幽霊なんて、怖くありません!②
「さっそく、聞き込みスタートよ!」
私は勢いよく廊下へ出た。
「ミアが帰ってくる前に行かなきゃ!」
「はぁ……」
後ろから、リオンのため息が聞こえる。
ノアは何も言わない。
振り返ってみると、まだ少し納得していないような顔をしていた。
まあ、いいわ。
ついてきてるんだから、ノア隊員も調査に参加ということで!
まずは、朝のメイドたちを探さないと。
廊下を進んでいると、ちょうど向こうから一人のメイドが歩いてきた。
「ねえ、あなた」
「はい?」
呼び止めると、メイドが足を止めて頭を下げた。
「どうされましたか、お嬢様?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
私は声を潜める。
「西棟の幽霊の話、聞いたことある?」
「西棟!」
メイドの顔がぱっと変わった。
「私は見たわけではありませんが、話には聞きました!」
やっぱり!
「どんな話?」
「女の人が泣いているみたいな声を聞いたって……」
「啜り泣くような声?」
「そうです! 夜になると、うぅぅ……って」
「うぅぅ……」
想像してしまった。
……ちょっと怖い。
いやいや。まだ幽霊と決まったわけじゃないし!
そこへ、別のメイドが通りかかった。
「何のお話ですか?」
「西棟の幽霊よ」
「ああ!」
そのメイドも知っているらしい。
「私は男の人だったって聞きましたよ?」
「え?」
男?
「でも、朝は髪の長い女性って――」
「追いかけてきたって話も聞きました!」
さらに別の声が加わった。
「追いかけてくるの!?」
「私が聞いた話では――」
「うそー!」
気づけば、いつの間にか私まで噂話に混ざっていた。
女性。男性。啜り泣く声。追いかけてくる幽霊。
……。
…………。
「待て」
それまで黙っていたノアが口を挟んだ。
「話がまとまらない」
「……たしかに」
「姉様まで一緒になって騒いでどうするんですか」
リオンにまで注意された。
だって、追いかけてくるって言うから!
ノアは小さく息を吐くと、メイドたちを見る。
「実際に姿を見た人はいるのか?」
「え?」
メイドたちが顔を見合わせる。
「私は……見ていません」
「私もです」
「私も、人から聞いただけで……」
「じゃあ、声を直接聞いた者は?」
「あ、それならいます!」
一人のメイドが手を上げた。
「一昨日、夜に西棟へ行った子が、確かに聞いたって言っていました」
「どこで?」
「三階です。一番奥の部屋の近くだったって」
ノアが少し考える。
「時間は?」
「夜だったとしか……」
「そのとき、何か見たとは?」
「いえ。怖くなって、すぐに逃げたそうです」
「なるほど」
ノアが頷いた。
……なんか。
ノアのほうが調査員っぽくない?
隊長、私なんだけど。
しばらくして、聞き込みを終えた私たちは廊下の端に集まった。
ノアが順番に整理していく。
「場所は西棟の三階。一番奥の部屋付近」
「うん」
「女が泣いているような声を聞いたという者はいる」
「うんうん」
「女性だったという話もあれば、男性だったという話もある。追いかけてきたという噂まである」
「うん」
「でも、実際に姿を見た者はいない」
「……うん」
「一番最近、声を聞いたという話が出たのは一昨日の夜」
「…………うん」
夜。西棟。誰もいない廊下。
一番奥の部屋。
そこから聞こえてくる、女の人の啜り泣くような声。
…………。
ぞわっ。
「……つまり」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「本当に、幽霊ってこと……?」
そう口にした瞬間、頭の中に髪の長い女の人が浮かんだ。
暗い廊下の奥。俯いたまま。
うぅぅ……って泣きながら、こっちへ――。
「きゃー! ノアー!」
「うわっ」
気づけば、私はノアの腕にしがみついていた。
「姉様!?」
「な、なに!?」
「いや……」
ノアが私を見る。
「幽霊かもしれないと思っただけだ」
「そーなの?」
「そんなもの、本当にいるわけないだろ」
「ほんとに?」
「当たり前だ」
「よかったー……」
ほっとして、息を吐く。
やっぱりそうよね。
幽霊なんているわけ――。
「姉様」
「なに?」
リオンがじーっと私を見ていた。
「怖いんじゃないですか?」
「まさかー!!」
「今、ノア兄様に抱きついていましたけど」
「これはびっくりしただけ!」
「……そうですか」
「なに、その顔!」
もう!
弟のくせに、お姉ちゃんを疑うなんて!
私はノアの腕から離れると、こほんと咳払いした。
「とにかく!」
分かったことはある。
噂のほとんどは、誰かから聞いた話。
でも、声を聞いた人は本当にいる。
それなら――。
「このままにもしておけないし、夜に現場を見に行くしかないわね」
「姉様!」
リオンがすぐに声を上げた。
「駄目です!」
「どうしてよー!」
「危険だからです! もし幽霊じゃなくて、泥棒だったらどうするんですか!」
「大丈夫よ!」
「何が大丈夫なんですか!」
「だって、リオンもノアもいるでしょ?」
「僕たちも行くんですか!?」
「もちろん!」
「待て」
ノアが口を挟む。
「俺たちはまだ行くとは言ってない」
「え?」
「え、じゃない」
ノアが呆れたようにため息をついた。
「話を聞いたんだから、あとは屋敷の者に任せればいいだろ」
「でも……」
「ティア」
「このままにしておけないもの」
私は二人を見る。
「本当に幽霊なら……ちょっと、いや、かなり怖いけど」
「やっぱり怖いんじゃないですか」
「今はそこじゃないの!」
リオンをぴしゃりと止める。
「でも、幽霊じゃなかったら?」
「……」
「泥棒とか、誰かが勝手に入り込んでるとか。そういうことだったら、もっと危ないでしょ?」
メイドさんたちは怖がっていた。
あのまま、怖い思いをしながら仕事をするなんて嫌だと思う。
「だから、ちゃんと確かめたいの」
「それでも駄目です」
リオンは譲らない。
ノアも同じだった。
「リオンの言う通りだ」
「むぅ……」
二人とも頑固なんだから。
……でも、心配してくれているのも分かる。
私は少し考えた。
「じゃあ」
「?」
「今夜、声がするかどうかだけ確かめる」
「姉様」
「部屋には入らない。危ないと思ったらすぐに戻る。それから、二人からも離れない」
私は二人の顔を交互に見る。
「それでも駄目?」
「…………」
リオンが困ったように眉を下げる。
ノアもしばらく黙っていた。
「それに――」
私は二人に笑いかけた。
「二人が一緒なら、大丈夫でしょ?」
「……」
「……」
なぜか二人とも黙った。
「ね?」
やがて、ノアが深いため息をついた。
「……絶対に、勝手な行動はするな」
「じゃあ!」
「まだ行くとは言ってない」
「言ったようなものじゃない!」
「ティア……」
ノアが頭を押さえる。
「ノア兄様……」
リオンまで諦めたような顔をしていた。
「一つでも約束を破ったら、すぐに戻る。それが条件だ」
ノアが念を押す。
「分かった!」
「……本当に分かっているのか?」
「もちろん!」
ふふん。勝った。
「じゃあ決まりね!」
私は拳を握った。
今夜。
西棟三階、一番奥の部屋付近。
そこで――幽霊の正体を確かめる。
……。
…………。
やっぱり、ちょっとだけ怖いかも。




