2 火球
第二話!
楽しんで!
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◇◇◇
それから、お屋敷での雑用係としての仕事は、思った以上に多忙だった。
朝一番の薪割りに始まり、広い庭の落ち葉掃き、馬小屋の掃除、ミーシャが作ったご飯を客に出し、それからお屋敷の窓拭きをこなす。気づけば日は落ち、午後10時だ。
特別なスキルも魔法もない俺の体は、毎日夕方には鉛のように重くなった。
けれど、現世でのただ何となく学校に通っていた日々に比べれば、自分の手で働いて汗を流す生活は、どこか充実していた。
「ユウラ、ちょっと良いかね」
午後の作業の後、俺はこの豪邸の主人であるハインツ卿に呼び出された。
彼は白髪交じりの立派なひげを蓄えた初老の貴族で、厳格そうに見えるが、行き場のない俺を雇ってくれた度量のある人物だ。
主人の書斎に足を踏み入れると、壁一面に並んだ古い書物と、机の上に広げられたこの世界の地図が目に飛び込んできた。
「屋敷には慣れたかね」
「はい、ハインツ様。ミーシャが何から何まで丁寧に教えてくれるので、なんとか」
「そうか。お前が『遠い国』から記憶を失ってやってきたと聞いてな。少し、この世界について教えておこうと思ってな」
ハインツ様は、パイプに火をつけ、静かに地図を指刺した。
彼が語ってくれたこの異世界――『ルミナリア』の仕組みは、ゲームの知識しかない俺にとっては新鮮なことばかりだった。
この世界は、張り巡らされた『魔線の脈』というエネルギーによって成り立っていること。魔力を持つものはそれを引き出して様々な魔法を使えるが、持たざる凡人は、道具や平穏な暮らしを守るために貴族や騎士の庇護を必要とすること。
そして、この華やかな『ルミナリア』には、その魔力を不正に使い、目を付けた人やグループを一方的に襲撃し、人身売買や、魔力の搾取を行い、ゲーム感覚で世界を支配しようとする『黒の旅団』と呼ばれる、凶悪な集団がいること。
「グルーレイズには、夜の闇に紛れていろいろな屋敷を蹂躙する【黒に赤い線が入ったポンチョ】を羽織った不気味な集団がいてな。さらにその上には、人間を超越した圧倒的な能力を持つ【四天王】と呼ばれる化け物どもが君臨している」
ただの高校生だった俺には、想像もつかない世界の暗部だ。生唾を飲み込む俺を見て、ハインツ様はさらに声を潜め、重々しく言葉を続けた。
「だがユウラ、本当に恐ろしいのは四天王ではない。その組織の頂点、すべての黒幕として君臨する、一人の【魔女】だ」
「魔女、ですか?」
「あぁ。この世界のあらゆる魔法を極め、使いこなすと言われている災厄の象徴だ。彼女が何を目的として旅団を動かしているのかは誰にも分からん。だが、その魔女に目をつけられた者は、例外なく、魂の底から絶望させられるという……だがその手法は分かっていない」
――あらゆる魔法を使いこなす、魔女。
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、あの雨の通学路で出会った不気味な女の姿がフラッシュバックした。顔全体は隠れ、口元だけで不敵に笑っていたあの女。
『君は、絶望というものを体験したことがあるかね?』
(まさか、あの人が……?)
