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楽しい絶望の異世界輪廻!  作者: 泉月いお
第一章 お屋敷編
1/5

1 日常

第一話!

楽しんで!

10/20

  ◇◇◇


 毎日、うるさいくらいに俺のために叱ってくれる母親の声。

 不器用だけど、いつも温かい料理を作って俺の帰りを待ってくれていた。

 そんなどこにでもある平凡で、退屈で、けれど絶対的な温かさを持っている現代日本の一般家庭。


 ――それが、今終わるなんて知らずに。


  ◇◇◇


「ユウラ、まーた夜更かししてゲームばっかりして!ほら、遅刻するよ、早く学校行きなさい、ダッシュ、ダッシュ!」


 朝、階下から響く母親の怒鳴り声で、俺――仄田ユウラ(ほのだゆうら)は目を覚ました。

 いつも通りの、少し耳障りで、だけどどこか安心するような実家の朝だ。


「はいはい、分かってるよー、今行くって」


 眠い目をこすり、制服に急いで着替え、校則違反のパーカーを着る。母親の言う通り「ダッシュ」で階段を下りてリビングに行く。

 テーブルの上には、炊き立てのご飯、出汁の効いた味噌汁、それから少し焦げた甘い卵焼き。どれも美味しそう。母親はキッチンで忙しそうに動き回っている。


「ちゃんと朝ごはん食べなきゃ、あっ、あとそれから今日は雨が降るから傘を持っていきなさい」


「はいはい、母さん分かった」


 適当に返事をしながら、箸を動かす。卵焼きの、甘くて香ばしい味が口の中に広がった。

 ふと時計を見ると、高校に出発する時間からは40分ぐらい早かった。

 学校に行けば、気の合う友達がいて、くだらない話で笑いあって、好きな人はできたことがないけれど。そんな、ありふれた高校生としての日常が、これからもずっと続いていくのだと、何の疑いもなく信じていた。


 その日の放課後。

 母親の言ったとおり、空は厚く黒い雨雲に覆われ、激しい雨が地面を強くたたく。


「言われた通り、傘持ってきてよかったな……」


 ビニール傘を刺し、雨の音を聞きながら、いつもの見慣れた通学路を歩いていた、その時だった。


 突如として、目の前に魔女のような恰好をしている人が現れた。


(誰だあの人、ハロウィンってまだ来てないよな……うん、まだ来てないはず…通り過ぎるか)


「そこ行く兄さん、待ちなされ。君は、絶望というものを体験したことがあるかね?」


最悪だ、話しかけられた、絶対不審者だ。どう返そう。


「ぜ、絶望って…朝起きたら遅刻確定とか?」


それを聞き魔女(?)は不敵な笑みを浮かべる。顔全体は見えず口元しか見えない。


「あぁ、哀れな子。絶望というものを体験させたげよう」


 アスファルトの地面が、まるで水面のように波打ち、自分の体が底なしの沼に沈んでいくような奇妙な感覚。

 悲鳴を上げる間もなく、俺の体は強烈な重力に引っ張られ、真っ暗な奈落へと真っ逆さまに落ちていった。


「せいぜい、がんばれ」


  ◇◇◇


 次に目を覚ましたとき、そこはコンクリートの通学路ではなかった。

 見たこともない巨大な木々が鬱蒼(うっそう)と生い茂る、見知らぬ森の中だった。


「ここは……どこだ?」


 制服は泥で汚れ、手で握りしめえていたはずのビニール傘も、バックも消えている。手元にあるのは圏外で使えないスマホと、近くに落ちていた自分のパーカーのみ。

 訳が分からず、森の中を何時間も彷徨(さまよ)い歩き続けた。

 特別な魔法が使えるわけでもない。頭の中や、目の前に『ステータス』の画面が現れるわけでもない。


  チート能力なんてものは一つもなかった。


「これが、あの人の言う絶望か」


飢えと疲労で足がもつれ、いよいよ地面に倒れ伏し、意識を失いかけたその時。


「――大丈夫ですか!?」


鈴を転がすような、優しい声が頭にこだまする。

薄れゆく視界の中で最後に見えたのは、白いエプロンドレスを着た、小柄でかわいい少女の姿だった。


  ◇◇◇


「はい、どうぞ。温かいうちに飲んでくださいね」


 差し出された木製のお椀から、白い湯気と一緒に、肉と野菜の優しいにおいが立ち上る。

 どうやら、彼女の名前は「ミーシャ」。この街で最も大きな、とある貴族の豪邸で住み込みで働くメイドだった。倒れていた俺を助け、いわゆる『命の恩人』だ。


「ありがとう、ミーシャ。ありがとう」


「お互い様ですよ、ユウラさん。さあ、冷めないうちに」


 ミーシャはいたずらっぽく笑い、豪邸の勝手口も会談で、俺の隣にちょこんと腰かけた。

 夕日が街並みを茜色(あかねいろ)に染めていく。


「ユウラさん、行く宛てがないならこのお屋敷の雑用係として働いてみませんか?ちょうど男手が足りなくて、主人も困っていたんです。私が紹介しますから」


「えっ、いいのか……?恩人なのに、これ以上迷惑をかけるわけには――」


「迷惑だなんてそんな!私、ユウラさんとお話しできて、とっても楽しいですよ?」


 彼女は満面の笑みでそう言ってくれた。


(忘れてたけど…初対面だよね?)


 異世界に転移して、特別な力なんて何もなかったけれど、この優しいこと一緒に新しい生活を始められるなら、それも悪くない。現世の未練(恋愛無縁)を上書きするような、ささやかな幸せをかみしめていた。


10/21

  ◇◇◇


 翌日から、俺の新しい「お屋敷生活」が始まった。

ご覧いただきありがとうございました。

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