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冒険者マリー・パスファインダーの日記  作者: 堂道形人
サン=モストロの城

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クロエ「アラシュはどこへ行ったの!? あと、あのねこ!」フィリップ「ねこは関係ないだろう、落ち着けクロエ」

 サルバズの部下でモーラ人のカルナールは、数日前から落ち込んでいた。あと少しで自分も船長に、一国一城の主になれたというのに……結局の所、自分はまだあの若造の下で副長をやっている。


―― ザザーン……ザパーン!


副長(・・)、海ばっか見てないでちゃんと指揮を執って下さいよ」


 背後からデル・エ・ヴァファ号の水夫の一人に声を掛けられたカルナールは、岩場に打ちつけて白く砕ける波をただ見つめたまま、ますます肩を落とす。


 ここは、サン=モストロ城の周りの荒磯。

 ザナドゥに呼ばれて市街の方へ出掛けて行ったサルバズ船長に代わり、カルナールはここで、塔から落ちた魔女の死体を探す仕事をさせられていた。

 岩場に叩きつけられて粉々になっているかも、サメに食い荒らされているかもしれない死体、そんな物を喜んで探したいと思う者が居るだろうか? それにこういう仕事は、見つけた所で手柄にはならず、見つけられなければ叱責される、割に合わないものなのだ。


 海を見つめたまましょぼくれている副長を見限り、水夫達は協力して仕事を続ける。

 ほんの少しだけ振り返った、カルナールは思う。魔女が城の最上階から落ちたのは、昨日の昼頃だというではないか。その後いくら探しても見つからないのだから、魔女の死体はもうないのだ。たぶん、サメにでも食われたのだろう。真面目に指揮など執るだけ無駄だ。


 どうすれば自分は船長になれるだろう? 自分ももうそれなりの年だ、いつまでも誰かの子分で居たくない。

 いっそサルバズがもっと出世してくれないだろうか。あの若造はザナドゥにも目を掛けられているようだし、さっさとガレオン船の船長にでもなって、代わりにヴァファ号の指揮を譲ってくれないだろうか……

 いやそれも駄目だ。自分が出世出来ないのは嫌だが、あの若造が順調に出世して行くのはもっと嫌だ。カルナールは心の底からそう思う。


 だいたいあいつはいけ好かない。

 まず、顔が男前だ。背が高く手足も長く、如何にも女に好かれそうだ。

 そのくせ喧嘩も強い。喧嘩というか強いのは剣術だが、技量も度胸も満点で、戦闘となるとそれは華やかな活躍をする。だから水夫共からも人気がある。

 全くもって頭にくる。自分だってサルバズぐらい若くて剣術が得意で度胸があって顔が良ければ、サルバズと同じくらい水夫から信頼され、女にもモテるのに。

 いや、条件が同じなら絶対自分の方が女にモテる。

 サルバズは女嫌いなのだ、噂によれば奴は少年時代、奴隷としてターミガンの富豪の家で飼われていたという。その頃に、主人の奥方にさんざんいじめられたのだとか。

 実際、休暇の時に酒場などに繰り出してみても、サルバズはぶっきらぼうな態度をとってホステスの機嫌を損ねてしまったりする。

 自分はそんな事はない。自分は、女にお世辞を言うのが得意だ。実際自分は何度も、サルバズがしらけさせた場を取り繕い再び盛り上げて来た。

 自分がサルバズと同じくらい男前だったら……しかし現実には、自分はモーラ人を百人集めて百で割ったような顔の男だ。

 全くもって、あいつはいけ好かない。


「副長、どうしたんスか」


 先程のとは別の水夫に声を掛けられ、カルナールはふと我に返る。


「私掠船も、ずいぶん集まって来たな……」


 恐ろしく下らない考え事に耽っていたカルナールは、顎を振って湾内の艦船を指し示す。それはただのごまかしだったのだが。


「……もう一度ぶちかまそうかって勢いっスね。今度はザナドゥ閣下が直々に出るって事もあるんスかね?」


 水夫はカルナールの台詞を真に受け、手庇てびさしをして湾内を見渡す。


 ここは北大陸から中太洋へ往還する航路の重要拠点で、ザナドゥとは無関係の貿易船団も多い。一方、平時にはザナドゥの支配下の艦船は各地に分散して活動しているので、ここには数隻しか居ないのだが。現在、湾内にはX字の旗を掲げる船が、目につくだけでも20隻以上居る。

