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冒険者マリー・パスファインダーの日記  作者: 堂道形人
サン=モストロの城

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318/322

トゥーヴァー「ごめんよマリー、アタシの情報古かったみたい。アッハハ」

マリーはかつて、海賊と呼ばれながら奴隷商人と戦っていた英雄、ハバリーナ号の船長トゥーヴァー(幽霊)から、こう聞かされておりました。

「奴隷を解放するんだから、奴隷は味方になってくれると普通思うだろ? だけど奴隷商人を攻撃した時に最初に反撃して来るのは奴隷だったりするんだよ。人質を取られている奴、単に他の奴隷より良い扱いを求めてる奴。酷い時は奴隷商人を神の使いだと信じ込まされてる事まである」


サン=モストロ城の奴隷の為の区画に忍び込んでいた、マリーのその後の話です。

「身体が弱っている時には、柔らかく煮た物を食べるべきなのだが」


 クワクはそう言いながら有り合わせの食料を、洗った手拭いに乗せて差し出す。マリーは衣類の山の上に腹這いで寝転んだまま、目の色を変えて手を伸ばす。


「かたじけねぇ……モグ、モグ……かたじけねぇ」


 左肩の激痛に耐えながら、マリーは意地汚くデーツを、乾パンを、干鰯を右手で掴み、口の中に押し込み、噛み砕く。


「うえっ、ゲホッ……かたじけねぇ……」


 むせかえり、口元からこぼれ床に落ちた食べ物も、マリーは拾って口に入れる。そして素焼きの鉢に口をつけ、水を飲む。


「慌てるな、落ち着いて食え、落ちたのはやめておけ」

「食える、モグ、三秒、モグ、セーフ」


 マリーのあまりの無作法ぶりに、周りの男達も苦笑いを漏らす。


「あんな怪我で、よくこんなに食べられるな」

「きっと優れた戦士なんだ」「当然だ、キャプテンマリーだぞ」


「みんな、キャプテンマリーの周りに集まってはだめだ、兵士に気づかれるぞ」


 男達の一人が、集まっていた仲間達に解散を促す。言葉ではなく気持ちで察した仲間達は、何事もなかったかのように、マリーの周りから離れる。



   ◇◇◇



 やがて区画に兵士がやって来て、クワク達はヤシ(パーム)油を絞る作業をする為、下の階へと連れ出されて行く。

 兵士達は奴隷の数を数え一人も欠けてない事を確認すると、区画の鉄格子を施錠しなおす。この鍵は全部の区画で共通の物を使っているのだが、警備側は鍵が一つ足りなくなっている事にまだ気づいてない。


 ともかく区画に残っているのは、衣類の山の中に隠れて眠っているマリー、一人となった。


 時間が、過ぎて行く。



   ◇◇◇



 西側の窓から、直射日光が差し込んでいる。高さ2m、30cm角の窓から落ちる光が、積み上げられた衣類の山の一角を照らす。

 マリーは、その光の刺激で目を覚ました。


「いでっ……いでで」


 不用意に動こうとしたマリーは痛みに顔を顰め、自分が左肩を撃たれていた事を思い出す。

 そもそも、ここはどこか? 自分はどうやってここに来たのか……マリーはそれを、逆順で思い出す。そうだ。自分は食べ物を貰って食べた、それをくれたのは優しそうなラゴンバのおじさんで、おじさんに会う為自分は城の外壁の小窓からここに侵入した、外を逃げるのはもっと危険だと思えたから。


 寝返りを打ったマリーは、ぶち猫の事を思い出す。何という無茶に巻き込んでしまったのか。向こうは無事に逃げられただろうか。


 マリーは恐る恐る、左手を軽く握る。鋭い痛みが左肩から全身へと突き抜ける。肘を曲げるのもとても困難だ。しかしそれで、左手は自分の目でも見られるようになった。手を開く、握る、開く、握る。指を二本だけ立てる。手首を回す、軽く振る……

