王太子のお茶会
「ティア。そろそろ、断れない状況になってきた」
ある日の午後。家族そろってお茶を楽しんでいると、パパが困ったような顔でそう言った。
……嫌な予感がする。
「何が?」
「王太子殿下のお茶会だよ」
「やだ! 行かない!」
即答した。
だって、王太子ユリウス・エル・オルセイン。乙女ゲームの攻略対象の一人だよ!?
できれば一生、関わりたくない相手なんですけど!
「ティア。まだ話が終わっていないよ」
「聞かなくても分かるもん!」
「今までは先約があるということで、丁重にお断りしていたんだけどね」
パパがため息をつく。
「今回は殿下が直々に招待してくださったんだ」
……え。
「それって、断ったらまずいやつ?」
「そういうことだね」
うわぁぁぁ。どうしてそんなことに!
今回のお茶会は、若い貴族たちの交流を目的としたものらしい。でも、実際には王太子殿下の婚約者候補を見定める意味もあるのだとか。
そんなところに、どうして私が行かなきゃいけないの!?
「もう、いっそのことノアくんと婚約させてしまうのもいいかもしれないわねぇ」
隣でお茶を飲んでいたママが、のんびりと言った。
「ママ!? ノアとはそんな関係じゃないでしょ!」
「そうかしら? とっても仲良しじゃない」
「仲良しだけど!」
そういう話じゃないの!
「だって、ティアが王太子殿下のお妃になって、王宮へ行ってしまうなんて……ママ、寂しいわ」
ママが悲しそうに眉を下げる。
「私だって、ティアを王家に嫁がせるつもりはないよ」
パパもうなずいた。
「でもね、ティア。お茶会に出席することと、婚約することは別の話だからね」
「……分かってるけど」
分かってる。分かってるんだけど!
攻略対象には、できるだけ近づきたくないんだってば!
……ん?
「ねえ、パパ。その招待状って、私だけ?」
「いや。アストレイア侯爵家宛てだよ」
「じゃあ、リオンも?」
「もちろんだよ」
私は隣に座るリオンを見た。
「リオン! 一緒に来てくれる?」
「もちろんです、姉様」
にっこり笑って答えてくれる。
ああ、なんて頼もしい弟なの!
「じゃあ、行く!」
「……ずいぶん早く決まったね」
パパが苦笑する。
「でも、挨拶だけしてすぐ帰るからね!」
「ティア……」
「王太子殿下に嫌われたら、もう招待されなくなるかな?」
「ティア!」
「冗談だよ!」
パパの顔を見て、慌てて付け加える。
「……半分くらいは」
「ティア……」
パパが額を押さえた。
……あ、そうだ。
「ねえ、パパ。ノアも招待されてるかな?」
「ノアかい? 殿下とは従兄弟同士だし、おそらく出席するだろうね」
「ほんと!?」
思わず顔がほころぶ。
「じゃあ、ノアとリオンと三人でいればいいね!」
よかったぁ!
知らない人ばかりのお茶会なんて嫌だけど、ノアとリオンが一緒なら心強い。これなら何とか乗り切れそう!
「……あなた」
「……ああ」
なぜかパパとママが顔を見合わせた。
「やっぱり、ノアくんとの婚約も考えてみましょうか」
「ママ!?」
もう! どうしてそうなるの!?
* * *
王宮の庭園には、色とりどりの花が咲き誇っていた。白いクロスのかかったテーブルには、見た目にも美しいお菓子や軽食が並べられている。
招待された貴族たちは、庭園のあちこちで楽しそうに談笑していた。
……なるほど。王宮のお茶会って、こういう感じなのね。
「……あのお菓子、おいしそう」
「姉様。あまり見つめていると、食べたいのがばれてしまいますよ」
隣のリオンが小さく笑う。
「だって、うちのお菓子とは少し違うんだもん」
「まだ食べていないのに、分かるんですか?」
「見た目が違うの!」
うちのお菓子も大好きだけど、王宮のお菓子には王宮のお菓子の魅力があるはず。これはぜひ、食べ比べてみたい。
……って、違う違う!
今日はお菓子を食べに来たんじゃなかった!
まずは王太子殿下に挨拶して、それから――。
「あ!」
見つけた!
少し離れたところに、見慣れた黒髪の少年がいる。ノアだ!
