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『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
序章 家族

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29/95

侯爵家に猫がやってきた

「パパ! ママ! お願いがあるの!」

私は勢いよく応接室の扉を開けた。

「ティア? どうしたんだい?」

「まあ、そんなに慌てて。何かあったの?」

ソファに座っていたパパとママが、驚いた顔でこちらを見る。


「あのね! お庭に猫ちゃんがいたの!」

「猫?」

「そうなの! すっごくきれいで、ふわふわで、お目々がとってもかわいいの!」

……あれ?

これじゃ何のお願いか分からないよね。

「その子を、うちで飼ってもいい?」

私は両手を胸の前で合わせた。

パパとママは顔を見合わせる。


「ふむ。どこかの家で飼われている猫ではないのかい?」

「首輪はなかったよ! でも、すっごくきれいな子なの!」

「それなら、まずは飼い主がいないか確認しないといけないね」

……そっか。

誰かの大切な猫ちゃんかもしれないもんね。

「じゃあ、飼い主さんがいなかったら?」

「そうだね。ティアがきちんと世話をするなら、考えてもいいよ」

「ほんと!?」

思わず身を乗り出すと、ママがくすくす笑った。


「ふふ。まだ飼い主がいないと決まったわけではないでしょう?」

「そうだった!」

……危ない、危ない。

もう一緒に暮らす気満々だった。

「でもね、ママ。本当にかわいいの! 見たら絶対好きになるよ!」

「まあ。それなら私も会ってみたいわ」

「じゃあ、お庭に行こう!」

私は二人の手を引こうとして、慌てて止まった。

……いけない。

パパもママも、まだお茶の途中だった。


「ティア、そんなに急がなくても猫は逃げないよ」

「……逃げちゃうかもしれないもん」

私がしょんぼりすると、パパは困ったように笑った。

「分かった、分かった。見に行こうか」

「やったぁ!」


* * *


「ルゥー! どこー?」

庭に戻った私は、さっきの植え込みに駆け寄った。

……あれ?

いない。


「ルゥ?」

右を見ても、左を見ても、銀灰色の姿は見当たらない。

……うそ。

帰っちゃった?


「ティア、ルゥというのは?」

「猫ちゃんの名前! 私がつけたの!」

パパの質問に答えながら、私は植え込みの奥をのぞいた。

「ルゥー……」

せっかくパパとママを連れてきたのに。

もう一度会いたかったなぁ。


「……にゃ」


「えっ!?」

小さな声が聞こえた。

振り返ると、少し離れた木陰に、あの銀灰色の猫が座っていた。

「ルゥ!!」

いたーーー!!


私は駆け寄ろうとして、途中で足を止めた。

……そうだった。

びっくりさせちゃだめだよね。

そっとしゃがんで、手を差し出す。

「ルゥ、待っててくれたの?」

ルゥは私をじっと見つめると、ゆっくり近づいてきた。

そして、差し出した手に頭を寄せる。

「……っ! かわいい!!」

もう!

そんなことされたら、好きになっちゃうでしょ!!

……いや、もう好きだけど!


「まあ、本当にきれいな猫ね」

「そうだろう? ずいぶん立派な毛並みだ」

パパとママも、ルゥを見て驚いている。

ふふん!

そうでしょう、そうでしょう!

……って、私の猫じゃないんだけどね。


「この子がルゥなのね?」

「うん! ルゥって呼ぶと反応してくれるの!」

ママがそっと手を伸ばした。

するとルゥは、その手をちらりと見て……。

すいっ。

避けた。


「あら?」

ママが目を丸くする。

「ルゥ! ママは優しいよ?」

私が声をかけると、ルゥは何事もなかったように私の足元へ戻ってきた。

……えっ。

もしかして。

「私にはなでさせてくれるの?」

そっと頭をなでると、ルゥは逃げなかった。


「まあまあ。ティアのことがお気に入りなのね」

ママが楽しそうに笑う。

……えへへ。

そうなのかな?

