イスマエル「……困ったものです」アドルフ「後で言って聞かせておけ」
更新が遅れて申し訳ありません! ジュリアン編は前回の話で一段落したのですが、話をまとめておけば良かったと、今後悔しています……この連載が終わったら、順番を入れ替えて章立てしようかな……
さて、ジュリアン達がエンリケ島でゲスピノッサ親分のの隠し財産を見つけたのは、マリーがザナドゥの娘ユッタをサン=モストロ城に連れて来るのより、一週間くらい前の事でした。
サン=モストロに戻ります……
サン=モストロ城は港から南西に数キロ離れた場所にある。その城に、明け方から二隻のガレー船が接近していた。ここでは港湾内での取り回しや、内陸の水路への交通を担う船である。
二隻は今までにもこの城に来る事があった。だが数十本の櫂を持つこの船が来るのは、食料や洗濯物を運ぶ為などではない。
船には漕ぎ手と船員の他に、大勢の人々が乗っていた。
その一部は兵士である。マスケット銃や槍、それに鞭などを持ち、甲板に座らされている大勢の捕虜達に睨みを効かせている。
兵士達はこれまで幾度となく奴隷の運搬に従事してきたが、今日はいつもより緊張していた。
今まで、奴隷の多くはラゴンバの豪族が差し出して来た者がほとんどだった。敗れた対立部族の戦士や、税を払えなかった者達を、金品と引き換えに引き取っていたのだ。
しかし今日連れて来られた者達は、奴隷商人達が直接武力で集落を襲い、略取して来たものだという。ほとんどが女子供で、大人の男は数える程しか居ない。
城の沖合には三隻のキャラック船と二隻のカラベル船も投錨している。あと少し北へ行けばサン=モストロ港があるのに、わざわざこちらに泊めているそれは、新世界へ向かう奴隷商人の船だ。
ザナドゥにしろその前のゲスピノッサにしろ、建前上は奴隷取引などしていない事になっている。だからその積み出しは正規の港ではなく、このような別の場所で行われる。その事はほとんど、公然の秘密である。
サン=モストロ城に漕ぎ寄せて来た喫水の浅いガレー船は、城の地下の桟橋に直接船尾を横づけする。
そして桟橋との間に渡し板が取り付けられると、まずは桟橋の方から、ザナドゥに仕えるラゴンバの男が板を渡ってガレー船の甲板に乗り込み、大声で告げる。
「お前達の父親や夫や兄弟は、水路を通る船主から荷物を盗んだ! その補償が出来るまで、お前達にはここで働いてもらう。抵抗すれば、父親や夫や兄弟の罪が、もっと重くなる」
今日ここに連れて来られた多くの捕虜にとって、その話は初耳だった。彼らは何の説明もなく、ただ突然武器を持った兵士に襲撃され抵抗も出来ず無理やり連れて来られたのだ。
捕虜の一人の女が、男に近づこうとする。
「御願い、村に返して、家畜も畑も放り出したまま連れて来られたのよ、支払いが必要なら村に残された物を何でもあげるから!」
「許可なく口をきくな!」
―― ビシィ!
ザナドゥの部下の男は、鞭を振るって威嚇し、捕虜を遠ざける。
桟橋に控えている兵士達にも、緊張が走る。戦争や借金の為に捕虜となった人間と違い、ただ無理やり連れて来られた人々というのは、力づくで抵抗を始める可能性もより高いのだ。
「は、早くしろ!」
ただ一人甲板に乗り込んでいた男は、やや声を震わせて叫ぶ。
捕虜達は少しの間、顔を見合わせていた。そして誰からともなく小さく首を振り、立ち上がって桟橋の方へと歩き出す。
◇◇◇
その城より北東に5km離れた城壁都市、城と同じ名前を持つサン=モストロ市。赤道に程近いこの街は現在、世界で最も南にある北大陸風の都市と呼んでもよい場所だった。
教会も百年以上に渡り、この地の北大陸商人や本国からの寄進を集め増築されて来た立派なものだ。特に熱帯の木々よりも高くそびえるその石造りの尖塔は、北大陸人の誇りそのものと言える。
布教の希望に情熱を燃やす若い宣教師達が、ここを根城に迷路のようなジャングルの水路へと挑んで行った時代もある。
しかし現在、ここにそんな宣教師はほとんど残っていない。皆、もっと楽に布教出来て多くの見返りが見込める中太洋、さらにはセリカの地へと向かって行った。
「諸君。我々が今、この聖なる教会の屋根の下に集っているのは、目先の金貨のためだろうか? 断じて、そうではない。我々がこの不毛な熱帯の泥濘に足を浸し、病の影に怯えながらも留まっているのは、この地に神の秩序と、正当な利益を築くためだ」
一週間ほど前には、現在の実質的な支配者であるザナドゥが初めて姿を現す舞台となった、大講堂の講壇。そこには今、ザナドゥではない、背の高い細身の男が立っていた。
「しかし今。その秩序の根幹が揺らいでいる……ラランジェに巣食う魔女。諸君も知っているはずだ、邪法を用いてラゴンバの民をたぶらかし、神が定めた理を壊そうとしている悪魔の事を」
男の名はアドルフ。ザナドゥの幹部の一人だという。
「ザナドゥ閣下は仰せられた。慎みなき者は、存在そのものが罪である、と」
アドルフはザナドゥに成り代わり、演説をしていた。聴衆はザナドゥの支配下にある海賊や武器商人、象牙皮革商人、そして奴隷商人達である。それも先日の会議室に集めたような陸上の船主や出資者達ではなく、現場で働く航海士や兵士達だ。
