3 特訓
第三話!
ここでは「◇◇◇」がユウラを意味し、
「◆◆◆」がミーシャを意味します。
楽しんで!
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◆◆◆
翌朝、主様であるハインツ様は、数人の私兵の方々を引き連れて、街の領主会議へと出発していかれました。
主様のいなくなった広大な豪邸はいつもより静かで、なんだか少し非日常的な空気が漂っています。
でも、私の胸の奥は、朝からずっと弾むようなわくわく感でいっぱいでした。なぜなら、昨夜の裏庭で、信じられないことが起きたからです。
「わ……、わぁぁ! ユウラさん、見てください! 火の玉が、浮いてます! 消えません!」
「へっへーん。どうだっ!」
「ユウラさんすごいです!」
「……そこは『大賢者様みたい』ってつっこんでほしかったんだけどな」
ユウラさんは少し照れ臭そうに頭を書きながら、パーカーのポケットからくしゃくしゃのメモ帳を取り出して、何かを熱心に書き込んでいました。
ユウラさんの立てた仮説――『魔力を持たない空っぽの器に、魔力は吸い寄せられる』。
放出する魔力をすべて使い切るのではない。ほんの少しだけ手元に魔力の残滓を残しておく。そのユウラさんの理屈を意識してみたら、今までどうしても空中ですぐに爆ぜて消えていた私の火の球が、本当に綺麗な球体のまま、十センチほど離れた空間で浮き続けてくれたのです。
この世界の誰もが魔法を感覚や『才能』で使っています。
正直、魔法を全く使えないはずのユウラさんが、そんな奇妙な法則を次々と暴いていくのが、不思議で仕方がありませんでした。
どこか抜けているところもあるけれど、私の「魔法磨き」をバカにせず、誰よりも一生懸命に考えてくれる。なんだか、とても面白い人で、信頼できる仲間ができたような、そんな嬉しい気持ちでした。
主様が数日間留守にする間なら、私たちの雑用仕事も少しは融通が利きます。
「明日は、一日中使って特訓に付き合うよ」という昨夜の約束通り、私たちは午前中の仕事を猛スピードで片付け、昼過ぎには裏庭の木陰へと集まっていました。
「よし、ミーシャ。昨日は火の球を空中にとどめることに成功した。今日は次のステップ――その火の球を、自分の意志で自在に動かす練習だ」
「動かす、ですか?」
「ああ。手のひらの中にある『親機』の魔力を右に動かせば、見えない糸に引っ張られて、浮いている火の球も右に動くはず。……やってみて」
「はいっ!」
私は深く息を吸い込み、真剣に意識を集中させて、手のひらをゆっくりと横にスライドさせました。 すると、空中にとどまっていた小さな火の球が、私の動きに合わせてゆっくりと右へ、そして左へと、まるで生き物のように滑るように移動したのです。
「できた……! 自由自在に動かせます、ユウラさん!」
「よし、いいぞ。じゃあ、もっとこの火の魔法を極めてみようか」
ユウラさんはメモ帳をめくりながら、ニヤリと不敵に笑いました。私はてっきり、次は本命の治癒魔法の練習に移るのだと思っていたので、少し意外でした。
「極めるって、どうするんですか?」
「力はスピードだ。ただ火の球を動かすだけだと、移動している間に魔力が空気に触れて分散しちゃうんだよな。だから、火の球をビー玉くらいに小さく凝縮しろ。魔力を一点に集めて、一気に放つ。そうすれば分散せずに、スピードが跳ね上がるはずだ」
ユウラさんはそう言うと、裏庭のひらけた場所までトコトコと歩いていき、私と数メートルほど距離を取って立ち止まりました。
「いいかミーシャ。今からその魔力を一点に集めた火の球を、限界まで速く動かして、俺に当ててみろ」
