ありがとうを届けたくて
王太子殿下のお茶会から、数日が経った。
あの日はいろいろあったけれど、リオンもすっかり元気だ。
今日も朝から、私の部屋で楽しそうにおしゃべりしている。
そんなリオンを眺めながら、私はふと思いついた。
「ねえ、リオン。今度、一緒に街へ行かない?」
「街、ですか?」
「うん! お買い物がしたいの!」
リオンが不思議そうに首をかしげる。
「何か欲しいものがあるのですか?」
「私のじゃないの。いつもお世話になっているみんなに、プレゼントを買いたいなって」
そう。前から考えていたのだ。
このお屋敷には、私たちのために毎日働いてくれている人たちがたくさんいる。
おいしいご飯を作ってくれる料理人さん。
いつもお庭をきれいにしてくれる庭師さん。
それに、メイドさんや執事さんたち。
みんなのおかげで、私たちは毎日気持ちよく暮らせている。
もちろん、仕事だからと言われればそれまでだけど……。
感謝の気持ちを伝えちゃいけない理由なんて、ないものね!
「素敵ですね、姉様」
リオンがにっこり笑った。
「僕も一緒に選びたいです」
「本当? じゃあ決まりね!」
よーし!
そうと決まれば、さっそく準備しなくちゃ!
「ミアー!」
私が呼ぶと、ちょうど扉をノックする音がした。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「ミア! 私たち、街へお買い物に行きたいの!」
ミアは一瞬だけ目を丸くした。
「街へ、ですか?」
「うん! みんなへのプレゼントを選びたいの。ミアも一緒に来てくれる?」
「もちろんでございます。ただし、旦那様と奥様の許可をいただいてからですよ」
「はーい!」
……そうだった。
まずはパパとママにお願いしなくちゃね。
* * *
「街へ行きたい?」
パパは書類から顔を上げ、私とリオンを見た。
「うん! いつもお世話になってるみんなに、プレゼントを買いたいの」
「僕も姉様と一緒に選びたいです」
パパは少し驚いたあと、優しく微笑んだ。
「そうか。二人とも、いいことを考えたね」
やった!
これはいける!
「ただし、ミアだけではなく、護衛もつけること。それが条件だ」
「もちろん!」
護衛さんが一緒なら安心だもの。
ここは素直に従います!
隣にいたママも、嬉しそうに微笑んでいる。
「ふふ。ティアもリオンも、優しい子ね」
「えへへ」
「でも、二人とも。自分たちの分のお菓子も買ってきていいのよ?」
「ママ!」
さすがママ!
分かってるぅ!
「……姉様、お菓子が一番の目的になっていませんか?」
「そ、そんなことないよ!?」
リオンがくすくす笑う。
……あれ?
最近、リオンって私のことをからかうようになってない?
まあ、いっか。
それだけ仲良くなれたってことだよね!
* * *
そして、お出かけ当日。
馬車の窓から見える街並みに、私は思わず身を乗り出した。
「わあ……! リオン、見て! お店がいっぱい!」
「姉様、あまり乗り出すと危ないですよ」
「はーい!」
……むむ。
弟に注意されてしまった。
向かいに座るミアが、くすりと笑う。
「お嬢様、街へ着いてからゆっくりご覧になれますよ」
「そうだよね!」
窓の外には、色とりどりの看板。
通りには買い物客が行き交い、焼きたてのパンのいい香りが漂ってくる。
うーん!
街って、見ているだけで楽しい!
馬車を降りると、護衛の騎士が私たちの少し後ろについた。
「それじゃあ、まずは何を買おうか?」
「料理人の皆さんへの贈り物はいかがでしょう?」
ミアが提案する。
「いいね! でも、お料理に使う道具って、私にはよく分からないなぁ」
リオンが少し考えてから口を開いた。
「姉様。皆さんが休憩のときに楽しめるものはどうでしょう?」
「休憩のとき?」
「はい。お茶やお菓子などです」
……なるほど!
「リオン、天才!」
「そ、そんなことは……!」
照れたリオンの頭を、私はよしよしとなでた。
まずはお茶の専門店へ。
香りのよい茶葉をいくつか選んで、かわいい缶に詰めてもらう。
次は雑貨屋さん。
庭師さんには、仕事のあとに使えそうな柔らかな手拭い。
執事さんたちには、上品な刺繍の入ったハンカチ。
メイドさんたちには、何がいいかな?
「ミアは、どんなものをもらったら嬉しい?」
「私でございますか?」
「うん! 参考にしたいの」
ミアは少し考えてから答えた。
「お嬢様がお選びくださったものなら、何でも嬉しゅうございます」
「もー! それじゃ参考にならないよ!」
ミアが楽しそうに笑う。
……ふふっ。
でもね、ミア。
あなたへのプレゼントは、もう用意してあるんだよ。
小さな箱に入れて、私の部屋の引き出しに大切にしまってある。
渡すのは、帰ってから。
喜んでくれるといいなぁ。
「姉様?」
「な、何でもないよ!」
危ない危ない。
顔に出ちゃってたかな?
「ミアには内緒のお話ですか?」
リオンが小声で尋ねてきた。
「しーっ!」
すると、ミアがにっこり微笑んだ。
「お二人とも、私には聞こえておりますよ」
「ええっ!?」
……ミアの耳、どうなってるの!?
リオンが笑い出し、私もつられて笑ってしまった。
* * *
ひと通り買い物を終えるころには、荷物がずいぶん増えていた。
護衛さんが荷物を馬車まで運んでくれるというので、私たちは近くのお菓子屋さんで待つことにした。
「姉様、あれを見てください」
リオンが指さした先には、果物をたっぷり使った焼き菓子が並んでいる。
「おいしそう……!」
いちごに、りんごに、はちみつ。
どれもこれも、きらきら輝いて見える。
……全部食べたい。
「お嬢様。お一つずつにしてくださいね」
「ええー!?」
ミア、まだ何も言ってないのに!
「姉様、僕の分を半分差し上げますよ」
「リオン……!」
なんて優しい弟なの!
お姉ちゃん、感動しちゃう!
……でも、さすがに弟のお菓子まで取るわけにはいかない。
「ありがとう。でも、リオンの分はリオンが食べてね」
「ふふ。では、違う種類を選んで、半分ずつにしませんか?」
「それ!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
ああ、幸せ。
こうしてリオンと街を歩いて、一緒にお菓子を選んで。
何でもない時間が、こんなに楽しいなんて。
前の私だったら、きっと気づかなかった。
だからこそ、これからは大切にしたい。
リオンと過ごす時間も。
パパやママと過ごす時間も。
ミアや、屋敷のみんなと過ごす毎日も。
「姉様?」
「ん? なあに?」
「今日は誘ってくださって、ありがとうございます」
リオンが嬉しそうに微笑んだ。
「僕、とても楽しいです」
……もう!
そんなこと言われたら、また抱きしめたくなっちゃう!
「私もだよ、リオン!」
そう言って笑いかけた、そのときだった。
「――やめろ!」
通りの向こうから、鋭い声が響いた。
「……え?」
思わず振り向く。
少し離れた場所に、人だかりができていた。
「何かあったのでしょうか」
ミアが眉をひそめる。
人々のざわめきが、少しずつ大きくなっていく。
私はリオンの手を握った。
……何だろう?
胸の奥に、小さな不安が広がる。
そして、もう一度。
「誰か、止めてくれ!」
切羽詰まった声が、通りに響き渡った。




