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冒険者マリー・パスファインダーの日記  作者: 堂道形人
サン=モストロの城

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猫「……動いた」カイヴァーン「行こう!」

先月は更新が少なくなってしまいました……代わりと言ってはなんですが「マリー・パスファインダーの冒険と航海 資料室」には作者のセルフパロディ、「【読み物】ハワード王立養育院」が公開されています。宜しければこちらも是非ご覧ください……

 表向きは繊維商人のザバルザは、奴隷用の服を大量生産する事でも儲けを得ていたが、本業は奴隷商人で、奴隷の売り買いに直接関わっていた。


「これ以上はまからねえ、誰に聞いても同じだぜ」

「おのれ、足元を見おって……」


 奴隷輸送船団を率いるカッサールは、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。

 彼等が前回、新世界へと奴隷を運び、戻って来るまでの間に、この辺りの奴隷市場の様子が一変していたのだ。いくつもの取引先が姿を消していて、奴隷が仕入れられなくなっていた。そしてサン=モストロでは、奴隷の価格が性別や世代を問わず倍以上になっている。


「今は商品が不足してんだ、お前らが買わないなら別の奴が買うだけさ。さあ、用がないなら帰りな」


 もっと離れた港の零細業者や海賊の元を回れば、安く売っている所もあるかもしれない。しかしそれは何週間、はたまた何か月かかるかわからないし、それで数が揃うという保証もない。


「わかった。その値で買う。出来るだけ早く商品を積ませてくれ」



   ◇◇◇



 サン=モストロ城の地下桟橋に、ラゴンバの成人男性のグループが整列させられていた。狡猾な奴隷商人達は彼等を数十人単位で牢から出し、船へと移す。


「一人ずつ、渡し板を渡れ。妙な動きをすれば、反逆者とみなす。反逆者は決して自由になれない。わかったか!」


 現場の監督はアイビス語でそう叫び、それを通訳のラゴンバに訳させる。奴隷商人の中にもラゴンバが居ない訳ではない。自分の氏族の為、敵対部族を倒す為、彼等に手を貸す者も居る。もちろん、ただ利益の為に働く者も。


「抵抗は無駄だからやめろ、大人しく一人ずつ船に乗れ、悪く思わないでくれ、俺にも生活があるんだ」


 通訳の言葉を聞き、船に乗せられようとしている人々の中に居たクワクは項垂うなだれる。

 マリー・パスファインダーは戻って来なかった。そして、自分にもここから連れ出される時が来てしまった。行き先に待っているのは、自由ではないだろう。

 それでもクワクは、あの少女を恨んだり、食事を与えた事を悔いたりするつもりはなかった。


「一人ずつだそうだ。一人ずつ。一人ずつ乗れ」


 クワクはいくつかのラゴンバの言葉で、仲間達にそう繰り返してから、自ら先頭を切って渡し板を渡り、ガレー船の甲板に乗り込む。


―― アンタ達は生き延びないといけないんだよ、生きて、生きて、生き倒すんだ、それが本当の勝利だ


 マリーがあの時言っていた言葉。クワクはそれを何度も思い出していた。

 だけどそれは正しいのか。それは奴隷商人共の願いと一緒なのではないのか。奴隷が従順に長く生きて働き続ける方が、奴らにとって都合がいいだけなのではないか? クワクは自分の中に、そういう疑念を持つ人格がある事も否定する事が出来なかった。


「もたもたするな、さっさと歩け!」


 ガレー船の兵士が、マスケット銃の銃口でクワクの背中を小突いて来る。クワクはうつむき、兵士に指示されるままに甲板の真ん中の方へ歩いて行く。


「ここに座れ!」


 甲板の真ん中には売り手と買い手の奴隷商人の手先が居て、連れて来られた男達の品定めをしていた。買い手は反抗的な奴隷が居ないか目を光らせているし、売り手はそんな商品(・・)が出ないよう目を光らせている。

 クワクは大人しく指示された場所に腰を下ろす。後からついて来た仲間達も、その横に座らされ、並べられて行く。


 買い手の奴隷商人の主計係の男は、手にした石板(スレート)にチョークで、桟橋からガレー船に移されて行く奴隷の数とその等級を簡単に書き留めて行く。


 今ガレー船に乗せられていたのは、成人男性だけだった。女性や子供は別の便で運ばれる予定だ。

 農民、漁師、職人、水路を熟知した船頭、貴重な技術を持つ熟練工、家族を支える父親……誰かの為、居なくてはならない男達が皆一様に、自由を奪われた単純労働者、奴隷として海へと連れ去られて行く。



   ◇◇◇



 ガレー船はほんの200m程の航海の後、サン=モストロ城の沖に停泊しているキャラック船へ横づけし、その乗客(・・)を移して行く。今度は甲板に座らせるのではない、複数の小さな区画に分けられた、下層甲板へと詰め込むのだ。


