弟だからって、油断してました!①
次の休みの朝。
玄関へ向かった私は、先に待っていたリオンを見つけて足を止めた。
白いシャツに、落ち着いた色の上着。学園の制服とも、家でくつろいでいるときとも違う姿だった。
……あれ。
うちの弟、こんなに背が高かった?
「姉様?」
呼ばれて、慌てて顔を上げる。
「ごめん。待たせちゃった?」
「いいえ。僕が早く来ただけです」
リオンは笑ってから、私を見た。
「その服、とてもお似合いです」
「ありがとう! リオンも格好いいね」
弟の口元が、ふっと緩む。
「では、今日は僕の隣を歩いてくださいね」
「もちろん。そのためのお出かけでしょう?」
答えると、リオンは一瞬だけ黙った。それから、私へ手を差し出す。
「ええ。今日は、僕との約束ですから」
……何だか、とても嬉しそう。
私まで楽しみになって、その手へ指先を重ねた。
* * *
馬車を降りた先には、小さな店が並ぶ通りがあった。
色鮮やかな布。磨かれた銀細工。窓辺に吊るされた、硝子の飾り。
休日らしく人は多いけれど、少し離れたところには、うちの護衛もついてきてくれている。
「今日は、何を見に行くの?」
「選んでいただきたいものがあるんです」
「私に?」
尋ねると、リオンが頷いた。
「贈り物を」
「そうなの? 私でよければ、もちろん!」
お世話になった先生だろうか。それとも、学園のお友達?
誰への贈り物か尋ねようとした、そのとき。
「わあ……!」
店先の棚へ目が留まった。
小さな硝子の猫が、何匹も並んでいる。丸くなったもの。背中を伸ばしたもの。前足で顔を洗っているものまでいた。
その中に、一匹。
「リオン、見て。ルゥに似てる!」
淡い灰色の体に、青みのある目。ちょこんと座った姿が、どこか得意そうだ。
「本当ですね」
「この顔、私の椅子を先に取ったときに似てる」
言うと、リオンが吹き出した。
「姉様が座ろうとしていた椅子を、先に取られたんですか?」
「うん。でも、あんな顔で見上げられたら、そのまま座らせてあげたくなるでしょう?」
猫へ顔を近づけたところで、背後から人の声が近づいた。
通りを譲ろうと半歩下がる。けれど、荷物を抱えた人がすぐそばを通ろうとしていた。
「姉様、こちらへ」
腰の横へ手が添えられ、そっと引き寄せられる。肩が、リオンの胸元へ触れた。
……わ。
腰を支える手は、思っていたよりしっかりしていた。私が足を止めると、リオンも動かず、人の流れから庇ってくれる。
「ぶつからなくてよかった」
「……うん。ありがとう」
顔を上げた。
すぐ上に、紫色の瞳がある。見慣れた綺麗な顔を、こんなに近くから見上げている。
胸が、どきっとした。
……ちょっと待って。
今、どうしてどきっとしたの、私。
「姉様?」
声をかけられ、私は慌てて姿勢を戻した。
「何でもない! 頼もしくなったなって思っただけ」
リオンは私を見ていた。それから、ゆっくり微笑む。
「では、これからも頼ってください」
腰に添えられていた手が離れる。代わりに差し出された腕へ、私は手を添えた。
……今日は、人も多いから。
それに、さっき助けてもらったばかりだもの。
うん。歩きやすくするためです。
そう考えてから、気づいた。
これ、殿下のときにも思いませんでしたか、私。
* * *
リオンが足を止めたのは、リボンや髪飾りを扱う店だった。
中へ入ると、店主らしい女性が顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
リオンは挨拶をして、棚へ目を向けた。
「普段、髪に結べるリボンを見せていただけますか」
「贈り物でしょうか?」
「はい」
店主は、リオンの腕へ手を添えた私を見て微笑んだ。
「では、ご一緒に選んでいただけますね」
案内された机の前で腕から手を離す。その上へ、何本ものリボンが並べられた。
柔らかな桃色。落ち着いた緑。縁に細かな刺繍の入ったものもある。
「どれがお好きですか?」
リオンに尋ねられ、私は少し考えた。それから、淡い紫色の一本を指さす。
「これかな。綺麗な色だし、端のお花も可愛い」
白い糸で、小さな花が縫い取られていた。光へかざすと、布に艶が浮かぶ。
リオンの目元が和らいだ。
「僕も、それがいいと思っていました」
「本当? 好みが合ったね!」
嬉しくなって笑うと、店主がリボンを手に取った。
「お嬢様のお髪に、よく映えると思いますよ」
「え?」
顔を上げる。リオンが私を見ていた。
「受け取っていただけますか?」
……私に?
リボンと弟の顔を、交互に見る。
「贈り物って、私へのものだったの?」
「はい」
「それなら、先に言ってくれたらよかったのに!」
何の遠慮もなく、自分の好みで選んでしまった。
いや、私へのものなら、それでいいんだけど!
リオンは楽しそうに笑う。
「先にお伝えしたら、僕に気を遣うでしょう?」
「それは……」
しそうです。
お値段とか、ほかに必要なものはないのかとか。
「本当に気に入ったものを、贈りたかったんです」
言葉が止まった。
私が、気に入ったもの。
選ぶところから、楽しませてくれたんだ。
「……ありがとう。すごく嬉しい」
伝えると、リオンがほっとしたように笑った。
「よかった」




