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冒険者マリー・パスファインダーの日記  作者: 堂道形人
サン=モストロの城

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317/320

ハリシャ「だ……大丈夫です、私、何があってもジュリアンを嫌いになったりしませんから!」

ここでジュリアン君の方の話もさせて下さい……サン=モストロから南へ数百km離れたエンリケ島、マリーがサン=モストロ城で撃たれるより数日前の話です。

ゲスピノッサの奥歯の暗号を解き島にやって来たジュリアン一行は島の南の探検に出掛けました。そこでエキセントリックな未開の部族? に襲撃されたジュリアンは単身、彼等を追跡します。

やがてジュリアンが辿り着いたのは、サトウキビ畑と製糖施設、さらにはラム酒用の蒸留器、地下貯蔵庫などの設備を持つ、整然とした隠れ里でした。

そこで8年熟成の芳醇にして滑らか、しかしパンチ力は地上最強クラスの極上ダークラムを一気飲みしてしまったジュリアンは、たちまち意識を奪われたのです……これはその、続きの話。

(※この物語は17世紀風の世界を舞台にしたフィクションです。現実世界での未成年飲酒は、だめ、絶対。お酒は二十歳になってから。)

「起きて……起きて!」


 誰かに揺り動かされる感覚に、ジュリアンは目を覚ます。腕と足が痛い……ここは一体どこだ、自分は何をしているのか……


 意識を取り戻したジュリアンは、自分の手足が丸太にくくりつけられ、逆さに吊るされている事に気付く。


「な……何だこれ!?」

「シーッ、静かに」


 ジュリアンは傍らを見る。自分に語り掛けていたのは、自分と同じ年くらいのラゴンバの少女だった。少女は片言のコルジア語で続ける。


「自由にするから、早く逃げて」


 少女はジュリアンの手足を結んでいた丸太の片側を担ぎ、力を籠めて持ち上げ、地面に降ろす。ジュリアンの背中が地面に着き、手足の痛みが収まる。少女は丸太のもう片側も、台から外す。

 先ほどまでジュリアンが吊るされていた場所の下には、組み上げられた薪の山があった。

 少女に手足の縄も解いてもらったジュリアンは、立ち上がって辺りを見回す。ここはあの秘密の集落の片隅のようだった。まばらな漆喰の建物の向こう、集落の中央の方からは、太鼓のリズムも聞こえて来る。


「大人達が儀式をしてるのよ、貴方を丸焼きにして食べるんだって、私はそんなの見たくないの、早く逃げて、そしてここには二度と来ないで」


 少女はコルジア語の混ざったラゴンバの言葉で、必死にそう訴えながらジュリアンの背中を押す。

 ジュリアンは次第に意識をなくす前の出来事を思い出して来た。そうだ、自分は地下貯蔵庫に並んだ樽の一つの中身を思い切り飲んでしまったのだ。あれは相当に強い酒だった。


「あの、ありがとう。(おいら)はジュリアン。君は?」

「……ネィマ。さあ、早く」


 ネィマと名乗った少女はそう急かすが、ジュリアンはなかなか動かず、自分を結んでいた縄と、薪の山を見下ろしていた。

 ジュリアンは見抜いていた。自分を縛っていた縄を、ネィマは一瞬で解いた。それは船乗りが使うような、しかるべき場所を引けば簡単に解ける高度な結び方をしていたからだろう。

