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『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
第2章 恋を知るには、近すぎます!

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弟のままでは、届かない

――リオン視点――


姉様は、まだ気づいていない。


髪へ手を伸ばしかけるたび、僕がその指先を見ていることも。

リボンがほどけていないと伝えながら、本当はもう一度、その髪へ触れたくなっていることも。

隣を歩く姉様が、店の窓へ目を向けた。


硝子に映る自分の後ろ姿を、少しだけ確かめている。


「気になりますか?」


尋ねると、姉様は慌ててこちらを見た。


「……結び目、綺麗だなって思って」

「ありがとうございます」

「何だか、自分で結ぶより綺麗かも」


嬉しそうに笑う。

その顔を見られただけで、贈ってよかったと思った。

けれど、それだけで満足できるなら。

店で、あんなことはしなかった。


* * *


店主に恋人だと言われたとき、すぐに訂正することはできた。


姉様と呼べば、それで済んだ。

いつものように、何も考えずに呼ぶだけで。


でも、呼ばなかった。


鏡越しに目が合った姉様は、驚いていた。

困ってもいた。


それでも、嫌そうな顔ではなかった。


だから、少しだけ欲が出た。


昔、呼んでもいいと言ってくれた名前。

僕は、その許可をずっと覚えていた。


「似合ってるよ、ティア」


髪へ唇を寄せて伝えると、姉様の頬が少しずつ赤くなった。


あんな顔をさせたのは、僕だった。

ノア兄様でも、殿下でもなく。

それが、どうしようもなく嬉しかった。


けれど。


――自慢の弟なんです。


あの言葉に、嘘はなかった。

本当に誇らしそうに、紹介してくれた。

嬉しくないわけがない。

昔の僕なら、何度でも思い返して喜んだだろう。

今だって、大切な言葉だ。


ただ。

弟だと知っていても、僕にどきどきしてくれたら。

そんなことまで、考えるようになってしまった。


* * *


「リオン?」


呼ばれ、顔を向ける。

姉様が、少し先の看板を指さしていた。


「あのお店?」

「はい。窓際から、通りを見下ろせるそうです」

「へえ! 楽しそう」


案内したのは、菓子を出す小さな店だった。

店内の階段を上がり、二階の窓際へ座る。

護衛は、階段に近い席で待ってくれている。


向かいの姉様が、窓の外を覗いた。


「さっき歩いたところが見える!」

「ええ」

「あっ、硝子の猫のお店も」


こちらを振り返って、笑う。


何かを見つけると、必ず教えてくれる。


僕が同じものを見るまで待って、それから嬉しそうに話し始める。


子どもの頃から、ずっとそうだ。

姉様の見ている世界に、僕の場所がある。

そのことに、何度も救われてきた。


「リオンは、何を頼む?」


差し出された品書きを受け取る。

姉様の指が、一つの菓子の名前のそばにあった。


「そちらが気になりますか?」

「うん。でも、こっちも美味しそうで」


二つを見比べる顔は、真剣だった。

僕は店員を呼び、それぞれ一つずつ頼んだ。


「あとで、少し分けていただけますか」

「もちろん! リオンのも、ひと口もらっていい?」

「はい」


姉様が、ほっとしたように品書きを閉じる。


「よかった。どちらも食べられるね」


そんなことで、こんなに喜ぶ。

もっと喜ばせたいと思ってしまうのも、仕方がないだろう。

菓子が運ばれてくると、姉様は目を輝かせた。

果物の載った小さな焼き菓子と、柔らかなクリームを挟んだもの。


皿を見比べてから、僕を見る。


「交換するの、忘れないでね」

「姉様こそ」


笑って答え、先にひと口分を切り分けた。

姉様の皿へ移すと、代わりに果物の載ったひとかけらがやってくる。


「はい。こっちも美味しいよ」


受け取って、口へ運ぶ。


甘かった。


けれど、向かいの姉様を見ていたら、味を確かめるのが少し遅れた。


僕の選んだリボンをつけて。

僕と一緒に選んだ菓子を食べている。