 左手を降ろし、天井を見上げ、ぼんやりと。マリーは考える。



 フルベンゲンの山中で撃たれた傷も、タイルバンの処刑場で暴発した閃光弾による傷も、数日後にはほとんど治り、数週間後には傷跡も消えてしまった。

 その時は深く考えず、綺麗に治って良かったと考えていたのだが。普通は大きな怪我をすれば、傷跡はもっと長く残るのではないか。

 自分はここで何日も眠っていたのだろうか? 全くそうは思えない、自分が撃たれたのはまだほんの数時間前だ。


 それなのに、こんなに手が動かせていいものなのか?


 自分には何か特別な力があるとでもいうのか。そんな訳はない、これもきっと、いつもの魔法のせいだ。

 船酔い知らずの魔法。左腕がろくに動かない状態でも石煉瓦の壁を二階まで登れて、2m逆さに落ちても右腕だけで受け身が取れる、化け物の魔法。

 きっとこの魔法には、怪物めいた再生能力まであるのだ。


 それは女の子のお肌を保護する機能だと、ちょっとした引っ掻き傷などを、跡も残さず綺麗に治す為のものだと、アイリは言うかもしれない。

 だけど違う。これは着用者を死をも恐れぬ狂戦士にしてしまう、禍々しい魔法なのだ。マリーはそう考える。

 事実、自分の精神も知らないうちにこの魔法に蝕まれていた。例え撃たれても、死ななければ大丈夫だと、どんな怪我をしても生きてさえいれば綺麗に治ると、そんな風に考える狂気の芽が、心の片隅で育っていたのだ。


 トリスタンの弟は、友人達は、この魔法の為に帰らぬ人となったという。

 その後トリスタンとアイリは、この魔法の利用を平和用途に限る為、あの有り得ない衣装以外には使わない事に決めていた。

 しかし自分はアイリに心配を掛け、彼女からこの魔法を引き出してしまった。アイリはこの小さな友人を今すぐ死なせるくらいならと思い、船酔い知らずの魔法を渋々掛けてくれた。

 だが自分はそれを悪用し、益々アイリに心配を掛けるようになってしまった。


 マリーは拳を強く握る。肩の痛みが、激しく重く、全身を駆け巡る。握った拳が震え、脂汗が吹き出すような心地がする。

 涙が、じわりと目尻にみて、こぼれ落ちる。


「ごめん……なさい……」


 マリーは小さく呟いた。もうやめよう、自分が死んだらアイリは悲しむ。

 金輪際、危険な事はしない。一刻も早くフォルコン号に乗って、真っ直ぐにヴィタリスに帰ろう。そして二度とそこを離れず、土と共に生きよう。マリーはそう心に誓う。


 今している事が、終わったら。



「あー、今日も良く働いた、早く戻って休みたいなあー!」

「無駄口をきくな、囚人!」


 廊下の方から人の声がする。続いてピシリと、鞭の音が。マリーは素早くシーツを被る。


「いてえっ、叩く事ないだろ……」


 その声はマリーに食事をくれたラゴンバのリーダーのものだった。マリーはまだクワクというその名を聞いていない。彼は監視の兵士に鞭で叩かれながら、接近を知らせてくれたのだ。


―― カチャリ。ギィィ


 兵士が鍵を開け格子戸を開くと、囚人達は大人しく一列になって戸をくぐる。兵士は最後に扉を施錠し直し、去って行く。

 ラゴンバ達のうち、事情を察する事が出来た者はクワクに目配せをし、廊下を見張る者とクワクの周りに集まる者に別れる。事情を察しきれない者は、その辺りの壁にもたれて寝そべるなどして、普段通りに装う。

