いつもの食卓に、君がいる
「……終わったぁ!」
最後の教本を閉じた瞬間、私は机に突っ伏した。
今日も朝から、礼儀作法に歴史、領地についてのお勉強。
侯爵令嬢って、思っていた以上に忙しい。
剣の修行を始めたからといって、ほかのお勉強がなくなるわけじゃないんだよね。
……当たり前だけど!
「お嬢様、お疲れさまでした」
ミアが温かいお茶を用意してくれた。
「ありがとう、ミア……」
「今日はよく頑張られましたね」
「えへへ。そうかな?」
「はい。以前よりも、ずっと熱心に取り組んでいらっしゃいますよ」
……うっ。
以前の私って、そんなにお勉強嫌いだったのかな?
いや、今も好きかって聞かれたら困るけど!
「そういえば、リオンは?」
「リオン様は、まだ魔法のお勉強をなさっています」
「ええっ!? まだ!?」
私だって疲れたけど、リオンは座学に魔法のお勉強まである。
……うちの弟、働きすぎじゃない?
「今日は剣の修行もお休みですし、夕食まではゆっくりなさってください」
「うん! そうする!」
そう答えたものの、私は窓の外に目を向けた。
……リオン、大丈夫かな?
* * *
「リオン!」
廊下の向こうに弟の姿を見つけて、私は駆け寄った。
「姉様!」
「お勉強、終わったの?」
「はい。今、終わったところです」
「お疲れさま! 大変だったでしょう?」
リオンは少し照れたように笑った。
「今日は新しい魔法の理論を習ったんです。難しかったですけど、面白かったですよ」
「そうなんだ!」
……すごい。
私だったら、難しい時点で頭が痛くなりそう。
「でも、少し疲れました」
「だよね! じゃあ、夕食まで一緒に休もう?」
「はい!」
私たちは並んで廊下を歩き始めた。
「そういえば姉様、明日は剣の修行がありますよね?」
「うん! ししょーが時間を作ってくれたの!」
「楽しみですね」
「うん! でも、リオンは無理しちゃだめだからね?」
「姉様こそ、ですよ」
「えっ!?」
リオンがくすっと笑った。
……あれ?
弟に心配されちゃった。
まあ、いっか!
こうして一緒に頑張れるのって、楽しいもんね!
* * *
夕食の時間。
食堂に入ると、すでにパパとママが席についていた。
そして、その隣には見慣れた黒髪の少年が座っている。
「ノア! 今日も来てたの?」
「うん。お邪魔してるよ」
「いらっしゃい!」
「……ありがとう」
最近、ノアが夕食を一緒に食べていくことが増えた。
最初の頃は少し遠慮がちだったけれど、今ではパパやママとも自然に話している。
……ふふっ。
なんだか、もう家族みたい!
「ティア、リオン。今日も勉強を頑張ったそうだね」
パパがにこにこと笑った。
「うん! すっごく疲れた!」
「姉様は、剣の修行も頑張っていらっしゃいます」
「リオンだって! 魔法のお勉強もあるのに、すごいんだよ!」
「ふふ。二人とも頑張り屋さんね」
ママが嬉しそうに微笑んだ。
「でも、無理は禁物だよ」
パパが少し真面目な顔になる。
「特にティア。グランフォード卿から、休憩を嫌がると聞いているよ」
「えっ!?」
ししょーー!!
パパに報告してたの!?
「ティア、ちゃんと休まないとだめよ?」
「は、はーい……」
隣から、小さな笑い声が聞こえた。
……ノア!
見ると、ノアが口元を押さえている。
「……何?」
「いや。グランフォード卿も大変だなと思って」
「もう! ノアまで!」
みんなが笑った。
……むむっ。
なんだか私だけ、からかわれてない?
でも、不思議と嫌じゃなかった。
* * *
食事が進むにつれて、話題は今日の出来事へと移っていった。
リオンが魔法の授業で習ったことを話し、パパが興味深そうに質問する。
ママは庭に咲き始めた花の話をして、私は今日のお勉強がどれだけ大変だったかを熱弁した。
……え?
私だけ愚痴っぽい?
気のせいです!
「ノアは今日はどうだったんだい?」
パパが尋ねると、ノアは背筋を伸ばした。
「今日は剣術の稽古がありました。新しい課題をいただいたので、しばらくはそれに取り組むつもりです」
「そうか。君は本当に熱心だね」
「ありがとうございます」
……ノアも頑張ってるんだなぁ。
そう思いながら隣を見ると、ノアと目が合った。
「……何?」
「ううん! ノアも忙しいんだなって」
「ティアほどじゃないよ」
「えっ!? 私だって頑張ってるよ!」
「知ってる」
ノアは小さく笑った。
「……ちゃんと見てるから」
……え?
一瞬、言葉が出てこなかった。
「そ、そう?」
「うん」
ノアは何事もなかったように食事を続けている。
……なんだろう。
今の、ちょっと照れちゃった。
でも、ノアって昔から優しいし!
きっと、幼馴染として応援してくれてるんだよね!
……うん。
そういうことにしておこう!
* * *
夕食が終わり、ノアを玄関まで見送ることになった。
「今日も楽しかったね!」
「……うん」
「また一緒にご飯食べようね!」
「いいの?」
「もちろん! ノアが来てくれると、みんな喜ぶもん!」
ノアは少し驚いたように私を見た。
「……みんな?」
「うん! パパもママも、リオンも! それに私も!」
そう言うと、ノアはしばらく黙っていた。
……あれ?
変なこと言ったかな?
「……そっか」
ノアが小さく笑った。
「じゃあ、また来るよ」
「うん! 待ってるね!」
ノアが馬車に乗り込む前に、ふと振り返った。
「ティア」
「なあに?」
「……ありがとう」
「えっ? 何が?」
「……なんでもない」
そう言って、ノアは少し照れたように笑った。
……?
なんだったんだろう?
馬車が見えなくなるまで手を振ってから、私は屋敷へ戻った。
今日も忙しかった。
お勉強は大変だし、剣の修行だって簡単じゃない。
でも、リオンと一緒に頑張れて、パパとママと笑い合えて、ノアとも楽しく過ごせた。
……うん。
こういう毎日って、いいな。
前世では知らなかった、家族と囲む温かい食卓。
今の私には、それが何よりも大切だ。
だからこそ、この幸せを守りたい。
……そのためにも!
明日の修行、頑張るぞー!!
……あ。
ししょーに、また無理するなって怒られそう。




