4 足音
第四話!
楽しんで!
10/31
◇◇◇
ハインツ様が数日間の出張へと出発された、翌朝のこと。
俺は宿舎の自室で、ミーシャからもらったお屋敷の黒い雑用係の服に袖を通していた。
ベッドの脇には、昨日の特訓の後にミーシャがプレゼントしてくれた【白ベースに、フードや裾の周りに青い線が入った手作りポンチョ】が綺麗に畳まれて置いてある。
それを見るだけで、魔法がないこの世界での生活が、どこか彩りをもって感じられた。
「ユウラさん、おはようございます!朝食の準備ができましたよ!」
部屋の扉をノックして、ミーシャが元気よく顔をのぞかせた。
一斤染めの淡い桜色のショートヘアを揺らして微笑む彼女に、「おはよう」と返してリビングに行く。
すると、いつもはミーシャと俺だけのはずの食卓に、ミーシャと同じメイド服を着た見慣れない少女がちょこんと座っていた。
「あっ、ユウラさん!紹介しますね。今日から新しくお屋敷で働くことになったメイドの――リリです!」
「はじめまして、ユウラさん!リリです。今日からよろしくね!」
リリと名乗った少女は、ミーシャとよく似た活発なショートヘアをしていた。ただ、髪の色はミーシャの桜色とは対照的な、綺麗な薄い青色。
ハインツ様が留守にしているタイミングでの新しいメイドの合流だったが、俺もミーシャも、ただ純粋に「新しい仲間が増えた!」と、心から彼女を歓迎した。
同じメイドという仕事同士だからだろうか。二人の少女は出会ってすぐに意気投合したようで、午前中にはすっかり仲良くなり、お互いを呼び捨てで呼び合うようになっていた。
さらに驚いたことに、たまたまお互いの素性を話しているうちに、信じられない偶然が発覚したのだ。
「えっ!?リリ。あなたも今日が誕生日なの!?」
「嘘、ミーシャも!?じゃあ私たち同じ年の同じ日に生まれたんだ!」
「ユウラさんの誕生日はいつですか!?」
「7月10日だけど」
「「がっかりです」」
そう、なんとこの日は、ミーシャとリリの二人の誕生日で二人がこの日、17歳になる。つまり、現世だったら俺と同級生ということだ。同級生には見えない。
ハインツ主様は会議で不在だけれど、こんなおめでたい日を雑用だけで終わらせるわけにはいかない。俺たちは午前中の仕事を猛スピードで片付けると、夕方からは台所に集まって、三人だけのささやかなお誕生日パーティーの準備を始めた。
「ほらユウラさん、そこはもっと生クリームを綺麗に塗って!」
「リリ、ユウラさんに無理言っちゃダメだよ。雑用係のユウラさんにケーキ作りまでやらせちゃうなんて」
「いいよいいよ、誕生日主役の二人は座ってて。俺、これでも不器用だけど料理の手伝いくらいはできるからさ」
ミーシャが焼いてくれたふっくらとしたスポンジに、三人で不器用にデコレーションをしていく。
リリはとにかく人懐っこい性格で、ミーシャと笑い合う一方で、俺のところにもやたらと距離感近く楽しそうに話しかけてきた。
「ねぇねぇユウラさん、そのポンチョってミーシャが作ったやつ? 似合ってる! 今夜のパーティーでも着てよ!」
「もう、リリ、ユウラさんをからかわないの」
クスクスと笑い合う、桜色と薄い青色の、二人のショートヘアのメイドたち。
完成した手作りケーキを真ん中に置いて、温かいスープを分け合いながら「お誕生日おめでとう!」と乾杯した時間は、これ以上ないほど温かくて、賑やかで、まるでお祭りの日のような幸福感に満ちていた。
◇◇◇
そうして幸せな誕生日の夜はあっという間に過ぎ去り、夜の10時を回った。
お屋敷全体の消灯時間を過ぎ、静まり返った深夜。自室のベッドに横になっていた俺は、ふと、胸の奥がゾワゾワと泡立つような、奇妙な違和感に襲われて目を覚ました。
――パリン。
耳の奥で、何かが静かに爆ぜるような感覚。