「ええっ!? 何を言っているんですか、ユウラさん! 危ないですよ!」
私は思わず大声を上げてしまいました。いくら小さくした火の球とはいえ、生身の人間、しかも魔法を使えない一般人のユウラさんにぶつけるなんて、怪我をしてしまいます。
「大丈夫だ。ミーシャの今の魔力コントロールなら、直前で消せるだろ? 俺は避けないから、とにかく『親機』と『子機』を繋ぐ見えないゴム紐を、猛烈な勢いで縮めるイメージで、火の球を俺に向かって弾け飛ばしてくれ。スピードを極限まで上げるんだ」
ユウラさんの目は冗談を言っているようには見えませんでした。
なぜそんな無茶な特訓を思いついたのか、私にはサッパリ分かりません。危ないし、少し乱暴だけど、ユウラさんの真剣な表情を見ていると、どうしても断れませんでした。
「……分かりました。本当に、危なくなったら避けてくださいね?」
「ああ、任せろ」
私はごくりと息を呑み、手のひらに魔力を込めました。
ユウラさんの言う通り、火の球をぎゅっと小さく、小さく押し潰して、魔力を一点に凝縮させます。そして――ユウラさん目がけて、一気に放ちました。
「――シュバッ!!!」
空気が悲鳴を上げるような鋭い音が響きました。
弾丸なんて目じゃないほどの、とんでもない超高速。火の球は一瞬でユウラさんの胸元へと肉薄し、私は悲鳴を上げそうになりながら、激突の直前で必死に魔力を霧散させて炎を消しました。
「うおっ、今のスピード凄かっ――って、あちちちちっ! 火っ、火がついてるっ!?」
危うく避けたと思った瞬間、ユウラさんが突然その場でバタバタと跳び跳ね始めました。
見ると、火の球のスピードが速すぎて、通り過ぎた熱風の勢いのまま、ユウラさんが着ている不思議な服(制服というらしいです)の、ズボンの裾に小さな火が燃え移っていたのです。
「大変! ユウラさん、じっとしててください!」
私は慌てて駆け寄り、手近にあったバケツの水をユウラさんの足元にバシャッとぶっかけました。
じゅう、と煙が上がり、なんとか火は消えましたが、ユウラさんのズボンの足元は真っ黒に焦げて、水でびしょ濡れになってしまっています。
「あーあ、せっかくの現世の服なのに。これじゃあ明日から着られないな……」
「現世?」
私が聞くと慌てるようにユウラさんが言い訳をしていました。
ユウラさんは濡れたズボンの裾を絞りながら、トホホ、と情けない声を上げて笑っていました。私はすっかり申し訳なくなって、縮こまってしまいました。
「もう! 笑い事じゃないですよ、ユウラさん! 私がやりすぎちゃったせいで……本当にごめんなさい。……あ、待っててください!」
私は閃いて、裏庭からお屋敷の自分の部屋へと猛ダッシュで戻りました。クローゼットの奥から、ずっと大切にしまっていた『それ』を取り出します。そして再び裏庭へと走り、息を切らせながらユウラさんの前に差し出しました。
「これ……使ってください!」
「え? 新しい服と……ポンチョ?」
私が手渡したのは、予備の雑用係の服と、一枚の大きなポンチョでした。それは、全体が綺麗な【白ベースで、フードや裾の周りに青い線が入ったポンチョ】です。
「それ、私が手芸の練習で作った手作りのポンチョなんです。ハインツ様からお給料をいただいた時、嬉しくて布を買って、いつかお世話になった誰かにプレゼントしようと思って夜な夜な縫っていたもので……。ユウラさん、もしよかったら、焦がしちゃったお詫びに受け取ってください!」
「へぇ、ミーシャって手芸もできるんだ。……ありがとう、すごく綺麗だ。せっかくだから着てみてもいいか?」
