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『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
第2章 恋を知るには、近すぎます!

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その報告は、穏やかには聞けません!

「ティア」


玄関を出たところで呼ばれ、私は顔を上げた。

少し離れた柱のそばに、ノアが立っている。


「ノア!」

「今、帰るところ?」

「うん。リオンと待ち合わせてるの」


答えると、ノアは私の後ろへ一度目を向けた。

振り返っても、ユリウス殿下の姿はもうない。


「殿下と、一緒だったんだね」

「そうなの。ちょっと、いろいろあって」


……いろいろ。

本当に、いろいろありました。


ノアが私へ歩み寄る。


「何かあった?」

「怪我とかは、してないよ」


先に伝えると、彼の足が一瞬止まった。


「……怪我を心配するようなこと?」


しまった。

説明の順番を、間違えたかもしれません。


* * *


人の流れを避け、柱の脇へ寄った。


展示準備の箱を動かしたこと。

転がった魔道具に触れたら、手首に輪がついたこと。


説明するうちに、ノアの視線が私の左手へ落ちる。


「痛くなかった?」

「うん。先生にも確かめていただいたし、何ともないよ」


手を開いて見せる。

ノアは手首まで確かめるように見てから、小さく頷いた。


「よかった。それで、殿下と繋がっていたんだ」

「そう。離れようとしたら引っ張られちゃって」


思い出して、少し眉を下げる。


「解除するまで、どうしていたの?」

「長椅子へ移動して、待ってたよ」

「……移動できたんだね」

「うん。歩く速さを合わせたら、大丈夫だったの」


そこまで答えてから、付け足した。


「最初は難しかったけど、殿下の腕に掴まったら、歩きやすくなって」


ノアが黙った。


私も、口を閉じた。


……あれ。


今、少し。

空気が変わりました?


「腕に」

「う、うん。手首をあまり離せなかったから、そばにいれば引っ張られないと思って」


理由を説明すると、ノアはゆっくり頷いた。


「なるほどね」


声は穏やかだった。

穏やか、なんだけど。

どうしてでしょう。

笑顔なのに、さっきより落ち着かないんですけど。


「……ノア?」

「うん?」

「もしかして、気にしてる?」


尋ねたあとで、顔が熱くなった。


昨日までなら、そんなことは考えなかった。

殿下と何があったか、ただ話していたと思う。


でも、今は。


ノアは私を見た。

それから、少しだけ困ったように笑う。


「気にしてるよ」


……やっぱり。


「でも、魔道具が動いちゃったからで」

「うん。事故だったんだよね」

「殿下も、私が転ばないように気をつけてくださって」

「それは、感謝してる」


すぐに返ってきた言葉に、少し安心した。

けれど、ノアは続けた。


「ただ、想像したら、少し羨ましくなった」


私は瞬きをした。


「……羨ましい?」

「ティアが、自分から腕に掴まってくれたんでしょう?」


頬が熱くなる。


そうですけど。

そうなんですけど!


