新しい護衛は攻略対象!?
街での事件から、二日が経った。
あれ以来、パパもママも、なんだか私に甘い。
ママは何度も抱きしめてくれるし、パパは仕事の合間に様子を見に来てくれる。
リオンに至っては、私が少し席を立つだけで心配そうについてくるのだ。
……うん。
心配かけちゃったもんね。
でも、そろそろ普通に戻ってほしいなぁ。
特にリオン!
お姉ちゃんはお手洗いくらい一人で行けます!
そんなことを考えていた朝。
「お嬢様、本日は旦那様がお呼びでございます」
ミアが髪を整えながら教えてくれた。
「パパが?」
「はい。新しい護衛の方をご紹介くださるそうです」
……来た。
ついに、この日が来てしまった。
王国騎士団。
腕の立つ若い騎士。
その条件に当てはまる人物を、私は一人知っている。
アルヴィン・グランフォード。
乙女ゲームの攻略対象の一人だ。
赤い髪に緑の瞳。
剣の腕は一流で、真面目で面倒見のいい騎士。
……いやいや!
まだ決まったわけじゃない!
王国騎士団には、きっと若くて腕の立つ騎士が山ほどいるはず!
お願い!
どうか普通の騎士さんでありますように!
* * *
応接室の前で、私は深呼吸した。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「う、ううん! 何でもないよ!」
ミアが不思議そうに首をかしげる。
……よし。
覚悟を決めよう。
扉が開く。
部屋の中には、パパと、一人の青年が立っていた。
すらりと背が高く、鍛えられた体つき。
騎士団の制服をきちんと着こなしている。
そして――。
燃えるような赤い髪。
鮮やかな緑の瞳。
……はい、終了ーーー!!
どうして!?
どうしてこうなるの!?
私、攻略対象には近づかないって決めたよね!?
なのに、向こうからやってくるんですけど!!
「ティア、おいで」
パパが優しく手招きする。
「今日からお前の護衛を務めてくれる、アルヴィン・グランフォード卿だ」
……知ってます!
ものすごーく知ってます!!
青年は私の前に進み、片膝をついた。
「アルヴィン・グランフォードと申します。これより一か月、お嬢様の護衛を務めさせていただきます」
低く落ち着いた声。
真っすぐな眼差し。
……うん。
ゲームで見たとおり、かっこいい。
いや、違う違う!
見とれてる場合じゃない!
「セレティア・アストレイアです。グランフォード卿、よろしくお願いいたします」
どうにか挨拶を返すと、アルヴィンは少しだけ表情を和らげた。
「どうぞ、アルヴィンとお呼びください」
「えっ、でも……」
「今は騎士として護衛の任に就いております。敬称はお気になさらず」
……なるほど。
お仕事中は騎士として接してほしいってことね。
「で、では……よろしくね、アルヴィン」
……ああ。
言っちゃった。
* * *
「アルヴィンは剣の腕だけでなく、判断力にも優れている。安心して任せられる騎士だよ」
パパが説明してくれる。
うん。
それも知ってる。
ゲームでは、主人公を何度も危険から救ってくれる頼れる騎士だった。
でもね、パパ。
その人、攻略対象なんです!!
「ティア?」
「は、はい!」
考え込んでいた私に、パパが不思議そうな顔をした。
「どうしたんだい? 緊張しているのかな?」
「う、うん! ちょっとだけ!」
すると、アルヴィンが穏やかに微笑んだ。
「ご安心ください。必要以上にお嬢様の行動を制限するつもりはありません」
……えっ。
意外と話が分かる人?
「ただし、危険な行動をなさった場合は、お止めします」
……ですよね!
「特に、見知らぬ相手に向かって飛び出すようなことは、今後お控えください」
「うっ……」
もう事件のこと、知ってるんだ。
恥ずかしい……。
「人を助けたいというお気持ちは立派です。ですが、ご自身が傷ついてしまっては意味がありません」
真面目な顔でそう言われると、何も言い返せない。
「……はい。気をつけます」
アルヴィンは、満足そうにうなずいた。
……あれ?
なんだろう。
この感じ。
まるで、先生に注意されてるみたい。
* * *
応接室を出ると、廊下でリオンが待っていた。
「姉様!」
「リオン!」
リオンは私のそばへ駆け寄ると、アルヴィンを見上げた。
「あなたが、姉様の新しい護衛の方ですか?」
「はい。アルヴィン・グランフォードと申します」
アルヴィンが丁寧に頭を下げる。
リオンはじっと彼を見つめたあと、ぺこりとお辞儀した。
「リオン・アストレイアです。姉様をよろしくお願いします」
……リオン!
なんだか、お姉ちゃんをお嫁に出すみたいな挨拶なんですけど!?
「承知しました。必ずお守りいたします」
アルヴィンが真剣な表情で答える。
……うん。
この二人、妙に息が合ってない?
「姉様」
リオンが私の手を握った。
「これで、少し安心できます」
……そっか。
リオンも、ずっと心配してくれてたんだよね。
「ありがとう、リオン」
私は笑って、弟の頭をなでた。
* * *
その日の午後。
私は庭を散歩していた。
もちろん、後ろにはアルヴィンがいる。
……いる。
ずっと、いる。
「……アルヴィン」
「はい」
「疲れない?」
「問題ありません」
「退屈じゃない?」
「任務ですので」
「……そっか」
うーん。
会話が続かない!
これ、一か月も続くの!?
そんなことを考えながら歩いていると、庭の隅で木剣を振るう騎士たちが目に入った。
……あ。
剣の稽古だ。
私が足を止めると、アルヴィンも視線を向けた。
「剣に興味がおありですか?」
「うん、ちょっとだけ」
そう答えた瞬間、街での出来事が頭をよぎった。
あのとき。
私は女の子を助けようとして、何もできなかった。
リオンが魔法を使ってくれなかったら、どうなっていたんだろう。
……怖かった。
でも、それ以上に。
リオンを危険な目に遭わせてしまったことが、悔しかった。
私にも、何かできることがあれば。
「……アルヴィン」
「はい、お嬢様」
私は少し迷ってから、顔を上げた。
「私にも、剣って使えるようになるかな?」
アルヴィンが、わずかに目を見開いた。
「剣、ですか?」
「うん。強くなりたいの」
誰かに守ってもらうだけじゃなくて。
私も、大切な人を守れるようになりたい。
アルヴィンはしばらく私を見つめていた。
そして、静かに口を開く。
「……本気で、そうお考えですか?」
「うん!」
私が力強くうなずくと、彼は少しだけ微笑んだ。
「でしたら、まずはお父上の許可をいただきましょう」
……え?
「許可がいただければ、基礎からお教えします」
「本当!?」
「はい。ただし、稽古は決して楽ではありませんよ」
……ふふん!
こう見えて私、やると決めたら頑張るタイプなんだから!
「大丈夫! 頑張る!」
アルヴィンが小さく笑った。
「では、楽しみにしております」
……よーし!
こうなったら、目指せ!
自分の身くらい守れる立派な令嬢!
……あれ?
ちょっと待って。
私、攻略対象に近づかないって決めてたよね?
なのに、今。
自分から剣を教えてくださいってお願いしちゃった……?
……。
ま、まあ!
これは恋愛じゃないから!
修行だから!
ノーカウント!!
そう自分に言い聞かせながら、私は大きくうなずいた。
――こうして私と、新しい護衛の奇妙な一か月が始まった。