ユウラさんは嬉しそうに笑うと、予備の服に着替えたあと、その白いポンチョをすっぽりと頭から被りました。一斤染の私の髪色とは対照的な、夜の闇に映えそうな綺麗な白と青。今は昼なのでいつか見てみたいです。
「どうだ? 似合うか?」
「ふふ、とっても似合ってますよ! なんだか、怪しい旅の魔法使いさんみたいです!」
「あ、怪しいか……」
二人で顔を見合わせて、声を上げて笑い合いました。
特訓の合間の休憩時間、冷たいお水を飲みながら、ユウラさんがふと、少し真面目な顔で尋ねてきました。
「そういえばさ、もう一回ちゃんと聞きたいんだけどミーシャは何でそんなに必死に魔法を練習してるの? 魔法を使えるってだけで、ハインツ様が言っていた『黒の旅団』みたいな悪い奴らに狙われる危険だってあるんだろ?」
旅団、という不気味な名前に、私は少しだけ胸がチクリと痛みました。声を出すことを許されない、黒に赤い線の入ったポンチョの集団。その上にいる恐ろしい四天王や、魔女の噂は、お屋敷の私兵の方々からも聞いたことがあります。
「……知っています。でも、私には夢があるんです。いつかできる大切な人のために、この力を磨いておきたいんです」
「大切な人?」
「はい! 私は幼い頃に両親を亡くして、路頭に迷っていたところをハインツ主様に拾われました。ハインツ様や、このお屋敷の優しいみんなは、私の大切な家族です。だから、いつかお屋敷のみんなが怪我をしたり、病気になったりしたとき、私の治癒魔法で絶対に助けられるようになりたいんです」
少し恥ずかしくなって、私は人差し指を口元に当てて、いたずらっぽくウインクしてみせました。まだ見ぬ未来の、私の大切な人たちのために。
「……そっか。じゃあ、俺のこのノートで、ミーシャの夢を全力でサポートさせてもらうよ」
「はい! よろしくお願いします、ユウラさん!」
まだ出会ってから数日。お互いに恋愛的な特別な感情なんて何もなくて、ただの仕事仲間で、ちょっと無茶を言ってくる不思議な友達。でも、夕暮れの光の中で、新しい白いポンチョを着て私の特訓に付き合ってくれる彼への信頼が、私の中で確かに芽生え始めていました。
日が落ちて、お屋敷が夜の静寂に包まれても、私たちの楽しい特訓は続いていました。
主様の言っていた、絶対に逆らえない『魔女』や、凶悪な『四天王』、声を出すことを許されない『黒に赤い線の入ったポンチョの集団』。そんな悪意に満ちた世界のことなんて、私はすっかり忘れていました。
この楽しくて、ほのぼのとした日常が、ずっとずっと続いていくのだ。
私たちはやっぱり、この時もまだ、何も疑わずに信じ込んでいたのでした。
ご覧いただきありがとうございました。
第3話を読んでいただきありがとうございます!
今回はミーシャ視点での特訓回、そして物語のキーアイテムとなる「手作りのポンチョ」が登場しました。ここで、読者の皆様に主人公・ユウラ(仄田ユウラ)の現在の見た目や服装について補足させていただきます!
◆ ユウラの服装・ビジュアルイメージ容姿・髪型:
日本の一般的な男子高校生らしい、少し無造作で影のある黒髪。戦うためのチート能力や魔法はないため、体格も筋骨隆々ではなく、良くも悪くも「等身大の普通の少年」です。
◆服装(第3話後半〜):ハインツ様から支給された、動きやすいお屋敷の黒い雑用係の制服(新調したもの)を着用。そしてその上から、ミーシャがお詫びとしてプレゼントしてくれた【白ベースに、フードや裾の周りに青い線が入った手作りポンチョ】をすっぽりと羽織っています。
◆現在の持ち物:
現世(日本)から持ってきた、お馴染みのフード付きのパーカー(現在はポンチョの下)。そして、そのポケットに常に忍ばせているくしゃくしゃの「メモ帳」が彼の最大の武器です。




