第1話可憐なヒロイン(※中身元ヤン)爆誕
『この時間早く過ぎてくれないかな〜』
今私、西山葵30歳は、後輩の失敗を擦り付けられ上司に怒られている。
私は運が悪い。特に悪いのは、男運だ。
彼氏は過去に二人いたが、どちらもダメ男。私の周囲の女性は皆親切で優しいのに、なぜ男に関する運が悪いのか……。
女性との縁はとても嬉しいのだが、年齢的にも結婚を見据えて彼氏が欲しい。
そもそも、自分の目つきと身長が父譲りで男らしさがあり、性格も勇ましすぎるほど。それが原因で男が近寄らないのだ。
近寄ってくるのは使い捨ての女目当ての者ばかり。
もっと可愛い子に生まれ変われたら良いな、なんて思う。
例えば中学の頃、恋愛にこじれていた私は、よく恋愛小説を読み漁っていたものだ。
そんなことを思っていたら、上司は気が済んだらしく説教という名のパワハラが終わった。
大人になってから営業スマイルを学んだおかげで、思っていることを顔に出さないようにできている。昔は苦労したものだ。
仕事が終わりヨロヨロしながら帰っていると、ふとJKが目に入った。
私とは真逆で、華奢で可愛らしい見た目。まるでヒロインのようだ。
私はヒロインに憧れてはいるが、どんな状況でも自分を曲げず突き進む悪役令嬢キャラのほうが好きだ。
こんな事を思っているからダメ男に引っ掛かるのかもしれない。
そんな事を考えていると、真っ直ぐに赤く光る信号が暗い夜道を照らす中、JKが歩道に飛び出した。
私は、こんな可愛い子が飛び出す瞬間を見てしまう。
「あ、危ない――!!」
考えるより先に体が動いていた。
長年培った男勝りな脚力で地面を蹴り、飛び出したJKの体を突き飛ばす。
眩しいヘッドライトと、耳を刺すようなブレーキ音。
激しい衝撃が全身を襲い、私の視界は暗転した。
(あーあ、せっかく営業スマイル覚えて器用に生きられるようになったのに。結局、土壇場で自分を曲げられないなんて……)
◇
「……なさい! 起きなさいよ、この図々しい女!!」
甲高い怒声と同時に、冷たい水がバシャンと顔にかかった。
「ぶはっ!?」
咳き込みながら目を覚ますと、そこは自分の汚部屋でも病院の集中治療室でもなかった。豪奢なシャンデリアに、天蓋付きのベッド。そして目の前には、絵画から抜け出してきたような縦ロール髪の美少女が、鬼の首を取ったような顔で立ち尽くしていた。
(……え? 誰? 高級コスプレイヤー?)
「フン、やっと起きたのね。私を待たせるなんていい度胸じゃない、エルリア!」
「……は? エルリア……?」
聞き覚えのありすぎる名前に、思わず自分の手を見る。
そこにあったのは、かつて男勝りと評された自分の手ではなく、透き通るように白く、小さく華奢な少女の手だった。鏡へと視線をやると、そこには桃色の髪に大きな瞳――私がかつて読み漁った愛読書『君と夢の冒険譚』の正統派ヒロイン、エルリア・クラビオルの姿があった。
(ウソでしょ……? 異世界転生!? しかも、あの『きみゆめ』のヒロインに!?)
戸惑う私を余所に、目の前の美少女――エルリアを虐げる義姉であり、この物語の悪役令嬢レイカ・クラビオルが扇子をバシリと鳴らした。
「いい? あなたはしょせん拾われた身なのよ! 調子に乗らないことね!」
高圧的な態度、見下すような視線。
……あれ? 待って。
『きみゆめ』のヒロイン・エルリアといえば、ここで「ごめんなさい、お姉様……」と泣き寝入りし、イケメン王子たちに守られる可憐で守護欲をそそる少女のはず。
でも、中身は30歳、男運ゼロ、元ヤン気質の苦労人OL・西山葵だ。
理不尽なパワハラ上司とダメ男たちに揉まれ、理不尽に耐え抜いてきた私の前で、この程度のイビリ……。こんなことをされて黙って男に媚びを売るとは……。
(……私が?いや、無理だな。可憐に守られるとか、柄じゃない)
私は濡れた顔を手拭いで拭うと、ニヤリと口角を上げた。昔取った杵柄と、30年の人生で培ったドスの利いた笑顔が、エルリアの可愛い顔面に出力される。
「ねえ、お姉様?」
「な、なによ……? なぜ笑って……」
「水、かけるならせめて温かいお湯にしてくれない? 風邪ひいたらどうすんの。それに――」
私はすっと立ち上がり、華奢な身体ながらも圧倒的な威圧感(※元ヤン&営業で鍛えた威圧感)でレイカに一歩詰め寄った。
「人に物を頼む時や起こす時は、もう少し言葉遣いってものがあるんじゃないかしら?」
「ひっ……! な、何なのよその目は……っ!」
怯えたように後ずさりするレイカを見て、私はフッと息を吐き出し、頭をかいた。
……ダメだ、つい昔の癖で威圧してしまった。
(待って……『きみゆめ』のレイカって、根っからの悪党じゃないのよね)
作中の設定を思い出す。レイカは周囲から完璧を求められるプレッシャーと、「天才」ともてはやされる義妹エルリアへの劣等感から、どんどん孤独になって歪んでしまったキャラクターだ。
30年間、理不尽な社会で揉まれてきた身としては、彼女の不器用すぎるストレス発散方法(※水かけ)に腹が立つ反面、どこか痛々しくて放っておけない気持ちにもなる。
「……はぁ。お姉様、私ね、別に喧嘩がしたいわけじゃないの」
「え……?」
「ほら、お姉様も服に水が跳ねて濡れてるじゃない。冷えちゃうから、拭いて」
そう言って、私はベッド脇にあった乾いたタオルを一枚取り、レイカに差し出した。
「なっ……なによそれ! 哀れんでいるの!? 私はクラビオル家の次期当主よ! あなたみたいな拾い子に気遣われる筋合いなんて――」
「はいはい、わかったから。強がらなくていいの。風邪ひいたら損するのはお姉様なんだから」
強引にタオルを手に押し付けると、レイカは目を丸くして固まった。
これまでエルリアは、レイカに何をされてもただ泣いて耐えるだけだった。だからこそレイカも引くに引けなくなっていたのだろう。
「……変なエルリア。あなた、頭でも打ったんじゃないの?」
「かもね。でも、これからは言いたいことは言うことにしたの。お姉様に対しても、他の誰に対してもね」
そう言ってフッと笑ってみせると、レイカは気まずそうに目を逸らし、握らされたタオルで自分の袖口をぎこちなく拭き始めた。
「……今日のところはこれで許してあげるわ! 次はもっと厳しい指導をしてあげるんだから!」
レイカは捨て台詞を残すと、パタパタと音を立てて部屋を出て行った。
「悪役令嬢ねぇ……。思ったより、育てがいがありそうじゃない」
自分の手を見つめながら、私は小さくニヤリと笑う。
王道のシナリオ通りにイケメンに守られるヒロインなんて柄じゃない。




