幽霊なんて、怖くありません!①
いつものように家族みんなで朝食を終え、私たちは勉強部屋へ向かっていた。
今日も午前中は座学だ。
私とリオン、それからノアの三人で廊下を歩いていると――。
「やっぱり出たんだって」
少し先から、そんな声が聞こえてきた。
「西棟の、髪の長い女性の話でしょ?」
「そうそう! 私も、実際に声を聞いた子から聞いたの」
「啜り泣くような声で、廊下を歩いてるんでしょ?」
「怖すぎるよー!」
廊下の隅で、数人のメイドたちが話している。
西棟?
髪の長い女性?
啜り泣く声?
「…………」
思わず足を止めた。
隣を見ると、リオンも同じようにメイドたちを見ている。
ノアだけが、何の話だと言いたげに眉を寄せていた。
そのとき。
「あなたたち」
静かな声が響いた。
「「っ!」」
メイドたちがびくっと肩を揺らす。
ミアだ。
「ミ、ミアさん!」
「お嬢様、リオン様、ノア様の前ですよ」
「あ……!」
メイドたちが慌ててこちらを振り返った。
「失礼いたしました!」
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫よ」
私は笑って手を振った。
「お仕事、頑張ってねー」
「はい!」
メイドたちは頭を下げると、そそくさとその場を離れていった。
その背中を見送り、私は何事もなかったように歩き出す。
「さ、行こっか」
「…………」
「リオン?」
「いえ」
リオンがじっと私を見る。
なによ。
「姉様」
「なに?」
「……何でもありません」
なんなのよ。変なリオン。
「今のは何の話だ?」
ノアが聞いてくる。
「さあ? 噂話じゃない?」
「気にならないのか?」
「ぜーんぜん」
「……そうか」
ノアはそれ以上聞いてこなかった。
「…………」
リオンはまだ私を見ている。
そしてミアも――。
にこり。
……なんで笑ってるの?
私は何もしてないよ?
まだ。
* * *
午前中の授業は、いつも通りだった。
ちなみにミアには、授業が始まる前にちょっとしたお使いをお願いしてある。
前から欲しかった本があるから、街の書店で探してきてほしいって。
もちろん、本当に欲しかった本だよ?
……今日じゃなくてもよかったけど。
先生の話を聞いて、分からないところをノアに聞いて、リオンが先に答えて私が悔しがって。
休憩時間には三人でくだらない話をして笑った。
そして授業が終わり、先生が部屋を出ていく。
私は時計を確認した。
ミアが屋敷へ戻ってくるまでには、まだ時間があるはず。
よし。
私は二人に向き直った。
「でっ!」
「……」
リオンがため息をついた。
まだ何も言ってないんだけど。
ノアは不思議そうに私を見る。
「私は、正体を確かめに行こうと思うのだけど!」
「はぁ……」
今度は、はっきりため息をつかれた。
「なによ、リオン!」
「そんなことだろうと思いました」
「えっ」
「朝からずっと怪しかったです」
「怪しくないわよ!」
「怪しかったです」
リオンはきっぱりと言うと、ノアを見た。
「ノア兄様も言ってください。危ない真似はしないでくれと」
「そうだな」
ノアまで頷いた。
「ティア、やめろ」
「どーしてよー!」
「気になるなら、家の者に調べるよう指示すればいい」
ノアは当然のように言う。
「ティアが自分で調査する意味があるのか?」
「あるわよ!」
「君は侯爵家令嬢だ」
「それが?」
「君が勝手に危険な場所へ行って、何かあったらどうする。そのとき責任を問われるのは、君だけじゃない」
「……うっ」
「それに――」
ノアが少しだけ眉を寄せた。
「君が怪我でもすれば、大勢の者が悲しむ」
「その通りです!」
リオンが勢いよく頷いた。
うっ。
二人がかりで正論を……。
でも。
「じゃあ、怖がってるメイドさんたちはどうするの?」
「え?」
「みんな、不安そうだったじゃない」
朝のメイドたちを思い出す。
ただの噂かもしれない。でも、本当に何かいるのかもしれない。
「私だって、この家の一員だもん。みんなが怖がってるのに、何もしないでいるのは嫌なの」
「ティア……」
ノアが少しだけ目を見開いた。
「だから、ちゃんと調べたいの!」
「だからといって、君が自分で行く必要は――」
「なるほどなるほど」
「……ティア?」
「私が指揮をとる、と」
「違う」
「うんうん。理解したわ」
「理解してないだろ」
「よしっ!」
私は勢いよく立ち上がった。
そして、二人を順番に指差す。
「リオン隊員!」
「嫌な予感しかしません」
「ノア隊員!」
「俺もなのか?」
「今から現地調査をします!」
「姉様……」
「まずは聞き込みよ!」
朝のメイドたち。それに、実際に声を聞いた人がいるらしい。
なら、話を聞かないことには始まらない。
「さあ、行くわよ!」
私は扉へ向かって歩き出す。
そして振り返った。
「二人とも、ついてきてね♥」
「……」
「……」
リオンが深いため息をつく。
ノアは呆れたように額に手を当てた。
「……ティア」
「なに?」
「君一人で行かせるわけにはいかないだろ」
「じゃあ、一緒に来てくれるの?」
「放っておいたら、何をするか分からないからな」
「やったー!」
ふふん。これで調査隊、結成ね!
リオンはまだ何か言いたそうだったけれど、結局、私たちの後ろについてきた。
今のうちよ。
ミアが帰ってくる前に――。
幽霊の正体、絶対に突き止めてやるんだから!