次の瞬間、バリリン!!! と、豪邸の一階の窓ガラスが一斉に叩き割られる鋭い音が、深夜の静寂を切り裂いた。
「な、なんだ……っ!?」
俺はベッドから跳ね起き、本能的に部屋の扉へ手をかけようとした。その瞬間、バタン!! と乱暴に扉が押し開かれ、二つの人影が雪崩のように部屋へと飛び込んできた。
「ユ、ユウラさん……っ!」
「ユウラさん助けて……! なんか、お屋敷に知らない人たちが……っ!」
ミーシャとリリだった。
さっきまで笑顔でお互いの誕生日を祝い合っていた二人は、お互いに手をぎゅっと握りしめ、パニックを起こして涙目を浮かべながら、俺の部屋へと逃げ込んできたのだ。
「二人とも無事か!? 一体何が起きてるんだ!」
俺が叫んだ直後、廊下の窓から広大な中庭の光景が目に飛び込んできた。俺の視界は、圧倒的な恐怖で埋め尽くされる。
松明の赤黒い炎に照らされて、お屋敷の敷地内になだれ込んできていたのは、異様な一団だった。
全員が、夜の闇に溶け込むような【黒に赤い線が入ったポンチョ】を深く被っている。その数は数十、いや、百近くいるかもしれない。
何より異常だったのは、その『音』だった。
お屋敷の私兵たちが悲鳴を上げ、必死に応戦しようと剣を抜くなか、そのポンチョを被った奴らは、一切の声を上げない。
怒号も、息遣いすらも漏らさない。鉄の掟でもあるかのように、【絶対に喋ってはいけない】というルールを厳格に守り、完全な無言のまま、機械的に私兵たちの首を刎ね、屋敷に容赦なく火を放っていく。
「『黒の旅団』……! 奴らが、本当に来やがった……!」
昼間にハインツ様から聞いたばかりの、魔力を搾取する最悪の犯罪組織。
戦う力のない俺の身体は、その無言のポンチョ集団が放つ圧倒的な静寂の暴力に気圧され、恐怖のあまりガタガタと震えて一歩も動けなくなった。
その時、バキィン!!! と、俺の部屋の扉が凄まじい力で叩き割られた。
黒に赤い線の入ったポンチョを着た男が、爛々と光る目を剥き、ナイフを構えて部屋へと押し入ってきたのだ。男は一切の声を出さず、獲物を追い詰めた楽しさに口元だけを不気味に歪ませている。
「いやあああっ!!」
リリが悲鳴を上げてミーシャの後ろに隠れる。男は容赦なくナイフを振り上げ、手前にいたミーシャの短い一斤染の髪を乱暴に掴み、冷たい床に激しく組み伏せた。
「やめて! 離して!」
男がミーシャの細い首筋に刃を当てる。
(動け……動けよ、俺の足……! 助けなきゃ、ミーシャが、みんなが死ぬ……!)
床に組み伏せられたミーシャの瞳が、恐怖に濡れながら俺を見ていた。
その瞬間,俺の頭の中に、昼間に研究した【魔力の法則】が閃光のように駆け巡った。
――『魔力は、魔力を持たない空っぽの器に吸い寄せられる』。
――『手元に魔力を残しておけば、外に出した魔力を繋ぎ止め、引き戻せる』。
――『魔力を小さく一点に凝縮して一気に引き戻せば、分散せずに、スピードが跳ね上がる』。
俺には魔法は使えない。だけど、俺の身体は『魔力を一切持たない、完全な空っぽの器』だ。
俺は部屋の壁に飾ってあった、リリが「今夜着てよ!」と言ってくれたあの白いポンチョをひっ掴んで頭から被ると、全力で叫んでいた。ミーシャの掌には、怯えながらも必死に抵抗しようと、彼女が毎日磨いてきたあの温かい『魔力』が微かに灯っている。
「ミーシャ!! 俺のほうに魔力を投げろ!! 全部使い切るな、小さく一点に集めて放て!! 手元に残して一気に引き戻せ!!」
ミーシャは俺の声に目を見開き、本能的に、掌の小さな光を俺の方へと突き出した。
ドン、と物理的な衝撃が俺の胸に走る。
魔力を持たない俺の身体が、磁石のようにミーシャの魔力を強烈に吸い寄せ、俺の胸の中に固定した。そして、ミーシャが言われた通りに魔力をぎゅっと小さく凝縮して、手元の残滓を引き絞った瞬間――。
シュバッ!!!