「我々は慈悲を以て彼等を導いて来た。獣のように浅ましく原野を這いまわる代わりに、秩序ある農場や鉱山で働く事が出来るように。正しい神の名を唱え、死後の地獄から救われるように」
アドルフの不思議とよく通る声が、大講堂の広く高い天井に木霊し、鳴り響く。その熱を帯びた演説に、聴衆は真剣に耳を傾けていた。
「魔女はそのラゴンバ共を洗脳し、血に飢えた殺戮者へと作り変えようとしている。奴らは今や単なる野蛮人ではない。神の敵、悪魔の意志を体現する軍勢となって、このサン=モストロの門前に迫っている!」
聴衆のほとんどは、アドルフはザナドゥの言葉を代弁しているのだと信じていた。アドルフの演説には奇妙な魔力が、邪な説得力があった。
「そしてこの地図が見えるか。この血管のように這い回る忌々しい水路、光を拒む密林……これこそが不浄の証だ。秩序を理解せぬイゼオン人、イツェル人が、この泥水の中で我々を嘲笑っている。彼らは精霊などという迷信を盾に、神の代理人たる我々の正当な通行を妨げ、成人儀礼と称した略奪を楽しんでいる」
アドルフは講壇の背後に掲げられた、大きな帆布の地図を指し示す。それはこの辺り一帯の海岸からラグーン、内陸の水路までを描いた、犀角海岸の広域図だ。
「あのような汚泥の中に、これ以上の時間を、あるいは一滴の慈悲を注ぐ価値があると思うか? 否! 我々に必要なのは取引ではない、浄化だ」
実のところアドルフには最初、このような演説をするつもりは毛頭なかった。ゲスピノッサのような愚か者とは違う自分は、これからも身分を隠し、安全圏から全てを掌握し続けるつもりだった。
しかし敗軍の将、ヘルムセンの言葉をアドルフは無視出来なかった。負け犬の妄言だと切り捨ててしまうのは簡単だが、それは知性のある人間のする事ではない。アドルフは、そう考えた。
「魔女の穢れに染まったラゴンバの芽は、それが根を張る前に、土ごと焼き払わねばならない。毒に侵された部位を切り捨てるのだ、もしもその毒が全身に回っているとするならば……すべてを浄化し、一から耕し直す。それこそが、選ばれし我々に課せられた真の開拓である」
それでも本来なら、こういう事はザナドゥ本人、つまりロタールに言わせるべきだ。あれは、その為にわざわざ用意した道化なのだから。しかしここで、予想外の問題が起きた。
魔女が偽ザナドゥという餌に食いついたのは計画通りの事だったのだが、少々、食いが良過ぎた。魔女はわざわざ、道化のロタールに言う事をきかせる為に抑えていたロタールの養女を誘拐し、警備を掻い潜りサン=モストロ城まで連れて来たのである。
ロタールは様々な言い訳を繰り返しているが、アドルフとしては、もうロタールは信用出来ないと考えざるを得ない。本来ならこんな愚かな木偶の坊には焼き鏝でも押し付けて、魔女とどんな密約をしたのか洗いざらい吐かせるべきなのだが。
しかしロタールの外見は今、必要なのだ。クジャック砦の敗戦で浮足立っていた味方の船主達も、雄大な偉丈夫であるザナドゥの姿を見ただけでぴたりと動揺を止めた。
アドルフも心の中では浅ましい事だと思ってはいるが、今すぐにロタールを拷問する事は出来ない……少なくとも、代わりになれる役者を見つけるまで、ロタールは生かしておく他ない。
「立ち上がるのだ。魔女を殺し、その傲慢な首をこの教会の門に晒さなくてはならない。思い知らせるのだ。神を解さぬラゴンバ共に、言葉ではなく、火と銃弾をもって畏怖という名の信仰を教え込まなくてはならない」
アドルフは、ザナドゥの言葉を伝える者として、仕方なく演説をしていた。
しかしそんなアドルフの演説は、熱量を伴って聴衆に伝わっていた。先程からアドルフが何かを断じる度に、海賊や奴隷商人の間からはどよめきと喝采が起こっている。
「諸君の船に、商館に、そしてその魂に、かつてないほどの純粋な力が宿されるように。我らが掲げるのは、私利私欲という名の陳腐な灯火などではない。この混沌を焼き尽くし、真の静寂をもたらす、神の鉄槌なのだ!」
アドルフがそう言い切ると、一際大きな喝采が大講堂を満たし、木霊する。
「魔女に死を!」「ラゴンバ共に躾を!」
「勝利を……それが我等の偉大なる支配者、ザナドゥ閣下の御意志だ」
アドルフは最後をそう締めくくり、講壇を降りる。
講壇の後ろには、表向きはアドルフの同僚という事になっている眼帯の男イスマエルと、異教徒であるはずのナームヴァルのサルバズが控えていた。
「良い演説でしたよ、荒くれ共もついて行くに違いありません」
「悪質な冗談はやめろ、虫酸が走る」
講壇から歩み去るアドルフに、イスマエルは背後から囁く。アドルフは振り向きもせず、無表情で応じる。
「あの、俺も感動しました、きっとあいつら、海賊共の胸にも響いたと思います」
数歩遅れて二人に続いていたサルバズは、もっと大きな声で、はっきりとアドルフの背中に告げた。
「だけどあの、イゼオンや、イツェルは大丈夫ですかね、あいつらはどちらかと言うと俺達海洋商人の味方ですし、その……海賊共があまり酷い事をしないかと」
普段は外洋の探索を担当しており、陸の事には疎いサルバズは、アドルフの横顔を追い掛けながら心配顔でそう続ける。
アドルフは振り向きもせず、ただ黙って廊下を歩いて行く。