「歩きやすくするためだよ?」

「わかってる」


ノアが笑った。


「ティアを責めたいわけじゃないよ。話してくれて、嬉しい」


その声に、ようやく肩の力が抜ける。


隠したかったわけではない。

でも、ノアがどう思うのか、今は前より気になってしまう。


……私だって。


ノアが誰かと踊っているのを見たら、寂しかった。

だから、平気で聞けないと言われても、おかしいとは思わなかった。


「……そっか」


小さく答えると、ノアが私の顔を覗く。


「困らせた?」

「少し。でも、わかる気もする」


ノアの目が、わずかに見開かれた。

言ってから、私は鞄へ視線を落とす。


……そこを詳しく聞かれたら、困る。


けれど、ノアはすぐには尋ねなかった。


「……そっか」


さっきの私と同じ言葉なのに。

何だか、ずっと嬉しそうに聞こえた。


* * *


「姉様!」


玄関の向こうから、リオンが歩いてきた。


「リオン! ごめんね、待たせちゃった?」

「いいえ。僕も、今来たところです」


私の隣へ並ぶと、弟はノアへ微笑んだ。


「ノア兄様も、お帰りですか?」

「うん。ティアと話していたんだ」

「そうでしたか」


リオンが私を見る。


「何か、楽しいお話でも?」

「楽しいというか、びっくりすることがあって」


説明しかけて、少し迷う。


……同じお話を、もう一度するんだよね。

ノアへ目を向けると、彼は笑顔で頷いた。

どうぞ、ということらしい。


私はリオンにも、魔道具のことを話した。

弟は最初こそ目を丸くしたものの、最後まで静かに聞いていた。


「……それで、殿下と腕を組んでいらしたんですね」

「組んでいたというか、掴まっていただけなんだけど」


言い直すと、リオンはにっこりと笑った。


「なるほど。そうすれば、歩きやすかったんですね」

「うん」


どうしてだろう。

同じ説明なのに、今度は少し恥ずかしい。


リオンが私の左手を見てから、ノアへ視線を移す。


「何ともなくて、よかったですね」

「……うん。本当にね」


二人とも笑っている。

私は交互に顔を見た。


……何ですか。

その、言葉にしにくい間は。


そこへ、迎えの馬車が近づいてきた。


「姉様、参りましょうか」


リオンが自然に私の鞄へ手を伸ばす。


「ありがとう。でも、鞄は自分で持てるよ」

「では、こちらを」


鞄へ伸ばしていた手を引き、今度は私へ腕を差し出した。


私はその腕を見た。


……ん?


「段差がありますので」

「いつも、手を貸してくれるでしょう?」

「今日は、こちらの方が歩きやすいかと思いまして」


綺麗な顔で微笑んでいる。


……絶対、さっきのお話を聞いたからでしょう。


「もう。リオンまで、からかわないで」

「そんなつもりは、ありませんよ」


答えながらも、腕は下ろさない。


私は少し笑って、その腕へ手を添えた。

すると、リオンの表情がぱっと柔らかくなる。


「では、行きましょう」


その隣で、ノアが小さく息を吐いた。


* * *


馬車の前へ着くと、ノアが私を呼んだ。


「ティア」

「なあに?」

「今度、一緒に出かけない?」


私は顔を上げた。


「お出かけ?」

「うん。学園で会うだけじゃなくて、少しゆっくり話したい」


すぐ隣で、リオンが口を開く。


「次の休みは、姉様と僕のお約束がありますよ」

「知ってる。その次は、どうかなと思って」


ノアはリオンへ頷いてから、私へ目を戻した。


「本を見に行ってもいいし、ティアが行きたいところでも」


胸が、少し跳ねる。


以前も、一緒に出かけたことはある。

屋敷へ来てくれたことだって、何度も。


でも、今は。


好きだと知っていて、誘われている。


「……私と、二人で?」

「うん。二人で」


まっすぐ答えられて、視線を逸らしそうになる。


……確認しなくても、よかったのでは。


わざわざ、自分で落ち着かなくなる質問をしてしまった。

けれど、嫌ではなかった。

どこへ行こうか考えると、楽しみになった。


「パパとママに、聞いてみるね」

「うん。返事、待ってる」


ノアが笑う。

その顔を見ていたら、私も頬が緩んだ。


「本屋さん、行きたいな」

「じゃあ、そうしよう」


すぐに返ってきて、思わず笑ってしまう。


「まだ、行けるって決まったわけじゃないよ?」

「うん。でも、行けたときのことを考えておきたいから」


……もう。


そう言われたら、私まで楽しみになってしまうでしょう。


* * *


「姉様」


リオンが馬車の扉のそばで、私を待っていた。

私は弟の腕から手を離し、鞄を持ち直した。

乗り込もうとすると、ノアが私へ手を差し出す。


「足元、気をつけて」

「ありがとう」


鞄を右手に持ち、空いた左手を重ねた。

その手を借り、一段目へ足をかける。


いつものことだ。

馬車へ乗るとき、手を貸してもらうだけ。

なのに、指を重ねた瞬間、ノアが少し声を落とした。


「出かけるときは、僕にも掴まってね」


私は振り向いた。

青い瞳が、すぐ下から私を見ている。


「……歩きにくかったら?」

「そうじゃなくても」


息が止まる。

ノアは、優しく笑っていた。


「ティアと、そうやって歩いてみたいんだ」


……っ。


何て返せばいいの。


腕に掴まるだけでしょう。

でも、今の言い方では、ただの移動のお話ではなくなってしまう。


私は手を借りたまま、小さく頷いた。


「……考えておくね」


ノアの目元が和らぐ。


「うん」


手が離れて、私はようやく馬車へ乗り込んだ。

向かいへ座ったリオンが、私の顔を見る。


「姉様。お暑いですか?」

「……少し」

「窓を開けましょうか」

「ううん。大丈夫」


弟は楽しそうに笑っている。

私は膝の上で手を重ね、窓の外へ目を向けた。


ノアが、こちらへ手を振る。

私も小さく振り返した。


……王太子殿下と、魔道具で繋がってしまった。


今日のびっくりする出来事は、それだったはずなのに。


今、頭から離れないのは。

何もついていない手で、私を誘ったノアの声だった。

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