 船団長のカッサールは、そのキャラック船の船尾楼の上で作業を見つめていた。そこに先程の主計係の男が近づいて行き、石板(スレート)を見せながら言う。


「今の所反抗的な奴隷は居ません、皆大人しく指示に従ってます。だけど年寄りの奴隷が6人と、痩せた病気の奴隷が5人居ますね」


 カッサールの横には、同じく検分に来ていたザバルザが居て、渋面を作り、カッサールの主計係の男をにらみつけていた。主計係も負けじとにらみ返す。


「問題の11人は後ろに分けてあります。あれは余程値引きするんでなけりゃ買わない方がいい」

「爺さんは仕方ねえが、病気は言いがかりだ、痩せてるからって病気とは限らねえだろう、難癖をつけるな!」


 苛立つザバルザに、カッサールは苦笑いをして首を振りながら告げる。


「新世界の農園主や鉱山主が求めているのは、出されたトウモロコシの粥をがつがつ食べる元気な奴隷だ、それが出来ないのは反抗的な奴隷と一緒でね……向こうでは安く買い叩かれる。悪いが、その11人は返品させてもらおう」


 一度船の上まで連れて来た奴隷を城に戻したくなかったザバルザは、主計係の男を横目で睨みつけたまま、忌々しげに絞り出す。


「じゃあその11人は半額にしてやる、それでいいだろう」

「ふむ? そこまで言うのなら……」


 今後の取引の事も考えると、あまり相手を怒らせるのも得策ではない、そう考えたカッサールがそこで妥協し、ザバルザとの握手、つまり契約を成立させようとした、その刹那。


「いいんですか船団長、奴隷が品不足ってのは嘘だって噂がありますぜ」


 甲板に居た、キャラック船の航海長を務める年配の水夫が、むっつりとそう言った。ザバルザはすぐにそちらに振り向くが、航海長は先程の主計係と違う筋骨隆々で顔も腕も傷跡だらけの恐ろしい男だったので、にらむ事までは出来なかった。

 別の水夫も、口を挟む。


「俺たちが見てる間にも、ガレー船やロングボートが何度も来て城に新しい奴隷を運び込んでました、市街の港の方でも取引が行われてるって噂もありますよ」

「いい加減な事を言うな、ぶちのめすぞ!?」


 ザバルザは顔を真っ赤にして、今発言した水夫に迫ろうとするが、豪傑の航海長に立ち塞がれ、逆に睨みつけられて足をすくませる。


「サ、サン=モストロ港では奴隷取引は禁じられている、だから取引は港の外のここで行っているのだ、聖職者共がうるさいからな、お前らもわかっているはずだ! 秩序を重んじるザナドゥ様が、そんな事を許す訳がないだろう!」


 カッサールとその部下達に白い目を向けられながら、ザバルザはそう、唾を飛ばして抗議する。



 実際の所、奴隷が品不足というのは半分本当で半分嘘だ。

 南大陸西岸の、サン=モストロ以外の大きな取引所が軒並み閉鎖され奴隷を買える場所が減ったのは本当だが、これを好機と見た()()()()は、奴隷狩りの大号令を掛けた。

 今後しばらくは、入荷する奴隷の量が大幅に増える事が予想されている。だからザバルザなどの売り手は、出来るだけ多くの奴隷を売りさば倉庫(・・)を空けておかなくてはならない。

 この動きはザナドゥとその勢力に多大な利益をもたらすだろう。しかしこんな好機であれば他の野心的な奴隷商人が、ザナドゥの秩序の外で奴隷取引をしようと考える事はあるかもしれない。



 ザバルザの態度を怪しいと感じたカッサールは、彼の船の航海長に向き直る。


「ガヴィオーラ、その噂は誰から聞いた?」

「あっしは出入りの補給商人から聞きやした」「お、俺は荷役の船頭から!」


 航海長が、先程の水夫がそう答える。本当は二人共、別の水夫からの又聞きで聞いたのだが。

 カッサールは余裕の笑みを浮かべ、ザバルザの横顔に視線を向ける。


「危うく損をする所だったな……君の奴隷を買うのは止めようか」

「待て! ここまで連れて来させて買わねえなんて事許さねえぞ、そんな事をするならお前らには二度と奴隷を売らねえ!」

「前回の倍以上だぞ、いくら何でもこの値段は高過ぎる、実際に船を動かして奴隷共を新世界に運ぶ、人の苦労を何だと思っているのだ!」


 互いに向き直ったザバルザとカッサールはそう言い合った後、暫くの間睨み合いを続ける。

 先に口を開いたのは、ザバルザだった。


「わかった。お前の言い値と俺の言い値、その中間でどうだ。それでも嫌なら好きにしろ」


 ザバルザはそう、呪詛じゅそするようにつぶやく。

 カッサールは思う。さすがにこれ以上ザバルザを怒らせたら、サン=モストロ城の砲台から砲弾の雨が飛んで来るかもしれない。


「ありがとう、ザバルザ殿!」


 ザバルザに後悔する隙を与えず、カッサールはその手を掴み取る。彼等の世界では、これで契約が成立する。

 最初の言い値よりだいぶ安くさせたカッサールは満面に笑みを浮かべていた。一方土壇場で値切られたザバルザは渋面を作っていたが、前回の取引の5割増の値段で奴隷を買わせたのだから、一定の満足はしていた。


