大切な人たちへ
「パパ! お願いがあります!」
翌朝、私はパパの執務室を訪れていた。
机に向かっていたパパが、書類から顔を上げる。
「おや、ティア。そんなに改まってどうしたんだい?」
「私、剣のお稽古がしたいの!」
「……剣?」
パパの手から、持っていたペンがぽろりと落ちた。
……あ。
そんなに驚く?
「ティア、もう一度言ってくれるかな?」
「剣のお稽古がしたいです!」
「……そうか。剣か……」
パパはしばらく考え込んでしまった。
うーん。
やっぱり、侯爵令嬢が剣を習いたいなんて変なのかな?
「どうして、剣を習いたいと思ったんだい?」
パパの声は優しかった。
でも、その表情はいつもより真剣だった。
「……この前、街で女の子を助けたとき、私、何もできなかったの」
「ティア……」
「リオンが魔法を使ってくれなかったら、きっと危なかったと思う。でも、私が飛び出したせいで、リオンまで危険な目に遭わせちゃった」
あのときのことを思い出すと、今でも少し怖い。
「だから、せめて自分の身くらい守れるようになりたいの。それに……」
「それに?」
「いつか、大切な人を守れるくらい強くなりたい」
パパは何も言わず、私の話を聞いてくれた。
「……ティア」
しばらくして、パパが立ち上がった。
そして、私の前にしゃがんで目線を合わせる。
「お前の気持ちは分かったよ。でもね、強くなるというのは、剣を振れるようになることだけじゃないんだ」
「……うん」
「危険な場所から離れる判断も、誰かに助けを求める勇気も、大切な強さだよ」
……そっか。
確かに、あのとき私が冷静だったら、リオンを危険に巻き込まずに済んだかもしれない。
「それでも、剣を習いたいかい?」
「……うん!」
パパは少し困ったように笑った。
「まったく。誰に似たんだろうね」
「パパじゃない?」
「……否定できないな」
ふふっ。
やっぱり!
「分かった。グランフォード卿に相談してみよう。ただし、無理はしないこと。危険なことは必ず指導者の許可を得ること。それが条件だ」
「本当!? ありがとう、パパ!」
嬉しくて抱きつくと、パパは私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「……お前が強くなりたいと願う日が来るとはね」
その声が少しだけ寂しそうに聞こえて、私はパパの背中に回した腕に力を込めた。
* * *
「姉様! 剣のお稽古を始めるんですか!?」
執務室を出たところでリオンに会い、さっそく報告すると、弟は目を丸くした。
「うん! パパが許してくれたの!」
「僕も一緒に習いたいです!」
「えっ、リオンも?」
リオンは勢いよくうなずいた。
「僕も、もっと強くなりたいです。姉様を守れるように」
「リオン……」
……もう!
なんてかわいい弟なの!!
「でも、リオンは魔法が得意でしょう?」
「魔法だけでは守れないこともあります。それに、姉様と一緒に頑張りたいです」
……最後の一言、ずるい!
「じゃあ、一緒にパパにお願いしよう!」
「はい、ティア姉様!」
嬉しそうに笑うリオンの手を握り、私たちは再び執務室へ向かった。
……パパ。
さっき許可をもらったばかりなのに、ごめんね!
* * *
その日の午後。
「お嬢様、こちらのお包みはどうなさいますか?」
ミアが部屋の隅に置かれた紙袋を指さした。
「あっ!」
そうだった!
街で買ったプレゼント!
事件があって、それどころじゃなくなっちゃってたんだよね。
「ミア、みんなに渡したいの! 今、お仕事の邪魔にならないかな?」
「皆、喜ぶと思いますよ。仕事の都合を確認して、こちらへ来てもらいますね」
「ありがとう!」
ミアが部屋を出ていくと、私は紙袋の中を確かめた。
かわいい刺繍の入ったハンカチ。
髪をまとめるためのリボン。
仕事の合間に使えそうな、小さな小物たち。
どれも、いつもお世話になっている人たちの顔を思い浮かべながら選んだものだ。
……よかった。
ちゃんと渡せそう!