 薪だって、ろくに乾いてないやつを無造作に積んであるだけだ。

 この村の人々は、手の込んだ芝居をしている。


「御願い、大人に見つかったら大変な事になるわ、私も叱られる、早く逃げて」

「……あー、わかった。だけどネィマは本当に大丈夫なのか」

「わっ、私は大丈夫、いいから早く行って!」


 ジュリアンは言われた通り、ネィマの示す背の高い藪を切り開いた細い道に向かうふりをするが。途中で足を止めてネィマの方に振り返る。


「ネィマは、ゲスピノッサを見た事がある? ゲスピノッサ。フワーッハッハッハー」


 ジュリアンはそう言ってネィマに横顔を見せ、顎がもっと長い、という手振りをしながら、ゲスピノッサがよくしていたように、天を仰いで笑うふりをする。

 ネィマは、その仕草を見てプッと吹き出すが、慌ててその口を抑え、ジュリアンの元に駆け寄ってその背中を押す。


「いいから、早く行ってってば!」

「だーれだ今俺の顎が長いって言った奴は、白状しろい、お前か兄弟」


 しかしジュリアンはゲスピノッサの物真似を続ける。ネィマはそれでもジュリアンの背中を押そうとしていたが、途中から笑いだしてしまった。


「やめてったら、私が叱られるのよ、キャハ、キャハハ」

「俺ぁゲスピノッサ、天下の大悪党よ、茶色くなったバナナじゃねえぞー」


 ジュリアンは確信する。やはりゲスピノッサはこの、秘密のラゴンバの集落に関わっていたのだ。

 もちろんジュリアンも、かつてゲスピノッサが配下のキャラック船に、拘束された人々を積み込んでいた事を忘れた訳ではない。

 ではこの集落は何なのか? ゲスピノッサは自分に何をさせようというのか。ジュリアンは尚もゲスピノッサの物真似でラゴンバの少女を笑わせつつ、思いを馳せる。


「御願いだから帰って、キャハ、貴方食べられちゃうんだから!」

「わかった、わかったよ、また来るぜネィマ」

「だめだったら、もう来ないで!」


 笑いながら背中を押す少女に送り出され、ジュリアンは今度こそ村を去る。ジュリアンはふと思う。どうも自分は、素面しらふではないらしい。



   ◇◇◇



「……船長!」


 密林の中、獣道のような微かに確認出来る道を走ったジュリアンは、ネイホフ達を見つけた。辛抱強く待っていたネイホフは、すぐにジュリアンに駆け寄る。


「遅くなってごめんよ、待っててくれたんだな」

「当たり前でしょう、何か見つかりましたかい」

「多分、ゲスピノッサ親分の宝を見つけた」

「えええっ!?」


 ジュリアンは、ラゴンバの隠れ里の事、彼らが独自に生産している砂糖とラム酒の事、その食人族のような芝居の事を小声で話す。


「この妙なお面もそういう事か……ですがゲスピノッサ親分はなぜそんな事を?」

「ネイホフこそ何か知らないの? 親分とそういう話をした事はなかったの」

「この島に来たのも初めてですよ。前にもお話した通り、俺はゲスピノッサ親分の手下の中じゃ新参者の方だったんです、バーグホンド号の副船長なんで近くには居ましたが……あの人がねぇ」


 ネイホフは神妙な顔で腕組みをして空を見上げる。

 ハリシャは小首を傾げてジュリアンとネイホフを交互に見る。ここには他にバーグホンド号の四人の水夫も居て、互いに顔を見合わせている。それから、イソルダの仲間の二人の冒険好きなホステスも。


 そして港で雇ったラゴンバの一人の通訳と二人のガイド。彼らは探検隊の面々から少し離れて、気まずそうに小声で何か話していた。

 ジュリアンは密かに、ハリシャにささやく。


「あいつら、何の話してた?」

「そろそろ帰らせなきゃ、って言うのは聞こえたわ」


 ハリシャはそう、ジュリアンにささやき返す。ラゴンバの言葉が少し解るハリシャは、最初から二人のガイドの言葉に聞き耳を立てていたのだ。このガイドもそういう事か。密かに合点したジュリアンは、苦笑いをして肩を揺らす。


「思ってたのとは違ったけど、親分の宝は本当にあったんだ。でもまあ、バーグホンド号で持って帰るのには、ちょっと重過ぎるな」



 ゲスピノッサ親分の宝は、自力でサトウキビを生産し精糖まで成し遂げる、高度な技術を持ったラゴンバの隠れ里だった。

 奴隷商人の元締めであり、自らも活発に奴隷の売り買いを行っていたゲスピノッサ親分が、何故そんな事をしていたのかは解らない。

 しかし、この隠れ里でこうした技術や知識を身に着けたラゴンバが故郷に戻り、それを伝播して行ったらどうなるか。少なくとも彼らの族長が、労働力である人々を奴隷商人に売り渡す事は止められるのではないか。

 そうなればいつの日かゲスピノッサも奴隷を買えなくなるが、他の奴隷商人も奴隷を買えなくなる。

 奴隷商人の中の奴隷商人、悪の帝王ゲスピノッサ。武器を売りつけて奴隷を買う三角貿易の一翼を担う傍ら、彼はそんな50年後の世界を思い描いていたのではないか。

 全ては自分の思い込みかもしれないが……ジュリアンは、そう考えた。



―― タターン……



 ジュリアンが銃声を聞いたのはその瞬間だった。聞きなれない音に驚いた鳥達が、悲鳴を上げて梢から飛び出す。遠くからと言えば、遠くからの銃声だが……それはちょうど、あの集落の方から聞こえてきたような気もする。


「今度は何の芝居なの? こういう事もよくあるのか?」


 ラゴンバの通訳に向き直ったジュリアンは真顔でそう告げる。この通訳は探検の最初から、密林には未開の危険な部族が住んでいる、彼らの縄張りに近づいてはいけない、そう繰り返していた。


「ああ……あー、あれはきっと警告、早く帰らないと捕まえて食べてしまうぞと」

「村から! 銃声が聞こえるのは、いつもの事か!?」


 ジュリアンはまだ余所見がちにウソを並べる通訳の男に詰め寄る。


「わ……わからない」


 やや年配の通訳の男は、それだけ答えてうつむいてしまう。代わりに若い密林ガイドの男がジュリアンの前に進み出て、彼等の言葉でジュリアンに訴える。


「今の銃声は何だ、村で何か見たか? 小さな北の族長、教えてくれ」


 ジュリアンはガイドを、次いでハリシャを見つめる。ハリシャはうなずいて応える。


「村の事を心配してるみたい、やっぱり良く知ってるのよ、村の事」

「よし、ネイホフ、ハッサン、カルロス、ジャン、バーティ、行ってみよう。ハリシャとグラサ、スカイカはガイドと一緒にここに残って」


 そしてジュリアンは副船長と水夫四人を連れ、ハリシャとホステス二人を残して偵察に行こうとするが、たちまちそのホステス二人に両側から組みつかれる。


「ちょっとジュリアン! あたしらの事も兵士として扱えって言ってるだろ!」

「こんな所に貰ったばかりの奥さんを置いていくのも、有り得ないよ!」

「わぷッ、ちょっ、離せって、解った、じゃあ全員で行こう!」


 自分より20cmは背の高い女体に挟まれてもがくジュリアンを見て、ハリシャはただ苦笑いをしていた。

 花嫁修業をしていた時に、イソルダにも散々言われたのだ。


―― ネイホフも言ってたしあたしもそう思うけどね、ジュリアンは本当に女にモテるよ、例え結婚してようと……その事は覚悟しておかないといけないね

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早速浮気とは感心しないぞジュリアン君
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