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『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
序章 家族

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守りたいもの

「誰か、止めてくれ!」

切羽詰まった声が、通りに響き渡った。


何事かと目を凝らすと、人だかりの向こうから、一人の男が飛び出してきた。

「どけっ!」

男は周囲の人を押しのけながら、こちらへ向かって走ってくる。

……え?

何、何!?


「お嬢様、こちらへ!」

ミアが私とリオンを引き寄せ、店の壁際へ下がった。

その直後、男の後ろから別の声が聞こえた。

「泥棒だ! そいつを捕まえてくれ!」


泥棒!?


男の腕には、大きな革袋が抱えられている。

どうやら、どこかのお店から盗んだらしい。

……いやいや!

そんなことより、こっちに来てるんですけど!?


「姉様、下がってください」

リオンが私の前に出ようとする。

ちょっと待った!

「リオンこそ、ミアのそばにいて!」

私は慌ててリオンの手を引いた。


大丈夫。

私たちが何かしなくても、大人の人たちが何とかしてくれるはず。


そう思った、そのときだった。


「きゃあっ!」


通りの向こうで、小さな悲鳴が上がった。

見ると、幼い女の子が石畳の上に座り込んでいる。

人の流れに押されて、転んでしまったみたいだ。

しかも――。

泥棒の男が、まっすぐ女の子の方へ走っている。


……危ない!


「姉様!?」

気づいたときには、私は走り出していた。

女の子まで、あと少し。

お願い!

間に合って!


「立てる!?」

女の子の腕をつかみ、必死に引き寄せる。

けれど、男はもう目の前だった。

「邪魔だ!」

男が怒鳴り、こちらへ腕を振り上げる。


……っ!

怖い。

思わず目をつぶりそうになった。

でも、ここで手を離したら、この子が――!


私は女の子を抱きしめ、ぎゅっと身を縮めた。

「姉様!!」

リオンの叫び声が聞こえた。


次の瞬間。


ドンッ!


大きな音とともに、目の前を何かが通り過ぎた。

「うわっ!?」

男の悲鳴。

恐る恐る顔を上げると、泥棒の男が数歩先で尻もちをついていた。

……え?

何が起きたの?


「姉様!」

振り向くと、リオンがこちらへ駆け寄ってくる。

その顔は、真っ青だった。

「リオン……?」

「怪我はありませんか!?」

「う、うん。私は大丈夫だけど……」

リオンの手が、小さく震えている。


……まさか。


「今の、リオンが?」

リオンはこくりとうなずいた。

「姉様に、あの人が……! それで、気づいたら魔法を……」


そうだった。

リオンは魔法が得意なんだ。

でも、あんなに離れた場所から、とっさに男を吹き飛ばすなんて。

……すごい。

すごいけど。

「リオン!」

私は思わず弟を抱きしめた。

「ありがとう! 助けてくれてありがとう!」

「ね、姉様……」

「でも、リオンまで危ないことになったらどうするの!」

「それは、姉様も同じです!」


……うっ。

返す言葉がない。


「姉様が急に走っていくから……僕、怖くて……!」

リオンの声が震えている。

その瞬間、胸がぎゅっと痛くなった。


……そっか。

私がこの子を守りたいのと同じように、リオンも私を守ろうとしてくれたんだ。


「……ごめんね、リオン」

ぎゅっと抱きしめると、リオンも私の服をつかんだ。

「無事で、よかったです……」


……もう。

そんな声で言わないでよ。

お姉ちゃんまで泣いちゃうじゃない。


「お嬢様! リオン様!」

ミアが駆け寄ってきた。

いつも落ち着いているミアが、珍しく息を切らしている。

「お二人とも、お怪我は!?」

「大丈夫だよ、ミア」

「本当に……本当に、よかった……」

ミアは私たちの前に膝をつき、二人まとめて抱きしめた。


……あ。

ミアも、震えてる。


「ごめんね、ミア……」

私が小さく謝ると、ミアは首を横に振った。

「お嬢様があの子を助けようとなさったお気持ちは、分かります。ですが……」

そこで言葉を詰まらせる。

「どうか、ご自身のことも大切になさってください」

「……うん」


何も言い返せなかった。

だって、ミアの言うとおりだもの。


* * *


騒ぎは、駆けつけた街の衛兵たちによって収まった。


泥棒の男は捕まり、女の子にも怪我はなかったらしい。

女の子のお母さんが、何度も頭を下げてくれた。

「娘を助けてくださって、本当にありがとうございます」

「い、いえ! 無事でよかったです!」

女の子も、お母さんの後ろから顔をのぞかせた。

「お姉ちゃん、ありがとう」


……っ!