昼間、俺のズボンの裾を焼き焦がしたあの弾丸のような超高速が、俺の身体そのものを引っ張った。 男の突き出すナイフよりも速く、俺の身体がミーシャのいる方へと弾丸のように引っ張られ、吹き飛んだ。
凡人の俺が、魔力の物理法則を学び生み出した、最初で最後の信じられないような超高速移動。
ドカァン!! と、俺の身体はミーシャを組み伏せていた男の顔面に、肉弾戦車のように激突した。
鼻骨が砕ける嫌な音がして、声を出すことを許されない男は、無言のまま苦悶の表情で吹き飛んでいった。
「いってぇ……」
「ユウラさん……!」
「逃げるぞ、ミーシャ! リリ! 俺の後ろに続け!」
俺は床からミーシャを起こし、リリの腕を引っ張って部屋を飛び出した。誕生日のお祝いムードを台無しにされた怒りと、この白と青のポンチョを羽織った凡人の知恵が、旅団の末端から二人を奪い返したんだ。
――だが、本当の絶望は、そんな凡人の浅知恵をあざ笑うかのように、廊下の向こうに立っていた。
「素晴らしい。素晴らしいよ、君」
低く、どこか気品すら感じさせる知的な声が、燃え盛る廊下に響いた。
振り返った俺の視界を、圧倒的な威圧感が埋め尽くす。
そこに立っていたのは、不気味なポンチョを被っていない、仕立てのいい衣服を纏った男だった。この組織において、ポンチョを被らずに【言葉を喋ることを許されている者】――それこそが、旅団のトップに君臨する四天王、あるいは魔女の証。
男は、怯える俺たちをすぐには殺そうとせず、むしろ面白そうに細い目を細めて拍手を送ってきた。
「魔力を持たぬ身でありながら、マナの性質を理解し、引力として利用したね? 凡人が知恵だけで我が旅団の兵を退けるとは、実に見事だ。私は見込みのある人間には、自ら名を名乗って挨拶をする主義でね」
男は優雅に胸に手を当て、紳士的に一礼してみせた。
「私は四天王の一人――、ディルムッドという。覚えておくといい」
微笑むディルムッド。だが、その目の奥にある瞳は完全に冷え切っている。
戦う力のない俺の身体は、その圧倒的な『強者の余裕』を前にして、本能的な恐怖で指一本動かせなくなった。
「さて、そんな聡明な君に一つ、慈悲を与えよう。その後ろにいる二人のメイドをこちらに渡して、君は大人しく私の奴隷になりたまえ。君のその『頭脳』なら、我が組織で上手く使ってあげられる」
男は静かに手を差し伸べる。
拒否権など最初から存在しないと言外に告げるような、絶対的な無力。周りを取り囲む無言のポンチョ集団が、じっとこちらを睨みつけている。
「う、あ……、いや……っ!」
その瞬間、極限の恐怖に耐えかねたミーシャとリリが、涙をボロボロとこぼしながら、左右から俺の身体にすがりつくように強く抱きついてきた。
俺の右腕と左腕に、必死に絡みつく二人の小さな手。
今日が誕生日のはずの二人の少女の、生々しいほどに温かい体温。そして、俺の服をじっとりと濡らす涙と、ガタガタと激しく震え続ける細い腕の感触が、ダイレクトに俺の全身へと伝わってくる。
「ユウラさん……っ、助けて、怖いよぉ……!」
二人は、魔法もチートもないただの一般人の俺を、唯一の希望として必死に信じて抱きしめてくれている。
だが、俺の目の前にいるのは、指先一つで人を消し飛ばす本物の化け物だ。
逆らえば、今すぐこの温かい二人の身体が冷たい肉塊に変わる。従えば、せっかく誕生日を祝ったばかりの二人を目の前で奪われ、自分は一生地獄の奴隷として飼い殺される。
腕に伝わる愛おしい二人の体温が、俺に一般人としてのちっぽけな限界を突きつけてくる。
(どうする? どうすればいい? 魔法もチートもない俺が、こんな化け物に勝てるわけがない……!)
(俺のせいで、俺がここに残ったせいで、みんな、もう終わりだ――)
逃げ場のない究極の選択。抱きつく二人の温もりと震えが、俺のちっぽけな精神の限界値をゴリゴリと削り取っていく。
泣く二人を安心させようと腕を抜いて頭をなでようとする。
「残念です……。来てくれなそうですね」
腕を下げて、二人をなでることができた。けれど、なぜか手は濡れていて熱い。慌てて手のひらを見ると手は赤黒い液体でぬれていた。
――刹那、俺の前に二つの物体が落ちてくる。それは、青色の髪の生首と桜色の髪の生首。
「あぁぁああああああ!嘘だぁ!」
俺の魂の【絶望のライン】が、そのあまりのプレッシャーと恐怖によって、音を立てて木端微塵にへし折れた。
その瞬間。
――パキン。
世界からすべての音が消え、ディルムッドの冷酷な笑みも、俺に抱きついていた二人の温もりも、燃え盛る炎も、すべてが不自然なほど真っ白に反転していく。
あの雨の通学路で聞いた、不気味な魔女のあざ笑うような声が、遠くで響いた気がした。
『せいぜい、がんばれ』
ご覧いただきありがとうございました。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
第4話では、新しいメイドのリリが合流し、ミーシャと共に最悪の夜を迎えることになってしまいました……。ここで、新ヒロイン・リリの服装や容姿について補足させていただきます!
◆ リリの服装・ビジュアルイメージ髪型・容姿:
ミーシャとよく似た活発なショートヘアをしていますが、髪色は綺麗な薄い青色です。ミーシャの淡い桜色とは綺麗な対比になっています。年齢はミーシャと同じ17歳(現世のユウラと同級生)。
◆メイド服(豪邸の制服):
ミーシャと同じ、膝上丈のクラシカルな黒いドレスに白いエプロンドレスを重ねた姿です。
◆性格・チャームポイント:
とにかく人懐っこくて明るい性格。同じメイドのリリとは出会って数時間で呼び捨てで呼び合うほどのソウルメイトになりました。ユウラに対しても距離感が近く、物怖じせずにやたらと話しかけてくるムードメーカーです。




