四年後も、君の隣で
「ティア、準備できた?」
玄関ホールから聞こえてきた声に、私はぱっと顔を上げた。
「ノア! お待たせ!」
階段を下りると、ノアが待っていた。
今日は約束していた、二人きりのお出かけの日!
リオンは「楽しんできてくださいね」と笑顔で送り出してくれたし、ママも朝から張り切って髪を結ってくれた。
ちなみにパパは、なぜかノアをじっと見つめていた。
……なんでだろう?
「その服、似合ってるね」
ノアが私を見て微笑んだ。
「本当!? ママが選んでくれたの!」
淡い水色のワンピースに、白いリボン。
ちょっとおしゃれをしてみたんだ!
「うん。すごくかわいい」
「えへへ。ありがとう!」
ノアはなぜか少しだけ視線を逸らした。
……あれ?
褒めた本人が照れるのって、不思議だよね。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
差し出された手を、私は迷わず握った。
* * *
今日のお出かけ先は、王都の商店街。
もちろん護衛の人たちも少し離れてついてきているけれど、こうしてノアと二人で歩くのはなんだか新鮮だ。
通りには色とりどりのお店が並んでいて、焼き菓子の甘い香りが漂っている。
「わあ! あのお店、かわいい!」
私が指さすと、ノアが笑った。
「入ってみる?」
「いいの?」
「ティアが行きたいところなら、どこでも」
「やったぁ!」
最初に入ったのは、小さな雑貨屋さんだった。
棚には髪飾りや小物が並んでいて、見ているだけでも楽しい。
「ねえ、ノア! これ、リオンに似合いそう!」
私が手に取ったのは、小さな青い石がついたしおり。
「リオン、本を読むの好きだから!」
「うん。喜ぶと思うよ」
「じゃあ、これにしようかな!」
私はしおりを大事に持った。
すると、ノアが隣で小さく笑った。
「ティアは本当にリオンが好きだね」
「もちろん! 大事な弟だもん!」
「……そうだね」
ノアの声は、どこか優しかった。
お店を出たあと、今度はノアが足を止めた。
「ティア、ちょっと待って」
「ん?」
ノアは先ほどのお店の包みを取り出した。
……あれ?
いつの間に何か買ってたの?
「これ、ティアに」
「えっ!?」
渡されたのは、小さな箱だった。
開けてみると、中には銀色の髪飾りが入っていた。
小さな青い石が一粒ついていて、光に当たるときらきら輝く。
「わあ……! きれい!」
「さっき、似合いそうだと思って」
「私に?」
「うん」
ノアは少し照れたように笑った。
「気に入ってくれた?」
「もちろん! すっごく嬉しい!」
私は髪飾りを胸元に抱きしめた。
「ありがとう、ノア! 大切にするね!」
「……うん」
ノアの耳が、また少し赤くなった。
……もしかして。
ノアって、褒められるのが苦手なのかな?
* * *
買い物を終えた私たちは、近くの公園へ向かった。
木々の間を抜ける風が心地よくて、遠くから子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
ベンチに並んで座り、買ったばかりの焼き菓子を分け合った。
「おいしいね!」
「うん」
「リオンにも買って帰ろうかな」
「……ティア」
「なあに?」
「今日は俺と二人で出かけてるんだけど」
「うん! 楽しいね!」
「……そうじゃなくて」
ノアは困ったように笑った。
「まあ、ティアが楽しそうならいいか」
「えへへ。ノアも楽しい?」
「もちろん」
そう答えたノアの笑顔が、いつもより少し柔らかく見えた。
しばらく二人で景色を眺めていると、ノアがぽつりと呟いた。
「……もうすぐ、俺たちも十三歳になるんだね」
「そうだねぇ」
「時間が経つのって、早いよね」
「うん!」
私は空を見上げた。
前世の記憶を思い出したあの日。
階段から落ちて、目が覚めて。
自分が乙女ゲームの世界にいると気づいて、びっくりして。
それから、いろんなことがあった。
リオンと仲良くなって。
パパとママに、ちゃんと甘えられるようになって。
ノアとも、こうして笑い合えるようになった。
ルゥにも出会ったし、まさかの治癒魔法まで使ってしまった。
……うん。
本当に、いろいろあったなぁ。
「ティア?」
ノアが私の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「ううん。今、すごく幸せだなぁって思ってたの」
「……幸せ?」
「うん! 家族も大好きだし、ノアもいるし!」
そう言うと、ノアが一瞬、目を見開いた。
それから、ふっと笑う。
「……そっか」
「うん!」
「俺も、今が好きだよ」
その声は、いつもより少しだけ静かだった。
「ねえ、ティア」
「なあに?」
「四年後のこと、考えたことある?」
「四年後?」
「うん。俺たちが十六歳になったら、学園に通うだろ?」
……っ!!
