ししょー、また会おうね!
その日の朝。
私は、いつもより少しだけ早く目が覚めた。
……今日で、終わりなんだ。
アルヴィンがアストレイア侯爵家に来てから、ひと月。
長いようで、あっという間だった。
最初は護衛の騎士様だったのに、気づけば剣を教えてもらって、ししょーって呼ぶようになって。
……なんだか、不思議だなぁ。
「お嬢様、お支度をいたしましょうか」
「うん、お願い。ミア」
いつもどおりに返事をしたつもりだったけれど、ミアが少しだけ首をかしげた。
「お嬢様、寂しいのですか?」
「……えっ?」
「本日で、グランフォード卿の護衛任務が終わりますから」
……ミア。
どうして分かっちゃうの?
「……ちょっとだけ」
「ふふ。グランフォード卿も、きっとお嬢様との修行を楽しまれていたと思いますよ」
「そうかな?」
「はい」
ミアが優しく笑う。
……そっか。
そうだったら、嬉しいな。
* * *
朝食のあと、私はパパの執務室に呼ばれた。
部屋に入ると、パパの前にアルヴィンが立っていた。
「本日をもちまして、護衛任務を終了いたします。ひと月の間、お世話になりました」
アルヴィンが深く頭を下げる。
「こちらこそ、娘を守ってくれてありがとう。剣の指導まで引き受けてもらって、感謝しているよ」
「もったいないお言葉です」
パパが微笑んで、私を見た。
「ティア。グランフォード卿に、何か伝えたいことはあるかい?」
……えっ。
急に言われると、困るんだけど!
私はアルヴィンを見上げた。
「えっと……ししょー!」
「はい、お嬢様」
「今まで、ありがとう!」
勢いよく頭を下げると、アルヴィンが少し驚いた顔をした。
「剣を教えてくれて、ありがとう。危ないときに助けてくれて、ありがとう。それから……いっぱい心配かけて、ごめんなさい!」
最後の言葉に、パパが小さく笑った。
「本当にね。グランフォード卿には、ずいぶん心配をかけたようだ」
「パパぁ……!」
アルヴィンも、少しだけ口元を緩めた。
「お気になさらないでください。お嬢様のおかげで、私も多くのことを学ばせていただきました」
「……ししょーも?」
「ええ」
……何を学んだんだろう?
私、そんなに立派なことしたっけ?
……うん。
たぶん、してない。
* * *
お昼前。
アルヴィンが帰る時間になった。
屋敷の玄関には、パパとママ、リオン、それから私が集まっていた。
「グランフォード卿、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、お世話になりました」
ママが微笑むと、アルヴィンは丁寧に頭を下げた。
「グランフォード卿。また剣をご指導いただける日を楽しみにしております」
「ええ、リオン様。私も楽しみにしております」
リオンは嬉しそうに笑った。
……よかった。
リオンも、ししょーのこと好きなんだよね。
そして、アルヴィンが私の前に来た。
「お嬢様」
「……はい」
……あれ?
なんだか、ししょーの顔を見ると、急に寂しくなってきた。
「……ししょー、もう帰っちゃうの?」
思わずそう聞くと、アルヴィンは少し目を見開いた。
そして、私の前に膝をついた。
「はい。ですが、お別れというわけではありません」
「……ほんと?」
「もちろんです」
アルヴィンは、まっすぐ私を見つめた。
「お嬢様。最後に、一つだけお約束してください」
「……なあに?」
「誰かを守ろうとなさるとき、ご自身も守ることを忘れないでください」
……あ。
あの日のことだ。
庭で少年を助けようとして、ししょーにたくさん心配をかけた。
「……うん。約束する」
「ありがとうございます」
アルヴィンが優しく微笑む。
……よし!
私も、ちゃんと言わなくちゃ!
「ねえ、ししょー」
「はい」
「また、剣を教えてくれる?」
アルヴィンは一瞬だけ驚いたような顔をして、それから静かに頷いた。
「もちろんです。私はまだ、お嬢様に教えたいことがたくさんありますから」
「……ほんと!?」
「ええ。それに……」
アルヴィンが、少しだけ楽しそうに笑った。
「私の弟子を、途中で放り出すわけにはいきません」
……えっ。
今、なんて?
「……弟子?」
「はい」
「私、ししょーの弟子なの!?」
「違いましたか?」
……違わない!
全然、違わない!!
「弟子ですっ!!」
思わず胸を張ると、アルヴィンが声を立てて笑った。
……あ。
ししょーが、笑ってる。
最初に会ったころは、いつもきちんとしていて、ちょっと近寄りがたい騎士様だった。
でも、今は違う。
……私の、ししょーだ。
「じゃあ、次に会うまでに、もっと強くなっておくね!」
「……くれぐれも、無茶はなさらないように」
「分かってるってば!」
私が頬を膨らませると、アルヴィンは困ったように微笑んだ。
「それから、お嬢様」
「ん?」
「何かお困りのことがあれば、いつでもお声がけください」
……いつでも?
「ししょー、忙しいんじゃないの?」
「それでも、できる限りお力になります」
アルヴィンの緑色の瞳は、真剣だった。
……そっか。
ししょーって、本当に優しいなぁ。
「うん! ありがとう!」
* * *
やがて、アルヴィンが馬に乗った。
「それでは、失礼いたします」
パパたちに一礼してから、こちらを見る。
「お嬢様。また、お会いしましょう」
「うん!」
私は大きく手を振った。
「ししょー! またねーー!!」
アルヴィンが微笑んで、馬を進める。
赤い髪が、少しずつ遠ざかっていく。
……行っちゃった。
なんだか、胸の奥がちょっとだけ寂しい。
「姉様」
「ん?」
隣にいたリオンが、私の顔をのぞき込んだ。
「次にグランフォード卿にお会いするときは、僕たち、もっと上達していたいですね」
「……うん!」
そうだよね。
寂しがってばかりじゃ、ししょーの弟子は務まらない!
「よーし! リオン! 明日からも修行、頑張ろうね!」
「はい、姉様!」
私はもう一度、アルヴィンが去っていった道を見つめた。
護衛のお仕事は、今日で終わり。
でも。
ししょーとの修行は、まだまだ終わらない!
……というわけで。
恋愛回避のために始めたはずの剣の修行だけど、気づけば攻略対象の一人を、ししょーと呼ぶようになってしまいました。
……あれ?
これって、ゲームの展開と全然違うよね?
まあ、いっか!
今は恋愛より、強くなることが大事だもん!
私はリオンの手を取って、屋敷へと駆け出した。




