第2話社交界への指名と、明かされる家族の過去
「はぁ、それにしても、うちの家族構成って特殊すぎるでしょ」
あのイビリ撃退劇から数日。状況を整理した。
『きみゆめ』のヒロイン・エルリアが暮らすこのクラビオル家。現当主のレルト・クラビオルは超が付くほどの放任主義だ。
(『お金は好きに使え、あとは自分たちで解決しろ』って、放任にも程があるでしょ! 前世で見たワンマン経営者でも、もうちょっと社員と話すわよ!?)
現に、お義父様がレイカお姉様に話しかけるところを見ても、
「社交界に出なさい」
「領地経営の進捗はどうだ。お前はどう考える?」
これだけ。業務連絡以外の会話を一度も見たことがない。コミュニケーション不足なんてレベルじゃないのだ。
◇
だが昨日の朝食時、なんの予兆もなく私にまで話が振られた。
「1ヶ月後、お前たち2人は社交界に出てもらう。いいな?」
「っ!?」
唐突な指名に、私は思わずフリーズする。
「レイカ、お前は分かっているな。顔を売り込む場だ、生半可な言動は許さん」
「……はい。お父様」
レイカお姉様は何か言いたげなのをグッと呑み込み、静かに頷いた。
(まさか私と一緒が出るのが嫌だったのかな……? でも、以前みたいな殺気立った視線じゃない。もしかして照れてる? 可愛いな〜)
なんて呑気に考えていたけれど、今日になっても嫌な視線は飛んでこない。……私の勘違いじゃなくて、何か別の理由があるのかな?
◇
レイカ•クラビオルとレルト•クラビオルは昔からこんな冷たい人ではなかった。
それは『きみゆめ』の終盤の回想シーンで明かされる過去なのだが、元々レリアとレルトはエルリアの義母にあたるリオラナを含めた三人暮らしの仲睦まじい辺境伯家だった。
当時レイカは人見知りで人前で話すのが苦手だったため。同世代が集まる茶会にはあまり参加しなかった。その代わり、両親のことが大好きで、両親の自慢の娘であり次期当主となれるよう、勉学にも武道にも文武両道な少女だった。両親からも惜しみない愛を注がれていた。
レルトもまた、家族で過ごす時間を何よりも大切にしていた。
誰もが「幸せの家族」と口を揃えるような家庭だったのだ。
そんな幸せがずっと続く。誰もがそう信じて疑わなかった。
__だが、神様はそれほど彼女たちに慈悲深くはなかった。
◇
あの日、妻のリオラナはお茶会の帰路で突如として激しいゲリラ豪雨に見舞われ、増水した川へと馬車ごと転落した。
「大丈夫よ、あなたに似て少し不器用なだけ。この子はきっと素晴らしい当主になりますわ」
かつてそう言って、人見知りなレイカを優しく抱きしめていたリオラナの笑顔が脳裏をよぎる。
一報を聞いたときは耳を疑った。領民からも深く愛されていた妻の死は、屋敷だけでなく領地全体を深い悲しみで包み込んだ。
葬儀の席で、幼いレイカは声を押し殺して泣いていた。
父親である私が抱きしめてやらねばならなかったのに、私はあまりの絶望に身体が動かなかった。
「このままでは、私共々崩れてしまう」
立ち止まるわけにはいかなかった。私は悲しみに囚われるのを恐れ、逃げるように書斎へ引きこもり、領地経営の書類の山へと没頭した。
「書類を見ている間だけは、余計なことを考えずに済む…」
だが、最愛の妻の面影を色濃く残すレイカを見るたび、胸が締め付けられるような激痛が走る。あの日の激しい雨音と、事故の凄惨な光景が鮮明にフラッシュバックするのだ。
(情けない……私は娘の瞳を見ることすら恐ろしいのだ)
私は自分の弱さから娘と目を合わせることすらできず、次第に距離を置くようになってしまった。
そして、父親らしいことを何一つしてやれず、ただ寂しい思いをさせているレイカへの罪悪感から、私は再婚を決意した。
新しい妻には、エルリアという連れ子がいた。
遠慮がちに俯いていて、私や屋敷の者に対して極力迷惑をかけまいと気を使っているのが痛いほど伝わってきてた。申し訳なさと憐憫を抱いたのを覚えている。
最初はおとなしかったエルリアも、月日が経つにつれて誰の目から見ても愛らしく、気品に満ちた可憐な少女へと育っていった。
義理の娘が健やかに育っていく安堵と、実の娘であるレイカと向き合えていない後ろめたさ。二つの感情が私の胸を苛んだ。
「これでいい。家庭に賑やかさが戻れば、きっとレイカの心も救われるはずだ。人見知りではあっても時間をかければ、良い姉妹になれるはずだ」
そう自分に言い聞かせ、またしても父親としての責任から逃げていた。
金を与えることしかできず、面と向かって温かい言葉一つかけてやれない不甲斐ない自分。
「金ならいくらでも与える。だからもう私に、父親らしい顔を求めないでくれ……」
すれ違いの始まりに、当時の私はまだ気づいていなかったのだ。