ただし、周りには何人もの令嬢たち。
……あらら。さすが公爵令息。大人気ね。
「ノアー!」
私は迷わず声をかけた。
ノアがこちらを振り向く。そして、私たちの姿を見つけると、ふっと笑った。
周りの令嬢たちに丁寧に一礼してから、こちらへ歩いてくる。
「ティア。リオンも」
「ノア! 会えてよかった!」
「本当に来たんだな」
「来たくなかったけどね!」
「……だろうな」
ノアが小さく笑う。
「ノア兄様、こんにちは」
「こんにちは、リオン」
よし! これで三人そろった!
「ねえ、ノア。王太子殿下って、もういらっしゃる?」
「ああ。あちらに」
「じゃあ、先にご挨拶しよう!」
早く済ませてしまいたい。できれば、そのあとは目立たずに過ごしたい。
……そして、お菓子を食べたい。
私たちは三人で王太子殿下のもとへ向かった。
* * *
「ユリウス殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
ノアがいつもより改まった口調で挨拶する。私とリオンも、それにならって礼をした。
「アストレイア侯爵家の長女、セレティア・アストレイアでございます」
「同じく、リオン・アストレイアでございます」
目の前に立つのは、金色の髪に緑の瞳を持つ美しい少年。ユリウス・エル・オルセイン王太子殿下。
……うん。やっぱり攻略対象だ。ものすごく顔がいい。
「よく来てくれた」
殿下は穏やかに微笑んだ。その笑顔は、周囲の令嬢たちが見惚れるのも納得できるほど整っている。
「セレティア嬢」
「はい」
「今日は楽しんでいってくれ」
「ありがとうございます」
にっこり。侯爵令嬢らしい笑顔で答える。
よし。挨拶終了!
これで本日の重要任務は達成したわ!
「それでは、失礼いたします」
私はもう一度礼をして、その場を離れた。
背後から、
「……ふっ」
と、小さな笑い声が聞こえた気がしたけれど。
……気のせいよね?
* * *
「ねえ、ノア! あのお菓子見た?」
「……どれ?」
「白いクリームがのってるやつ!」
「たくさんあるけど」
「その中でも、いちばん可愛いやつ!」
「分からないって」
ノアが呆れたように笑う。
私はリオンのほうを向いた。
「リオン、ちょっと取ってくるね!」
「僕も一緒に行きましょうか?」
「大丈夫! すぐそこだから!」
お菓子の並んだテーブルは、すぐ近く。私は二人を残して、そちらへ向かった。
さて。どれにしようかな!
* * *
――リオン視点。
姉様がお菓子の並ぶテーブルへ向かうと、僕はノア兄様と並んで、その背中を見送った。
「姉様、本当にお菓子が好きですね」
「そうだな」
ノア兄様が小さく笑った、そのとき。
「ヴォルフィード公爵令息。少しよろしいでしょうか?」
振り向くと、年上の貴族の少年が立っていた。
「父から、ぜひ一度ご挨拶をと申しつかっておりまして」
「……分かりました」
ノア兄様は、少し離れたお菓子のテーブルへ目を向けた。姉様はまだ、楽しそうにお菓子を選んでいる。
「リオン。少しだけ席を外す。ティアはあそこにいるから」
「はい、ノア兄様」
「すぐ戻るから」
そう言って、ノア兄様は少年と一緒に歩いていった。
僕はその場で、二人が戻ってくるのを待つことにした。
すると――。
「あなた、アストレイア侯爵家の養子でしょう?」
突然、声をかけられた。
振り向くと、数人の少年少女が立っていた。中心にいるのは、華やかなドレスを着た令嬢だ。
「……はい」
僕が答えると、令嬢はくすりと笑った。
「魔法の才能があるから、侯爵家に引き取られたんですって?」
「……そうです」
「でも、セレティア様には嫌われているのでしょう?」
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
以前の姉様が、僕を嫌っていたこと。それは、確かに事実だ。
でも、今は違う。
「魔法の才能があるからって、侯爵家を継げると思っているの?」
隣にいた少年が、馬鹿にしたように笑った。
「血もつながっていないのにな」
僕は唇を結んだ。
自分のことを何と言われても、我慢できる。
だけど。
「……姉様は、今は違います」
「え?」
「姉様は、とても優しい方です」
令嬢が眉を上げた。
「まあ。ずいぶんお姉様を慕っているのね」
「……僕のことは、何を言われても構いません」
僕はまっすぐ相手を見た。
「姉様のことを、悪く言わないでください」
「まあ。拾われた子が、ずいぶん偉そうに」
令嬢が冷たく笑う。
「あなた、自分の立場が分かっているの?」