今日は、姉様の向かいに座っているのも、僕だ。


「……リオン?」

「はい」

「何か、ついてる?」


姉様が口元へ手を添える。

僕は首を振った。


「いいえ。楽しそうだなと思って」

「楽しいよ」


返事は、すぐだった。


「リオンと二人で、こんなふうにゆっくりするの、久しぶりだもの」


胸の奥が温かくなる。


でも、ここで頷くだけでは。

きっと、いつもと同じだ。


「僕も、楽しみにしていました」


姉様を見たまま、続けた。


「今日は、二人で過ごしたかったので」


姉様のフォークが止まった。


少しだけ、目が丸くなる。


「……うん。そのための約束だったものね」


頷きながら、カップへ手を伸ばす。

視線が、一度だけ僕から外れた。


僕は、その仕草を見ていた。

さっきまでなら、何も考えずに笑ってくれたはずだ。

今までとは、少し違う。

姉様にも、僕を意識してもらえただろうか。

食べ終えた皿が下げられ、姉様が窓の外へ目を向けた。

僕はカップを置き、尋ねる。


「一つ、聞いてもいいですか?」

「なあに?」


姉様が、こちらを見る。


「店で、恋人だと間違われたことですけど」


肩が、わずかに動いた。


「……うん」

「嫌でしたか?」


姉様はすぐには答えなかった。

膝の上へ目を落とす。

それから、少し困ったように眉を下げた。


「嫌というか、びっくりしたの。そんなふうに見えると思っていなかったから」


わかっていた答えだった。

姉様にとって、僕は弟だ。

だから、間違いだと伝えてくれた。


「……そうですか」


頷くと、姉様が顔を上げた。


「リオンは?」


僕は彼女を見た。


「僕ですか?」

「うん。間違われて、困らなかった?」


困ったのは、そのあとだ。


姉様が赤くなって。

自分が、それを喜んでしまって。

もう一度見たいと思ったから。

けれど、そのまま伝える代わりに、僕は微笑んだ。


「少し、嬉しかったです」


姉様が瞬きをする。


「嬉しかったの?」

「はい」


ここで、また冗談にしてしまえば簡単だった。


姉様と仲がよく見えたから。

大人に見てもらえたから。

どちらも、間違いではない。


でも、今日は。


「隣に並んで、お似合いだと思ってもらえたので」


姉様の唇が、少し開いた。

僕は返事を待った。

通りから聞こえる声。

食器の触れ合う音。


その中で、姉様だけが黙っている。

やがて彼女は、髪のリボンへ手を伸ばしかけた。

触れる前に止め、その手を膝へ戻す。


「……今日のリオン、ちょっとずるいね」


声が小さかった。

胸が、跳ねる。


「そうですか?」

「そうだよ」


姉様は僕を見た。

頬は、まだ少し赤い。


「そんなことを、真面目な顔で言うんだもの」


僕は笑いそうになって、こらえた。

今、笑ってしまったら。

また、からかわれたのだと思われる。


だから、姉様を見たまま頷いた。


「本当に、嬉しかったので」


今度こそ、姉様が目を逸らした。

その横顔を見て、思う。

今日は、これくらいにしておこう。

そう決めるのに、少しだけ時間がかかった。


* * *


帰りの馬車で、姉様は買ったリボンの話をしていた。

どの服に合わせようか。

ミアにも、結び方を見てもらいたい。

楽しそうに話すたび、僕も嬉しくなった。


「また、一緒に選んでね」


姉様が言う。

僕は頷いた。


「はい。何度でも」


次も。

その次も。


次は、姉様に贈るものだと知って、一緒に選んでほしい。


馬車が揺れ、姉様が窓の方へ顔を向ける。

髪で、淡い紫色が動いた。


姉様。


心の中で、いつものように呼ぶ。


その呼び方で振り向いてくれることが、ずっと嬉しかった。


今も、大切だ。

けれど、今日知ってしまった。


ティアと呼んだとき。

姉様は、僕を少し違う目で見てくれた。


あの顔を、もう一度見たい。


「姉様」と呼べば、きっといつもの笑顔が返ってくる。


でも、次に「ティア」と呼んだときは。


今日みたいに、少しだけ照れてほしい。


弟だとわかっていても。

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