 さらに湾外では哨戒艦隊の指揮官に格下げされたヘルムセンが、10隻以上の高速船を操り、サン=モストロに接近するあらゆる船を臨検しているという。


 クジャック砦沖の海戦は、味方の完敗だった。

 しかしデル・エ・ヴァファ号は不利な戦況の中で勇敢に戦い、アイビス海軍のカッター艦を撃沈する大戦果も挙げたし、自艦の被害は最小限に留めていた。

 先日は魔女の乗艦とされる同型のスループ艦をいい所まで追い詰めた。第三勢力の横槍のせいで魔女の首までは取れなかったが、結構な額の金銀をせしめてやった。ヴァファ号の水夫達は誰も、自分達が魔女に負けたとは思っていない。


 あの分け前はカルナールの懐にも入った。もちろん副長権限で他の水夫の数倍はいただいた。例によってサルバズは個人では銀貨一枚受け取らず、自分の分は船の貯蓄に回していたが……


「……ん?」


 湾内にはたくさんの外洋船が居るが、そのほとんどは北へ5km離れた港湾の周りに居る。一方、ここサン=モストロ城の200m沖にも、大小5隻の外洋船が停泊している。

 カルナールはそれが新世界へ向かう奴隷商人の船団だという事を知っていた。その船団に、サン=モストロ城の貨物ボートが近づいて樽の積み換えを行っているのだが。

 ボートに積まれた樽と樽の隙間から、青い上着を着た小さな人影が這い出し、ボートからキャラック船の舷側へと飛び移り、さらにその舷側をフナムシのように素早く這い移って、船員や作業員の見ていない所から、波除板(ブルワーク)を越えて船内へと潜り込んで行った。

 その光景をたまたま見てしまったカルナールは慌てて周りを見渡して言う。


「お、おい誰か今のを見たか!?」


 しかし、ヴァファ号の水夫達は真面目に岩陰を覗いたり、長い棒で波の打ち寄せる海面を突いたりするのに忙しく、誰もそれを見ていなかった。


「どうかしましたかい? 副長」


 何人かの水夫が作業をやめてカルナールの方を見る。

 カルナールは考える。ザナドゥの幹部に伝えるべきか? しかし自分の見間違いだったらどうなるのか。いやいや、自分は確かに見た。

 だけどあんな船団の……数百人の船員が千人を越える奴隷を乗せ新世界へ向かう航海の予定を、自分がただ見たという光景の為に妨害出来るか。不審者が乗り込んだみたいだから出航をやめて船内を捜索した方がいいと言えるか。場合によっては、既に積んだ奴隷を一度サン=モストロ城に戻さなくてはならないかもしれない。

 そういう事を、自分一人の責任で主張出来るか? 見ず知らずの他所の商人の為に?

 お断りだ。自分としては、このまま見なかった事にするのがいいだろう。

 カルナールは自分を見つめる水夫達の顔を見渡し、他に誰も、さっきの異変を見た者が居ないという事を確認してから言う。


「いや……なんでもねぇ。とにかくその死体とやらをさっさと見つけちまおう。チンタラやってるんじゃねえぞお前ら!」


 今の今まで自分がぼんやりしていた事も棚に上げ、カルナールは腕を振り回してそう怒鳴り散らす。



   ◇◇◇



 サン=モストロ市街の大門の雰囲気は、二、三日前とは一変していた。ミラレスの進言により、より洗練された検問が導入されたのだ。それは少ない兵士で圧倒的多数の先住民を支配する、征服者ならではのやり方だった。


 人の流れは入場と退場の一方通行に分けられ、取り調べは一人ずつ順番に行われる。兵士たちの働きも憲兵に見守られており、もう賄賂を取る事も無駄に威張り散らす事も許されない。