 そしてクワクは、マリーの篭る衣類の山の近くに来て片膝をついてささやく。


「船長……マリー船長、具合はどうだ? 大丈夫、今は俺達しか居ない」


 クワクはラゴンバの言葉ではなく、アイビス語でそう言った。マリーは衣類の山から顔を出す。


「あ……ありがとう、私は」

「やっぱりあんたはマリー船長だ、教えてくれ船長、俺達はザナドゥの手下から、この城で真面目に働けば、自分達の身分を買い戻す事が出来ると言われている」


 マリーが何か言う前に。クワクは片膝をついたまま、真剣な、そして悲痛な表情でまくしたてる。


「実際俺がここに来てから今までの間にも、多くの仲間がこの城から連れ出されて行った、奴らは、ザナドゥはそれを、借金を返し終わったからだと言っていた、だけど俺はそれを疑っている、教えてくれマリー船長、あいつらはどこに行った?」

「えっ……あの、えぇ……それは……」

「嘘なんだろう? 解放されたなんて……働き者も怠け者も一緒くたに連れ出されてるんだ、男も女も大人も子供も、妙な印をつけられて……本当は、どこに連れて行かれたんだ」


 片膝をついたままうつむくクワクの目元から、一滴の雫が石煉瓦の床に滴る。

 マリーは、何も答える事が出来なかった。

 クワクは顔を上げ、稚拙だが流暢な早口のアイビス語で続ける。


「マリー船長、あんたは以前ゲスピノッサを倒し、たくさんのラゴンバを救った。そして今度はザナドゥと戦っているんだろう? 給水係の奴から聞いた、あんたがザナドゥの居室を襲撃したらしいって、ザナドゥはその、倒せなかったらしいけど……奴ら血眼になって外を探してるぞ、ハハッ、あんたがまさかまだ城内に居るとは思ってない!」


 クワクの目尻にはまだ涙が光っていたが、その表情は笑顔に輝いていた。

 マリーは。衣類の山の中から、ゆっくりと身を起こす。左肩に激痛が走るのを悟られないよう、眉間をしかめながら。


「マリー船長。俺も一緒に戦う、後ろに居る仲間達も、そして他の部屋に収監されてる連中だって、きっとマリー船長の為に戦うはずだ、今日一日で俺はたくさんの秘密の仲間に情報を伝えた、信じてくれ、この城に監禁されているラゴンバは、みんなあんたの味方だ!」


 作業の最中の、ほんの少しの隙に。洗濯物の回収や洗い上がった衣類の配布の時に。交代で使われる食堂での隠しメッセージに……サン=モストロ城の囚人のラゴンバ達は分断され管理されながら、様々な方法を駆使して密かに連絡を取り合っていた。


 マリーは口元に、笑みを浮かべる。


「あのターミガンの老人も仲間か? あいつが置いてった牢の鍵がこれだ、あんたに返すよ、たぶん他の牢もこの鍵で開くはずだ。俺は……このまま奴らの言いなりになるくらいなら死を選ぶ。キャプテンマリー、あんたの為に命懸けで戦う! さあ、いつやるんだ? 何から始める?」

「ありがとう……貴方の名前は?」

「え、名前? 俺の名前なんて……クワクだ、波打ち際(ムビゾリ)のクワク」

「私は、マリー・パスファインダー」


 衣類の山から立ち上がったマリーは、クワクの右手を両手でしっかりと掴み、上下に大きく振り回してから、その左手の鍵を受け取る。

 クワクは胸を張る。いきなりだったので少し戸惑ってしまったが、英雄であるキャプテンマリーから名前を聞いて貰えた事は、クワクにとって誇らしかった。

 周りのラゴンバ達も集まって来る。鉄格子の向こうを見張っていた者達も、皆、何かの期待に胸を膨らませ、マリーの周りに近づく。

 そんな仲間達を見回し、クワクは興奮を抑え、声を落として叫ぶ。


「奴隷なんて御免だ、そうだろ!? 皆、立ち上がろう、マリー船長と共に戦おう、この戦いに命を賭けよう!」


 クワクはそう、ラゴンバの言葉で話す。しかし彼等の言葉は一部の共通語を除いては統一されておらず、完全には通じない。奴隷商人達の策略でモザイクのように様々な部族を混ぜて集められたこの集団の中では、猶更なおさらだ。

