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魔女の書庫

 ──いいかい? 次に客が来たら追い返しな。

 こんなところに来るヤツはろくなもんじゃないんだから。

 見ただろう? あいつはいつだってあの有様さ。二度と家に入れちゃあならないよ。

 ……友達? アハッハッハ! お前にはそう見えたのかい?

 ああ、どっちにしろろくなもんじゃないのは確かさね。





《キミ、私の弟子を名乗るがよいよ》



 オークの男がその心中に魔法の声で唐突な勧誘文句を受け取ったのは、酒場の騒ぎの翌日のことであった。


 広大な交易都市の入り組んだ路地に少女を逃がし、騒動の原因と目され追われた異形の旅人は、むやみな抵抗をせず都市の首長の城の地下牢へと投獄された。


 明けて男が連行されたのは、高い天井まで様々な分厚い本の背表紙で埋め尽くされた重苦しい空気の部屋であった。


 中央の豪奢な文机には、この部屋の主が喜色を浮かべて頬杖をついていた。


 魔女カムララと名乗る妙齢の女の少しも隠そうとしない尊大な気配と銀の髪には、かつて暮らした老魔女の館で覚えがあった。


 魔女は男の師と愉し気に罵倒し合っていた面持ちそのままに、取り上げられていたオーク愛用の鉄の杖を宙に浮かせて差し出すと、老魔女の意地の悪さを腐して聞かせた。


 曰く、この杖の造りはあまりに粗雑であると。そして自分に預ければ、鉄の芯を編み直してもっと強大な魔力が奔るようにしてやると。


 曰く、学に明るいオークはいれども、オークの魔法使いなど古今未聞であるゆえにここへ留まって魔道を志せと。自分の弟子を名乗れば近郊の地で余計な騒動に巻き込まれず、はぐれたオークのように野垂れ死にせず済むであろうと。


 魔女は時おり喉の声で語りかけたが、扉の外の皆皆が死んでしまったかのように静かな書庫では、男の耳にもよく届いた。



「キミは本が好きだったね。ここには世に二つとない本が幾冊もあるよ。知らない文字も教えてあげよう」



 そしてオークの男がこの申し出を固辞した時、意外にも魔女は機嫌を良くしたようだった。



「そうか、あのババアは──」



 魔女の聞かせるでもない呟きは、書架の隙間に滲み込んで消えた。


 代わって重厚な部屋の扉を貫いて響いた「身請け金ならいくらでも払うって言ってんでしょうが! 首長を出しなさい首長を!」という怒声が少女ミアのものであるとすぐに判った。


 なおも言えば、ミアネイラはファランドルデニカを伴って城門前でオークの釈放を談判し、これを御しかねた衛兵によって捕縛の憂き目に遭っていた。


 自称オークの怪力の前に、実に二〇名の兵士が動員された末のことである。



《あっちの“オーク娘”にはほとほと手を焼いている》



 しかしやはり上機嫌と見て取れる様子の魔女は、扉の外の兵士を呼び留め、囚われの二人を書庫へと招き入れた。


 夜の街を騒がせた張本人らをいつの間にか立ち現れた革張りの椅子に座らせ、「ここの首長は怠け者のくせに忙しい振りが上手くて人前に出ようとしない」と言って小さく黒い器を三つ、湯気の立ち上る輝く水で満たして空中を滑らせた。



《だが彼がいれば、首長は顔を見せるかもしれない》



 魔女が切れ長の目を細めると、温い器に対して火のように熱い水に苦慮していた二人も男へ視線を向けた。



「魔女に育てられたオークか。キミとは逆だな、ファー」


「言っている意味が分からんっ!」



 ファランドルデニカはカムララの言葉を聞いてすらいないかのような様子で明朗に応え、煮えたぎる水を飲み下して大きくむせた。



 《キミは》



 カムララは蹲る“オーク娘”を見て控えめに、しかしひとしきり笑ってから、男の前へ鉄の杖をひとりでに立たせた。



 《キミは会ってみたくはないか? 世にも珍しい、ただの人間に育てられたオークだ》





 人間の古いおとぎ話において、最も愚かな者と言えば、オークである。

 オークはおとぎ話を数えるほどしか持たないが、そこで愚かであると語られる者もまた、オークである。

 ただしオークの寝物語において愚かであることはすなわち教訓の体現者であり、子らが心に宿す勇敢な先駆者なのだ。


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