弟だからって、油断してました!②
リオンが代金を払うと、店主はリボンを私へ差し出した。
「結んでいかれますか?」
私は店内の鏡へ目を向ける。
今日は髪の一部を後ろでまとめている。そこへ結んだら、きっと可愛い。
「お願いしても――」
「僕が結んでも?」
隣から声がして、振り向いた。リオンが、買ったばかりのリボンへ手を添えている。
「できるの?」
「結ぶだけでしたら。……嫌ですか?」
「嫌じゃないけど」
少し驚いただけだ。
私は鏡の前へ座り、まとめた髪を背中へ払った。
「じゃあ、お願いします」
「はい」
鏡の中で、リオンが笑う。髪へ指先が触れた。
……あ。
自分でお願いしたのに。人に髪を触ってもらうのは、少しくすぐったい。
リオンはまとめた髪の根元へリボンを通し、丁寧に結んでいく。鏡に映る顔は、思っていたより真剣だった。
「引っ張っていませんか?」
「うん。大丈夫」
返すと、視線だけが鏡の中で重なる。
「もう少し、そのままで」
柔らかな声に、私は頷いた。
何だか、さっきから私の方が落ち着かないんですけど。
「お優しい恋人ですね」
隣で見守っていた店主が、微笑ましそうに言った。
……え。
恋人?
鏡越しにリオンを見る。弟も、私を見た。その口元が、ほんの少し緩む。
……今の、聞こえていたよね?
「いえ、私たちは――」
「できました」
リオンの声に、言葉が止まった。
店主が小さな鏡を持ってきてくれる。後ろ姿を確かめると、左右の長さも綺麗に揃っていた。
少し顔を動かす。結び目の下で、淡い紫色が揺れた。
「可愛い!」
思わず声が弾んだ。
「リオン、上手だね!」
鏡越しに伝えると、リオンがリボンの端をそっと整えた。それから、その下へ流れる髪を一房すくう。
……まだ、何か直すところがあるのかな。
そう思って、鏡を見ていた。
持ち上げられた毛先が、彼の唇へそっと触れる。
「似合ってるよ、ティア」
息が止まった。
鏡の中で、目が合う。
リオンは私の髪へ唇を寄せたまま、柔らかく微笑んでいた。
……ティアって呼んでいいとは、言ったよ。
言いましたけど!
あれから、呼ぶ機会は何度もあったでしょう!?
どうして今。
私の髪に、唇を寄せながらなんですか――!
「まあ……!」
店主が胸元へ手を当て、机の縁へそっと手を添えた。
「……お似合いですわ。本当に」
……店主さんまで、そんなに驚かないでください!
私まで、ますます落ち着かなくなるでしょう!
鏡から目を逸らしたい。けれど、リオンと目が合ったまま、動くきっかけが見つからなかった。
やがてリオンが、そっと髪を下ろす。
指先が離れてからも、頬の熱は引いてくれない。
「恋人の瞳と同じ色をお選びになるなんて、素敵ですね」
店主の言葉に、私はリボンへ目を向けた。
淡い紫色。
それから、鏡に映るリオンの瞳へ。
……待って。
そういうふうにも見えるの!?
選んだときは、お花と布の色しか見ていなかった。でも、こうして並んでいると、確かに。
「ち、違うんです。リオンは――」
ようやく振り向くと、弟は私を見て、楽しそうに目を細めた。
「弟です。……ね、姉様?」
「まあ、ご姉弟でしたの?」
店主が目を丸くする。私は何度も頷いた。
「はい。自慢の弟なんです。今日は、贈り物までしてくれて」
隣で、リオンが静かになった。
店主は私たちを見比べ、それから少し頬を赤くする。
「そうでしたか。仲がおよろしいので、てっきり。失礼いたしました」
「いえ!」
そんなに謝られたら、こちらまで恥ずかしくなってしまう。
似ていないものね、私たち。それに、今はリオンの方が背も高い。
でも、恋人に見えたなんて。
椅子から立ち上がり、そっと弟の袖を引いた。
「……わざとでしょう?」
小声で尋ねると、リオンが少し身を屈めた。
「何がですか?」
「さっきの呼び方。それに、髪……」
最後まで言えなくて、口を閉じる。リオンは私を見ていた。
「ティアって呼んでもいいと、言ってくださったでしょう?」
……言ったよ。
でも、今は許可をしたかどうかのお話ではありません!
じっと見上げると、弟は小さく笑った。
「似合っていると思ったのは、本当ですよ」
近くで言われ、私はまた髪のリボンを意識した。
……もう。
今日は、弟にからかわれてばかりです。
* * *
店を出てからも、私は何度か髪へ手を伸ばしかけた。
触って、ほどけてしまったら困る。でも、ちゃんと結ばれているか確かめたい。
そのたびに、隣で小さな笑い声がした。
「取れていませんよ」
「わかってる。でも、気になっちゃって」
リオンが足を止め、私へ顔を向ける。私も隣で立ち止まった。
「そんなに気に入っていただけました?」
「うん。とても」
今度は、迷わず答えた。
「リオンが一緒に選んで、結んでくれたんだもの。大事にするね」
紫色の目が、わずかに見開かれる。私は続けた。
「今日のお出かけのことも、見るたび思い出せそう」
リオンが黙った。それから、少しだけ顔を伏せる。
……あれ。
「リオン?」
呼ぶと、弟は私の手を取った。指先を包む手が、温かい。
「では、今日をもっと楽しい日にしないといけませんね」
「もう、十分楽しいよ?」
「僕は、まだ姉様と行きたいところがあります」
顔を上げたリオンが笑う。
今度は、いつもの。少し甘えるような笑顔だった。
「もう少し、僕に付き合ってください」
「もちろん!」
手を繋いだまま、歩き出す。
隣へ目を向けると、リオンは前を見ていた。その横顔を、私は少しだけ長く見てしまう。
いつもは、笑って甘えてくると可愛いと思う。でも今日は、その笑顔に戻るたび、かえって戸惑ってしまう。
引き寄せられたときの腕の力も。
すぐそばから見上げた顔も、覚えているから。
鏡越しに名前を呼ばれたときだって。
……リオンって、こんなに格好よかった?
そこまで考えて、慌てて前を向いた。
リオンだよ?
いつも一緒にいる、弟でしょう?
わかっているのに、繋いだ手の大きさまで気になってしまう。
「姉様。次はこちらです」
手が軽く引かれた。
いつもの呼び方に、ほっとする。けれど、その声を聞いたら、さっきの「ティア」と呼んだことまで思い出してしまった。
髪で揺れるリボンに、風が触れる。
……今日は、いつもみたいに「可愛い」だけでは、済ませてくれないらしい。