 それでもラゴンバの男達は、方々で話し出す。少しでも話の通じる相手を探し、互いに事情を伝えようとする。


「やっぱりキャプテンマリーだ」「ゲスピノッサを倒した英雄だ」

「俺達も戦うべきだ」「女子供を助け出そう」


 その瞬間。マリーは区画を閉ざす鉄格子の扉に駆け寄り、クワクから返された鍵で素早く解錠し、扉を押してその隙間から外に出ると、すぐに扉を閉めた。


「……マリー船長!?」


 仲間達と意思疎通を図っていたクワクは、顔色を変えて扉に駆け寄る。


―― カチャリ……


 しかしマリーは鉄格子の扉を施錠し直し、鍵を抜いてしまった。


「何故だ……何故だ船長!?」

「だめなんだよ……命なんか賭けちゃいけない」


 マリーは外から鉄格子を握り締めたまま、アイビス語とラゴンバの共通単語の混ざった言葉で、下を向きながら、言葉を絞り出す。


「アンタ達は生き延びないといけないんだよ、生きて、生きて、生き倒すんだ、それが本当の勝利だ」



 かつてのマリキータ島での戦い。死を恐れる必要のなくなった骸骨戦士、ハバリーナ号の水夫達は、倒されても起き上がって奴隷商人に向かって行く。

 だが彼らに解放された囚人達はそうは行かない。だからマリーは叫んだ、戦わないでくれと。

 けれども囚人の一部は、マリー船長の名を唱えながら、骸骨戦士に加勢して奴隷商人達と戦った。

 囚人達は何の武器も持っていなかった。敵が落とした剣を拾えた者も居たが、多くの男達はそのへんの石や板切れを手に、カトラスやマスケット銃で武装した兵士に立ち向かって行ったのだ。

 その結果、奴隷商人達は降伏し鎮圧されたが、助かったはずの囚人の中からも、数人の戦死者が出てしまった。



 マリーは鉄格子から手を離す。

 今も。クワク達の手には棒切れ一つない。看守共は囚人が反抗に利用出来そうな物を持たないよう、目を光らせているのだろう。


「ここを開けるんだマリー船長……信じてくれ、俺達はあんたの為に戦う……」


 鉄格子に取りつき、看守に気づかれないよう声を落としながら必死に訴えるクワクの顔を、マリーは見る事が出来なかった。

 サン=モストロ城は外から見ても堅牢だが内部もまた堅牢だ、マスケット銃で武装した守備兵も大勢居る。何度もここに忍び込んだマリーには良く解っていた。

 このまま反乱を起こしても、多くの囚人が無為に殺されるだけだ。それでこの城を制圧出来た所で、それが何になるのか。


「奴等とはアタシが戦う、アンタは生きろ」


 マリーはほんの少しだけ顔を上げ、鉄格子を掴むクワクの手を見る……その爪と指の間には、鮮やかな青い塗料が付着している。あれはきっと高価な染料である、インディゴを生産する作業でついたものだろう。

 やはりクワクは死んではいけない。

 彼は故郷に戻り奴隷商人達の手口や危険性を仲間達に伝えるべきだし、ここで身に着けた技術や職能を伝播し、ラゴンバの経済力の強化に寄与するべきだ。


「待てマリー船長……ここを開けろ……!」

「そこで待っていて、きっと……きっと上手くやるから」


 鉄格子を掴んで必死に訴えるクワクに、マリーはそう呟くように応えながら、廊下の反対側に座り込み慣れた手つきで短銃に弾を込ると、それを太腿のストラップに戻し、廊下の向こうの暗がりへと消えて行く。

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生身の人間は撃たれたら死んでしまうからな… でも一人でやるにしてもここから逆転の目あるのか?
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