だったら嬉しいなぁ。


「ティア、ちょっといいかい?」

パパがしゃがんで、ルゥをじっと見つめた。

「……ふむ」

ルゥもパパを見つめ返している。

……なんだろう。

二人とも、すっごく真剣な顔。

「パパ?」

「いや。なかなか賢そうな猫だと思ってね」

すると、ルゥがふいっと顔をそらした。

……あれ?

今、ちょっと偉そうじゃなかった?


「ふふっ。面白い子ね」

ママも笑っている。

うん。

私もそう思う。

でも、そこがまたかわいいんだよね!


* * *


「姉様!」

屋敷に戻る途中、リオンと出会った。

「リオン! 見て見て!」

「……猫、ですか?」

私の腕の中を見て、リオンが目を丸くする。

そうなの!

なんとルゥは、私が抱っこしても嫌がらなかったのだ!

……ちょっと重いけど。

幸せだから問題なし!


「ルゥっていうの! かわいいでしょ?」

「はい。とてもきれいな猫ですね」

リオンがそっと顔を近づけた。

「初めまして、ルゥ」

……あっ。

ちゃんと挨拶してる。

うちの弟、礼儀正しいなぁ。


するとルゥは、リオンの顔をじっと見つめた。

「……?」

リオンも首をかしげる。

しばらくして、ルゥが小さく鳴いた。

「にゃ」

「……姉様」

「なあに?」

「この猫、僕の言葉が分かっているみたいです」

「えっ?」

私はルゥを見下ろした。

「ルゥ、リオンの言ってること分かるの?」

「……にゃ」

「ほら!」

リオンが驚いたように声を上げる。

……えっ。

本当?


「じゃあ、ルゥ! 私のこと好き?」

ルゥは黙って私を見つめた。

……あれ?

「ルゥ?」

ふいっ。

顔をそらされた。

「えええっ!? なんで!?」

リオンが吹き出した。

「ふふっ。姉様、嫌われたわけではないと思いますよ」

「だって! 今、顔そらしたよ!?」

私はもう一度ルゥをのぞき込んだ。

「ルゥー?」

するとルゥは、面倒そうに目を細めてから、私の腕に顔を埋めた。

……っ!!

なにそれーーー!!


「リオン! 見た!?」

「はい。見ました」

「かわいいーーー!!」

リオンが声を上げて笑った。

……うん。

やっぱり、この子は絶対にかわいい。


* * *


その日の夕方。

パパが、屋敷の周りで猫を探している人がいないか、使用人たちに確認してくれた。

今のところ、心当たりはないらしい。


「それなら、しばらくうちで預かってもいいよ」

パパの言葉に、私は思わず飛び上がった。

「やったぁ!!」

「ただし、飼い主が見つかったら、きちんと返してあげるんだよ」

「うん! 約束する!」


私はソファの上に座っているルゥを振り返った。

……そう。

ルゥったら、いつの間にかソファの真ん中を陣取っているのだ。

しかも、ふかふかのクッションの上。


「……ルゥ?」

名前を呼ぶと、片目だけ開けた。

……えっ。

そこ、気に入ったの?


「ふふ。まるで、ずっと前からこのお屋敷に住んでいたみたいね」

ママが笑いながら言った。

確かに!

でもね、ルゥ。

そこ、パパのお気に入りの場所なんだけど……。


私はちらりとパパを見る。

パパもルゥを見ていた。

そして、ひとつため息をつく。

「……まあ、いいか」

……いいんだ!?

さすがパパ!


「ルゥ、今日からよろしくね!」

私はソファの前にしゃがんで、ルゥの顔をのぞき込んだ。

ルゥはゆっくりと目を開ける。

青みがかった灰色の瞳が、まっすぐ私を見つめた。

「いっぱい遊ぼうね!」

そう言って笑うと、ルゥは小さく尻尾を揺らした。

……あっ。

今、返事してくれた?


私は嬉しくなって、その頭をそっとなでた。

我が家に、とびきりかわいい猫がやってきた!


……そして。

どうやら、この猫。


私よりずっと偉そうです。

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