剣の修行と、幼馴染のご機嫌
「では、まずは姿勢から始めましょう」
屋敷の訓練場に、アルヴィンの落ち着いた声が響いた。
パパから正式に許可をもらい、今日から剣のお稽古が始まる。
もちろん、リオンも一緒だ。
「はい!」
「よろしくお願いします!」
私とリオンが元気よく返事をすると、アルヴィンは小さくうなずいた。
「最初にお伝えしておきます。剣を扱ううえで大切なのは、力だけではありません。相手をよく見て、無理をしないことです」
「はい!」
「それから、お嬢様」
「なあに?」
「危険だと判断した場合は、すぐに稽古を中止します」
「……はい」
……うん。
なんだか、パパと同じことを言ってる気がする。
アルヴィンは私たちに、それぞれ体格に合った木剣を渡してくれた。
おお……!
これが私の剣!
思わず両手で握りしめると、アルヴィンがすかさず声をかけた。
「お嬢様、肩に力が入りすぎています」
「えっ、もう!?」
「はい。まずは力を抜きましょう」
……剣って、振る前から難しいんだね。
* * *
「グランフォード卿、こうでしょうか?」
リオンが木剣を構えると、アルヴィンがうなずいた。
「ええ。よくできています」
「ありがとうございます!」
……えっ。
リオン、上手じゃない?
私も慌てて同じように構えてみる。
「……お嬢様」
「はい!」
「足が逆です」
「えっ!?」
「それから、剣先が下がっています」
「はいっ!」
「肩の力も抜いてください」
「は、はいぃ!」
……待って。
直すところ、多くない!?
隣を見ると、リオンはすでにきれいな姿勢で立っていた。
……うん。
知ってた。
うちの弟、優秀なんです。
でも!
お姉ちゃんだって負けないんだから!
「アルヴィン! もう一回お願いします!」
「まずは落ち着いてください、お嬢様」
「はい!」
アルヴィンは苦笑しながら、私の立ち方を一つずつ直してくれた。
「そうです。今の姿勢を覚えてください」
「……こう?」
「ええ。先ほどよりずっと良くなりました」
やった!
たったそれだけなのに、なんだかすごく嬉しい。
「ありがとうございます、ししょー!」
……。
…………あ。
言っちゃった。
アルヴィンが、ぴたりと動きを止めた。
「……ししょー?」
「え、えっと!」
しまったーー!!
前世のノリで呼んじゃった!!
「剣を教えてくれる先生だから、ししょー! ……って、変かな?」
アルヴィンは一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。
「いえ。お嬢様がお好きなようにお呼びください」
「本当!?」
「はい。ただし、呼び方が変わっても稽古は甘くなりませんよ」
「もちろん!」
よーし!
今日からこれは、お稽古じゃない!
修行です!!
「ししょー! 次は何をするの!?」
「……まずは、その肩の力を抜くところからですね」
「はーい!」
……あれ?
さっきも同じこと言われたような?
* * *
しばらくして、訓練場に見慣れた声が響いた。
「……ティア?」
振り返ると、そこにはノアが立っていた。
「ノア!」
「何してるの?」
「剣の修行だよ!」
私が木剣を掲げると、ノアは少し驚いたように目を見開いた。
「……修行?」
「うん! ししょーに教えてもらってるの!」
「……ししょー?」
ノアの視線が、私の隣にいるアルヴィンへ向けられた。
「あっ、紹介するね! こちら、私の護衛のアルヴィン・グランフォード卿!」
「お初にお目にかかります、ヴォルフィード公爵令息。アルヴィン・グランフォードと申します」
アルヴィンが丁寧に一礼する。
ノアも落ち着いた様子で礼を返した。
「ノア・ヴォルフィードです。ティアがお世話になっています」
「こちらこそ。お嬢様はとても熱心に取り組んでおられます」
……えへへ。
褒められちゃった!
「そうなんだ」
ノアは私を見た。
「……ずいぶん楽しそうだね」
「うん! ししょー、教えるの上手なんだよ!」
「……そう」
……あれ?
ノア、なんだか静か?
「ノアも一緒にやる?」
「……別に、僕は」
「そっか! じゃあ、見ててね!」
「…………」
私は再び木剣を構えた。
「ししょー! これで合ってる?」
「もう少し右足を引いてください」
「こう?」
「ええ。よろしいですよ」
……やった!
少しずつだけど、できるようになってきた!
「……ティア」
「ん?」
「やっぱり、僕も参加していい?」
振り返ると、ノアがこちらを見ていた。
「もちろん! 一緒に修行しよう!」
「……うん」
……ふふっ。
ノアも剣に興味があったんだね!
アルヴィンはノアのほうへ向き直った。
「ヴォルフィード様も参加なさいますか?」
「はい。よろしければ」
「もちろんです。以前から剣術で優秀な成績を収めておられると伺っています」
「……ありがとうございます」
「では、お二人とは別の課題を用意しましょう」
……えっ?
ノアって、そんなに剣が得意だったの!?
そういえば、昔から剣のお稽古をしてたっけ。
でも、そんなにすごいなんて知らなかった!
「姉様、ノア兄様も一緒ですね!」
「うん! 楽しくなってきたね!」
「はい!」
リオンも嬉しそうだ。
ノアはそんな私たちを見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。
* * *
「お嬢様、剣先が下がっています」
「はいっ!」
「リオン様、もう少し足幅を広げましょう」
「はい!」
アルヴィンは私たちの姿勢を確認すると、ノアに向き直った。
「ヴォルフィード様、少し動きを見せていただけますか?」
「分かりました」
ノアは木剣を構え、アルヴィンの合図に合わせて踏み込んだ。
鋭く振り下ろされた木剣が、ぴたりと止まる。
……えっ。
今の、すごくない!?
「見事ですね。動きに無駄がありません」
「ありがとうございます」
「では、次は私が相手を務めましょう」
アルヴィンも木剣を手に取った。
二人が向かい合うと、訓練場の空気が少し変わった気がした。
……おお。
なんだか本格的!
「姉様、すごいですね……!」
「うん! ノア、かっこいい!」
そう言った瞬間、ノアがこちらをちらりと見た。
……あれ?
今、ちょっと笑った?
「お嬢様」
「はいっ!」
「こちらも修行中ですよ」
「はーい!」
……ししょー。
ちゃんと見てるんですね。
* * *
「では、本日はここまでにしましょう」
アルヴィンの声に、私は思わず声を上げた。
「ええっ!? もう!?」
「初日から無理をしてはいけません」
「でも、まだできるよ!」
「お嬢様」
「……はい」
……ししょー。
優しいけど、意外と厳しいです。
木剣を返すと、ノアが私の隣にやってきた。
「ティア」
「ん?」
「……明日も、ここに来るの?」
「うん! ししょーがいいって言ってくれたら!」
「……そう」
ノアは少し考えてから、静かに言った。
「じゃあ、僕も来ようかな」
「本当!? 嬉しい!」
私が笑うと、ノアもようやくいつもの笑顔を見せた。
「……うん。僕も」
……よかった!
ノアも修行、気に入ったみたい!
こうして、私たち三人の剣の修行が始まった。
……あれ?
私、攻略対象に近づかないって決めてたよね?
なのに今、攻略対象が二人もいるんですけど!?
しかも、一人はししょーで、もう一人は幼馴染。
……。
ま、まあ!
これは修行だから!
恋愛じゃないから!!
……たぶん。