学園!!
その言葉に、私は思わず固まった。
そうだった。
四年後。
十六歳。
それはつまり……。
乙女ゲーム、本編スタート!!
うわあああ!!
すっかり忘れかけてたぁぁ!!
「……ティア?」
「な、なんでもないよ!」
「本当?」
「うん! ちょっと未来のことを考えただけ!」
ノアは不思議そうに首を傾げた。
……危ない危ない。
そうだよね。
この幸せな時間が、ずっと続くとは限らないんだ。
ゲームの物語が始まれば、何が起こるかわからない。
攻略対象には近づかない。
恋愛なんてしない。
そう決めたはずなのに……。
「ティア」
ノアの声で、私は顔を上げた。
「四年後も、こうして一緒にいられたらいいね」
「……え?」
「学園に入ったら、今より忙しくなるかもしれない。でも……」
ノアは少しだけ言葉を探すようにして、それから微笑んだ。
「俺は、ティアと過ごす時間を大切にしたい」
……!
胸の奥が、ふわっと温かくなった。
「……私も!」
私は大きく頷いた。
「四年後も、ノアと一緒にお菓子食べたい!」
「……お菓子?」
「うん! あと、お買い物も!」
ノアは一瞬きょとんとして、それから声を上げて笑った。
「……うん。そうだね」
「約束だよ?」
「約束」
ノアが小指を差し出した。
私は迷わず、その指に自分の小指を絡めた。
四年後も、きっと。
こうして笑っていられますように。
* * *
屋敷に帰ると、リオンが玄関まで迎えに来てくれた。
「姉様! お帰りなさい!」
「ただいま、リオン! お土産あるよ!」
「えっ、僕にですか?」
「もちろん!」
しおりを渡すと、リオンは嬉しそうに目を輝かせた。
「ありがとうございます! 大切にします!」
……ふふ。
喜んでくれてよかった!
「ティア、お帰りなさい」
ママも顔を出した。
「楽しかった?」
「うん! すっごく!」
「まあ、よかったわ」
その後ろから、パパが姿を現した。
「ノア君、今日はありがとう」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
ノアが丁寧に頭を下げる。
パパは私の髪飾りに目を留めた。
「……ティア。その髪飾りは?」
「ノアがくれたの! かわいいでしょ?」
「……ほう」
……あれ?
パパ、なんでノアを見てるの?
ノアも、なぜか背筋を伸ばしている。
「ふふふ」
ママだけが楽しそうに笑っていた。
……?
大人って、ときどきよくわからない。
ノアを見送ったあと、私は自分の部屋へ戻った。
窓辺では、ルゥが丸くなって眠っている。
「ルゥ! ただいま!」
「……にゃ」
私はルゥを抱き上げ、今日もらった髪飾りを見せた。
「見て! ノアにもらったの!」
ルゥは青い石をじっと見つめたあと、ふいっと顔を背けた。
「……あれ? 気に入らない?」
「にゃ」
……うーん。
やっぱりノアとルゥって、相性が悪いのかなぁ。
私は窓の外を眺めた。
夕暮れの空が、淡い金色に染まっている。
四年後。
十六歳になった私は、どんな毎日を送っているんだろう。
リオンはもっと頼もしくなっているかな。
パパとママは、今と変わらず笑っているかな。
ノアは……きっと、今よりずっとかっこよくなってるんだろうな。
ルゥは相変わらず、私のそばにいてくれるかな。
未来のことは、まだわからない。
でも、ひとつだけ決めている。
私は、この大切な人たちと、幸せに暮らしたい。
そのためにも、乙女ゲームの恋愛イベントは全力回避!
攻略対象とは、なるべく距離を置いて!
平穏無事な学園生活を送るのだ!
……うん。
完璧な計画じゃない?
私はルゥをぎゅっと抱きしめた。
「よーし! 四年後も頑張るぞー!」
「……にゃあ」
こうして、私の十二歳の日々は過ぎていく。
そして四年後。
私が十六歳になったとき――。
この完璧な計画が、あっさり崩れ去ることになるなんて。
このときの私は、まだ知らなかった。
……って、ちょっと待って!?
私、恋愛しませんからねーーー!!