背筋に冷たい汗が流れる。
チート能力のない俺をこの世界に放り込んだ不審者が、もしも世界最悪の犯罪組織のトップなのだとしたら。
「特別な力を持たぬ者は、常に奪われる側に回る。それがこの世界の理だ。ユウラ、お前もこの屋敷の敷地からむやみに出るのではないぞ」
主人の言葉は重かった。
俺はただ「はい。肝に銘じます」と返すしかなかった。
◇◇◇
そんな重苦しい話を頭の隅に追いやりながら、夜中、俺は裏庭の隅へと向かった。
そこからは、パチパチと小さな火花がはじけるような音が聞こえていた。
「えいっ……!あうっ、また消えちゃいました……」
声の主はミーシャだった。
彼女はエプロンの袖をまくり上げ、手のひらの上には小さな光の球――初歩的な火の魔法を浮かべようと必死になっていた。だが、火の球はパッと明るくなった瞬間に、煙を上げてパチンと消えてしまう。彼女は炎の魔法しか使えない割には、魔法を使えない人が言うのもなんだが、弱そう。
「仕事が終わったからな。それ、また魔法の練習か?」
「あっ、ユウラさん!はい、ここで『魔法磨き』をしているんです。でも、どうしても火の球が空中で維持できなくて……」
ミーシャは少し照れくさそうに、煤のついた指先で頬を掻いた。
この世界の誰もが、魔法を感覚や『才能』で使っている。だが、チート能力も魔法もない俺は、ただ諦めるのではなく、この数日間、雑用の合間に彼女の練習を観察し、自分なりにパーカーのポケットに入っていたメモ帳に記録して(研究)を重ねていた。
「なぁ、ミーシャ。ちょっと実験に付き合ってくれないか?」
「実験、ですか?」
「ああ。今のミーシャの魔法を見ていて気が付いたんだ。……ミーシャは手元にある魔力を全部消費して魔法を出していないか?」
「はい、そうですが」
「ここからが本番。……この世界の魔力って、実は『魔力を持っていないもの』に吸い寄せられる性質があるんじゃないか?」
ミーシャは不思議そうに小首を傾げた。
俺の仮説はこうだ。魔力を持たない俺のような凡人や、ただの空気、石ころ。そういった『空っぽの器』に、魔力は磁石のようにくっつきたがる。
ミーシャが火の球を放ち、手のひらから完全に魔力を離してしまうと、火の球の魔力は周囲の「魔力のない空気」へと一気に拡散し、薄まって消えてしまうのだ。
「いいか、ミーシャ。次は火の球を作るとき、魔力を全部外に出しちゃだめだ。ほんの少しだけでいいから、手元に魔力を残しておくんだ」
「手元に、残す……?」
「そう。イメージとしては、手の魔力と放出された魔力を見えない糸でその場に引き留めておくような感じ。手に魔力を置いておけば、火の球の魔力が空気に拡散しようとするのを引き戻せる。そうすれば、消えずに空中にとどまるはずだ」
「手元に残す…引き留める……。わかりました、やってみます!」
ミーシャは一歩下がると、目を閉じて深く息を吸い込んだ。
ゆっくりと掌を前に突き出す。
「――えいっ!」
彼女の指先から、小さなオレンジ色の火の球が飛び出した。
いつもなら、ここで完全に魔力が離れてパチンと消える。だが、ミーシャは俺の言葉通り、ぐっと奥歯を噛み締め、自分の手の中に「わずかな魔力の残滓」を留まらせた。
じ、じ、と小さな音を立てながら、火の玉が空気中で静止する。
消えない。
彼女の手から十センチほど離れた空間で、火の球は綺麗な球体のまま、温かい光を放って浮き続けていた。
「わ……、わぁぁ! ユウラさん、見てください! 火の玉が、浮いてます! 消えません!」
「へっへーん。どうだっ!」
「ユウラさんすごいです!」
(……つっこんでほしかった)
ノートに成果を書き込みながら、俺は小さくガッツポーズをした。
「ユウラさんって、魔法を使えないのに凄いです! まるで大賢者様みたい!」
「よせよ、ただの雑用係だよ」
ミーシャは火の球を消すと、飛び跳ねて俺の手を握りしめ、満面の笑みを浮かべた。
彼女の手は、さっきの火の魔法の余熱で、とても温かかった。
「ワタシ、もっとガンバル」
不器用に、だけど一生懸命に魔法を紡ぐ彼女の横顔を、月明かりの光の中で見つめる。
俺のノートがあれば、この子はもっと強くなれる。この優しくて、ほのぼのとした時間を、俺の手で守っていけるかもしれない。俺は、邪魔にならないよう魔法を出す合間に聞いた。
「ミーシャは何で魔法を練習してるの?」
「いつかできる大切な人のためにです!」
ご覧いただきありがとうございました。
読んでいただきありがとうございます!
第2話でユウラの研究パートナー(?)となったヒロイン・ミーシャの服装や容姿について、少し補足させていただきます。通読時のイメージの参考になれば幸いです!
◆ ミーシャの服装・ビジュアルイメージ髪型・容姿:
少し癖のある一斤染の髪を、ショートにしています。身長はユウラの胸元に届くかどうかくらいの小柄な女の子です。
◆メイド服(豪邸の制服):
いわゆるクラシカルでなデザインですが、スカートの丈は膝上と少し短め。黒いドレスに、肩口にフリルのついた白いエプロンドレスを重ねています。勝手口での作業が多い雑用係でもあるため、袖口はいつも少しだけまくり上げられています。
◆チャームポイント(?):
魔法の練習(魔法磨き)に熱中するあまり、いつも鼻の頭や頬のどこかに、薄っすらと黒い煤がついてしまっているのが特徴です。