 一方、城壁内のサン=モストロ港は急な熱気に包まれていた。平たく言えば、これまで秩序を重んじて来た支配者のザナドゥが、略奪を奨励する動きに出たのだ。


「討伐は神の意思に沿うものだぞ! こんな機会滅多にねえ」

「武名を挙げたい奴は居ないか! 報酬もたっぷりだぞ」


 市街や埠頭では、ザナドゥの息のかかった手配師や、実際に略奪に行く事に決めた連中が、躍起になって人集めをしている。

 これは寄港していた商船や私掠船の船長にとっては頭の痛い事だった。海軍の強制徴募とまでは言わないが、うかうかしていると乗組員を取られてしまう。


「ええい、うちの水夫を勧誘するんじゃねえ!」

「お前らそんなシケた船で扱き使われてていいのかー!? こっちで一攫千金を掴もうじゃねえか!」


 船乗りだって、何日も何十日も陸から離れる外洋航海にはうんざりする事も多いし、一攫千金を掴みたい気持ちは誰にでもある。


 先発隊は既に成果を挙げていた。

 小型のガレー船やロングボートで密林を流れる河を遡った海賊達は、水運業に関わる地元民、イゼオン人の集落を襲い、目につく財産を、そして女子供を略奪して来た。イゼオン人の男達は水運の仕事の為何日も集落を留守にする、その事は地元の北大陸人の海賊もよく知っているのだ。



「こんな簡単な仕事はねえぞー!? 男ならこっちに来いよ、略奪がしてえとは思わねえのかー!」


 略奪して来た金品や怯える女子供を乗せた、ロングボートの海賊が、港内に停泊している大型船の横を、煽りながら通り過ぎて行く。


「ま、度胸がねえならお勧めはしないが。ハーッハッハッハ!」


 大型船プロスペラス(・・・・・・)号の水夫達は、そんな高笑いする海賊達を腹立たしげに見つめていた。


「畜生、言いたい放題言いやがって」

「こっちの正体を知ったら、あんにゃろうだってぶったまげるに違いねえのに」


 プロスペラス号は、三本のマストに縦帆を張り巡らせたスクーナー帆装の船だった。船尾楼の高いその船体はまるでガレオン船のようなのだが、マストはまるで切り詰めたように低めだ。ジブの数こそ多いのだが、この船は沿岸航海を得意とする大型商船に違いないと、船乗りなら誰もが思うだろう。


「あんなので満足とは惨めな野郎共だな」

「あ、えー、マッキントッシュ()


 そこにやって来たマッキントッシュは、この大船の船長には似つかわしくない、若い男だった。背は低く痩せているが、肩や足腰にはしっかりと筋肉のついた、()()()()()精悍な男だ。



 フォルコン号を追跡していたマカーティは、そのスループ艦の推定位置がサン=モストロより数十キロ東な上、そこから動く様子がないのを見て、宿敵フレデリクは自艦を離れ別の船か陸路でサン=モストロ、ザナドゥの本拠地に向かったのだと考えた。マカーティは以前フレデリクがそうしてレイヴンの首都ブレイビスを襲撃し人々を恐怖の坩堝るつぼに叩き落としたのを知っているのだ。

 マカーティは洋上で水夫達に大号令を掛け、グレイウルフ号の大改造を始めた。

 マストの最上部は取り外されて短くなった。四角帆を支える帆桁(ヤード)は外され、下部に固定された三角帆用の長桁(アンテナ)にとって代わられた。

 両舷の下層砲門についていた板は、明かり取り風の小窓に改装された。各窓には日除けのカーテンが提げられていて、中の大砲が見えないようになっている。

 舷側の模様には泥が塗りつけられ、いかにも古い、どうという事のない商船に見えるようになっている。船尾楼の窓には小さな棚が打ちつけられ、花まで飾ってある。


 こうして、半月前にクジャック砦で強奪されたばかりのグレイバロンという名前だったガレオン型私掠船は、元レイヴン海軍艦長のありえない力技でスクーナー型商船に偽装し、サン=モストロ港に堂々と入港する事に成功していた。


「この港にはもうすぐ血の雨が降る。フレデリクがそうするだろう。その時には奴らもいい獲物になる……お前らも牙を研いでおけよ」


 中太洋へ向かう商船プロスペラス号船長、マッキントッシュ卿は、水夫達にそうつぶやいて背中を向け、船尾楼の方へと歩き去る。


「俺達の船長は凄いぜ、全くこんな奴の下で働くのは初めてだ」

「腕が鳴るなあ、あのチンケな悪党共にも吠え面かかせてやる」


 残された水夫達は、貴族の船長に仕える行儀のいい水夫のふりをしてうなずき合い、甲板の掃除に戻る。


「ゴホ、ゴホ……ああ、お前は最高だマイルズ、俺はお前の為に死ぬ、フレデリクもザナドゥも討ち取って死ぬ」


 その様子を反対舷の舷側板の下にうずくまって見ていた痩せた初老の男、ボルダーは、浅い咳を堪えながら、誰にも聞こえない声で呟く。

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