しばらくして、ミアが数人のメイドさんたちを連れて戻ってきた。
「お嬢様、お呼びでしょうか?」
「うん! みんなに渡したいものがあるの!」
私は一人ずつ、用意していた包みを手渡した。
「いつもありがとう。これ、使ってくれたら嬉しいな」
「まあ……! 私たちに、ですか?」
「お嬢様、こんな素敵なものを……」
「ありがとうございます。大切にいたします」
みんな、驚いたあと、とても嬉しそうに笑ってくれた。
……えへへ。
よかったぁ。
「お嬢様、私どもはお仕えするのが仕事ですのに」
一人のメイドさんが、少し困ったように言った。
「うん。でも、お仕事だからって、ありがとうを言わなくていいわけじゃないでしょう?」
そう答えると、なぜかみんなが一瞬、黙ってしまった。
……あれ?
私、変なこと言った?
「……いいえ。とても嬉しゅうございます」
メイドさんが微笑むと、ほかのみんなもうなずいてくれた。
よかった!
喜んでもらえたみたい!
* * *
みんなが仕事に戻ったあと、部屋にはミアと私だけが残った。
「お嬢様、皆、とても喜んでおりましたよ」
「うん! よかった!」
ミアはいつもの優しい笑顔で、私を見つめている。
……さて。
ここからが本番です!
「ミア、ちょっと待ってて!」
「はい?」
私は机の引き出しを開け、小さな箱を取り出した。
街へ出かける前から、こっそり用意していたものだ。
「これ、ミアに」
「……私に、ですか?」
「うん! 開けてみて!」
ミアは少し戸惑いながら、箱のふたを開いた。
中には、細い銀のチェーンに、小さな淡い青色の石がついたネックレス。
派手ではないけれど、光が当たると石がきらりと輝く。
ミアに似合うと思って選んだものだ。
「……お嬢様」
ミアが小さく息をのんだ。
「いつも私のそばにいてくれて、ありがとう」
「……」
「私がわがままを言っても、困らせても、ミアはずっとそばにいてくれたでしょう?」
前世の記憶を思い出す前の私が、どんな子だったのか。
全部を覚えているわけじゃないけれど、きっとミアにはたくさん迷惑をかけたと思う。
それでも、ミアは変わらず私を支えてくれている。
「だからね、ミアには特別にお礼がしたかったの」
ミアはネックレスを見つめたまま、何も言わない。
……あれ?
もしかして、好みじゃなかった?
「ミア……?」
顔をのぞき込むと、ミアの瞳が潤んでいた。
「えっ!? ミア!?」
「……申し訳ございません」
ミアは慌てて目元を押さえた。
「嬉しくて……少し、驚いてしまいました」
「……本当?」
「はい。こんなに素敵な贈り物をいただけるなんて、思ってもおりませんでした」
その声が少し震えていて、私まで胸がいっぱいになった。
「……ミア、大好きだよ」
そう言って抱きつくと、ミアはそっと私を抱きしめ返してくれた。
「私も、お嬢様を大切に思っております」
……えへへ。
なんだか、照れちゃうな。
「ねえ、ミア。つけてみて?」
「よろしいのですか?」
「もちろん!」
私がうなずくと、ミアはネックレスを首にかけた。
淡い青い石が、ミアの胸元で小さく揺れる。
「わあ! やっぱり似合う!」
「ありがとうございます、お嬢様」
ミアが微笑んだ。
その笑顔を見て、私は思った。
強くなりたい。
大切な人を守れるようになりたい。
でも、こうして誰かを笑顔にできることも、きっと大切なんだ。
……うん。
お稽古が始まったら、頑張ろう!
私は心の中で、そっと拳を握った。




