ照れくさい。


「姉様、そろそろ参りませんか?」


隣でリオンが口を開いた。


「そうね。いつまでもここにいたら遅れちゃう」

「じゃあ、行こうか」


ノアが歩き出しかけた、そのときだった。


「……あ」


小さな声とともに、ノアの視線が私の髪に留まった。


「ティア、その髪飾り」

「え? ああ、これ?」


私はそっと髪に手を伸ばした。

指先に触れたのは、小さな銀色の飾り。

青い宝石が、朝の光を受けてきらりと輝く。


「今日もつけてくれてるんだ」

「うん!お気に入りなの。制服にも合うかなって思って」

「……そっか」


ノアが、ふっと目を細めた。

いつもの穏やかな笑顔とは、少し違う。

なんだか、とても嬉しそう。


「よく似合ってる」

「本当? よかった!」


ノアは私の髪飾りを見つめ、それから私へと視線を戻した。


「制服も、似合ってる」

「ありがとう!」


ノアは一度だけ言葉を切って、私を見つめた。


「……綺麗だよ、ティア」


「……えっ?」


思わずノアの顔を見上げた。

ノアは私を見つめたまま、優しく微笑んでいる。


……ちょっと待って。

今、綺麗って言った?

いや、言ったよね!?


「そ、そうかな?」

「うん」

「あ、ありがとう……」


……なんでしょう。

いつものノアなのに、なんだか調子が狂う。


そういえば、四年前もこんなことがあったような……。


「それに、その髪飾りを選んでよかった」

「ふふ。私も、ノアが選んでくれて嬉しかったよ」

「……うん」


ノアは小さく笑って、私の髪飾りからそっと視線を外した。


そのとき、近くからひそひそと声が聞こえてきた。


「今、髪飾りを選んだと……?」

「もしかして、ノア様からの贈り物なのかしら」

「まあ……!」


……あ。


しまった。

また何か、注目を集めてしまった気がする。


「ノア……」

「ん?」

「なんだか、さっきより見られてるような……」

「そう?」

「そうよ!」


ノアは少しだけ首を傾げた。

その表情があまりにも自然なので、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。


……絶対、気づいてるでしょう!?


* * *


高等部の校舎へ向かう道は、思っていた以上に賑やかだった。

新入生らしい生徒たちが案内板を確認したり、友人同士で楽しそうに話したりしている。


「姉様、高等部と中等部では校舎が分かれているようですね」

「そうみたいね。リオン、一人で大丈夫?」

「はい。事前に案内図も確認していますから」

「そっか。何かあったら、すぐに言ってね」

「姉様こそ、ですよ」


リオンが微笑む。


……あら?

なんだか、弟に心配されている気がする。


「リオンはしっかりしてるからな」


ノアが感心したように言うと、リオンは少しだけ肩をすくめた。


「姉様が心配ですから」

「ちょっと、リオン!?」

「冗談です」


……絶対、半分くらい本気だったでしょう!


そんなやり取りをしていると、向こうから数人の男子生徒が歩いてきた。

すれ違いざま、一人がこちらを見て足を緩める。


「あの子、誰だ?」

「アストレイア侯爵家の令嬢らしい」

「へえ……綺麗な子だな」


……ん?

また、私の話?


なんだか今日は、やたらと名前を聞く気がする。


「ティア、こっち」

「あ、うん!」


ノアが自然に私の隣へ並んだ。

人の流れが少し混み合っていたので、私たちは歩幅を合わせて進む。


「……ノア?」

「ん?」

「何かあった?」

「いや。人が多いから、はぐれないようにと思って」


そう言って、ノアはいつもどおり微笑んだ。


……なるほど。

確かに、初めての学園で迷子になるのは困るものね!


「ありがとう、ノア!」

「どういたしまして」


ノアが小さく息をついた。


「……ノア兄様も、大変ですね」

「リオン?」

「いえ。なんでもないです」


二人が何やら目を合わせている。


……えっ、何?

私だけ知らない話でもあるの?


やがて、中等部へ続く道の分かれ目に着いた。


「姉様、僕はこちらです」

「うん。リオン、頑張ってね!」

「姉様も。……ノア兄様、姉様をよろしくお願いします」

「ああ。任せて」


……ちょっと待って。

なんで私、二人に保護される前提なの!?


「もう、二人とも! 私だって十六歳なんだから!」


そう言うと、リオンは楽しそうに笑った。


「ええ。存じていますよ、姉様」


まったくもう!


リオンの背中を見送りながら、私は小さく息をついた。

でも、こうして弟と同じ学園に通えるのは、やっぱり嬉しい。


「ティア」

「なあに?」

「そろそろ俺たちも行こう」

「うん!」


高等部の校舎へ向かって、ノアと並んで歩き出す。


目立たず、騒がず、穏やかな学園生活を送る。

そう決めたはずなのに、初日からこんなに注目されるなんて。


しかも、原因の半分くらいはノアのような気がする。


「ティア?」

「……なんでもない!」


私が慌てて首を振ると、ノアは不思議そうに笑った。


……まあ、まだ初日だもの。

これから気をつければ、きっと大丈夫!


そう自分に言い聞かせながら、私はノアと並んで高等部の校舎へ足を踏み入れた。


……それにしても。


攻略対象と距離を置くって、こんなに難しいことだったっけ?

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