か、かわいい!

思わず頬が緩みそうになる。


でも、今日はそれどころじゃない。

だって……。

「お嬢様」

ミアがにっこり微笑んでいる。


……笑ってる。

笑ってるけど。

目が笑ってない!!


「そろそろ、お屋敷へ戻りましょうか」

「は、はい……」


これは絶対、帰ったらパパとママに報告されるやつだ。

……怒られるかな。

いや、怒られるよね!?

だって護衛さんが荷物を運びに行っている間に、勝手に飛び出しちゃったんだもの!


うう……。

お菓子、まだ半分しか食べてないのに。


「姉様」

「ん?」

リオンが、そっと私の手を握った。

「僕も一緒に謝ります」

「リオンは悪くないよ!」

「でも、僕も姉様を止められませんでしたから」


……リオン。

なんていい子なの!


「ありがとう。でも、これは私が悪いんだから、リオンは気にしなくていいんだよ」

そう言って頭をなでると、リオンは少しだけ困ったように笑った。


* * *


屋敷へ戻ると、パパとママが待っていた。


……あれ?

もう知ってる?


「ティア!」

ママが駆け寄り、私をぎゅっと抱きしめた。

「怪我はない? どこも痛くない?」

「う、うん! 大丈夫だよ、ママ!」

「よかった……!」

ママの声が震えている。


……ああ。

また心配させちゃった。


「ティア、リオン。こちらへおいで」

パパの声は、いつもより少し低かった。


……ひえっ。

これは本格的に怒られる予感!


私はリオンと顔を見合わせ、そろそろとパパの前に進んだ。

「街で何があったのか、報告は受けている」


……ですよね!


「ティア。女の子を助けたことは立派だったと思う」


えっ?


「だけど、自分が危険な目に遭っていい理由にはならない。分かるね?」

「……はい」

「リオンも、よく姉を守ったね。だが、魔法を使うときは周囲にも気を配らなければならない」

「はい、お父様」

パパは私たちを見つめ、大きく息をついた。

「二人とも無事で、本当によかった」

そう言って、私とリオンを抱き寄せた。


……あ。

パパも、怖かったんだ。

私たちが怪我をしたかもしれないって。

そう思ったら、胸の奥がじんわり熱くなった。


「……ごめんなさい、パパ」

「うん。次からは、もっと自分を大切にしておくれ」

「はい……」


しばらくして、パパが何かを考えるように口を開いた。

「今回の件で、ひとつ決めたことがある」


……ん?

何だろう。


「ティア。しばらくの間、お前には専属の護衛をつけることにする」


「……へ?」


専属の、護衛?


「今日のようなことが、また起きないとも限らないからね」

そ、それは分かるけど……。

「護衛って、ずっと私のそばにいるの?」

「ひとまず一か月ほどの予定だよ。信頼できる騎士に頼むつもりだ」


騎士……。

その言葉に、私は首をかしげた。


……あれ?

なんだか、嫌な予感がする。

いやいや、まさかね!

この世界に騎士なんて、いっぱいいるんだから!


そう自分に言い聞かせていると、パパが続けた。

「王国騎士団に、腕の立つ若い騎士がいるんだ」


……ん?


「近いうちに紹介するよ」


……待って。

若い騎士?

腕が立つ?

王国騎士団?

頭の中で、何かが引っかかった。


……いやいやいや!

そんな偶然、あるわけないよね!?


私はまだ知らなかった。

この出来事が、また一人。

私の平穏な生活を脅かす人物との出会いにつながることを――。

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