 次の、瞬間。


―― ドォォン!!


 キャラック船の下層甲板から凄まじい轟音が響いた。船体は激しく揺れ、船に慣れないザバルザは転倒し尻餅をつく。航海者のカッサールやその部下達はどうにかこらえるが、ブルワークなどにしがみつかなくてはならなかった。


「何だ!? 火元はどこだ、厨房の火事か!?」


 航海長の大男は昇降口に向かってそう叫ぶ。その昇降口からは、たちまち()()が立ち昇って来た。そこに飛び込もうとしていた水夫も躊躇し、後ずさりをする。

 そして黒煙渦巻く昇降口からは、連行中だった奴隷とそれを連行していた武装兵士が飛び出して来る。


「ひえっ、何だ何だ!?」

「おたおた、お助けぇ!」


―― ドォン! ドドォォン!


 下層甲板からは尚も立て続けに爆音が轟き、黒煙はますます勢いを増す。


「船が沈むぞ! 早く逃げろー!」


 階下で誰かがそう甲高く叫ぶのを聞いたザバルザは、目の色を変えて接舷しているガレー船の方へと駆け出す。カッサールと主計係も、すぐにそれを追う。

 彼等のように簡単には船を捨てられない航海長は、甲板に踏み止まる。


「非直の奴も全員起きろ、とにかく火を消せ、下層甲板! 火元はどこなんだ、答えろ!」


 航海長は昇降口に近づくが、そこからはおびただしい黒煙と、血相を変えた水夫と奴隷が駆け上がって来るので、降りることが出来ない。


「かっ、火薬庫に火が移るぞ、誰かー! 助けてくれー!」


 さらには階下から、誰かが裏返ったような声でそう叫ぶ……周りの水夫達はそれを聞いてますますパニックを起こす。しかし航海長は、まだ冷静だった。


「奴隷共は大事な商品だ、優先してガレー船に誘導しろ、水夫は残れ、避難は奴隷が先だ!」


 航海長の叫び声を聞いて仕事を思い出した水夫達は、言われた通り奴隷の避難誘導を始める。


「もっ、元の船に戻れ、早くしろ!」


 今まさに奴隷船に詰め込まれ新世界へと連れて行かれそうになっていた男達は、水夫達の誘導でガレー船へと戻されて行く。


―― ドゴォォーン!! ドドゴゴォォン!!


 再び、下層甲板から幾つもの爆音が轟き、船体が激しく振動する。その音は先程より大きくなっていて、火薬に誘爆しているというのも、ただの悪い冗談とも思えない。


「こいつから離れろ、早く、早く!」

「待て、消火を手伝えよ! おい!」


 巻き込まれたくないガレー船の船乗りが叫び、渡し板を外そうとするのを、キャラック船の船乗りが阻止してもみ合いになる。


「はっ、早く離れるんだ、いや待てまだ金を受け取っていない、カッサール、早く代金をよこせ」

「わわ、私はまだ奴隷を受け取っていない、そんな事より消火を手伝え!」

「奴隷はもう渡しただろう、金を払え!」


 先に避難していたザバルザとカッサールも掴み合いをしていた。

 キャラック船の航海長は、どうにか彼の水夫達をまとめて消火活動を始めようとしたのだが。


「奴隷を全員積みなおしたらこの船は離れる、それまでにお前らもどうするか決めろ、悪く思うなよ!」


 ガレー船の船長はそう叫ぶ。

 その間に、現場には火薬と黒煙の臭いに加えて、木材が燃焼する時の臭いが立ち込め始めていた。


「消火より船の金庫を持って来い、それから船長室の私の私物だ、早くこっちに移せ! グズグズするなー!」


 さらには、船団長のカッサールまでもがそう叫ぶ。雇い主に逆らう訳にも行かない航海長はかぶりを振り、水夫達に指示する。


「聞いた通りだ……消火より先に、船の金と船団長の私物をガレー船に移すぞ」

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― 新着の感想 ―
混乱に乗じて奴隷に船を占拠させるのかな? これは魔女の手口ですわ それにしても奴隷商人も運搬業も悪いやっちゃ
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