ピレス「こんな海賊、見た事ねえ」フォス「逆に超大物に見えるぜ……」
身寄りのない孤児のユッタが、ロタールをパパと呼びつきまとうようになった本当の理由。マリーはそれに打ちのめされていました。
自分なんて実の父を、姦計を用いて異国の港に置き去りにして来たのに……
さて、読者の皆様はご存じの本物のザナドゥの方は何をしているのでしょう? そしてザナドゥの正体を知るジュリアンはどこに? 今回はそのお話です。
サン=モストロ市街の、教会の聖堂の奥、回廊沿いに設けられた会食室。そこは広いが簡素な空間で、40人が同時に座れる長いテーブルが二つある。
ここには今多くの商人や船主など、当地の有力者達が集められていた。
テーブルの端に立っていたのは、眼鏡をかけた長身の人物、アドルフだった。ザナドゥの配下の中でも上位クラスで、若手幹部の中では筆頭と目されている。
「ザナドゥ閣下よりの言葉を伝える」
しかし実際には、この男こそが真の「ザナドゥ」である。サン=モストロ城に道化を立たせておく一方で、実際に交易圏を支配しているのはこの男アドルフ、その人なのだ。
「ラランジェの事は必ず始末をつけなくてはならないが、今は直接手を下すより大事な事がある。奴等は愚かにも、奴隷交易を禁止した」
「そ、その事なのだがアドルフ殿、近隣の王族、豪族も動揺している、奴等も耳が早いのだ、他のラゴンバ勢力が、ラランジェ側に着くのではないかと……」
商人の一人が挙手をしてそう発言すると、有力者達の間にどよめきが広がる。その事は誰もが危惧していたのだ。
アドルフは、冷ややかに笑った。
「そうはならないと閣下もおっしゃった。犀角海岸で奴隷の出荷が止まった。新世界の企業家達はそれで諦めるのかね? 否。彼らは奴隷を必要としている。例え値段が二倍となっても、売っている所から買わなくてはならないのだ」
アドルフの発言で、どよめきがますます大きくなる。
「そうだ、今はピンチではない、チャンスだ」
「ライバルが勝手に商売を止めたんだ、皆で値段を吊り上げるべきだ」
有力者達はそのような事を言い合っていたが、再びアドルフが口を開こうとすると、皆静まる。
「そして我々はより多くの金を得て、洗練された武器をたくさん仕入れるという訳だ。その武器を購入出来る部族が強くなり、対立する敵部族を倒し、金と女を略奪し、男を奴隷として売り飛ばし、ますます強くなる……それがいつも通りの、浅ましい事実だ」
アドルフはそう言って苦笑いを浮かべ、軽く両手を上げて小さく首を振る。
「時間が経てば経つ程、我々も、我々と取引するラゴンバの部族も強くなる。ラランジェも遅かれ早かれ奴隷取引を再開するだろう、もしそうしないのなら? 蹂躙するだけだ」
アドルフは、背後の衝立に広げられた、犀角海岸からサン=モストロまでの、広域地図を指し示す。
「この地域にはうんざりする程豊富な水と、それによって作られた厄介な密林、道の建設を妨げる無数の水路、そしてイゼオン人やイツェル人など、文明を拒む野蛮で残虐な盗っ人部族が多く住んでいる」
イゼオン人やイツェル人というのは、このジャングルの河川を根城にする、カヌーやボートの扱いに長けた水運の民の事だった。彼らは実際この広大な熱帯雨林の物流インフラを一手に担っている。
商人達も彼らとの付き合いを強いられているのだが、北大陸の基準から見ると彼らは気まぐれで当てにならない事が多い。そして彼らは河川と水にまつわる独自の精霊信仰を持っており、北大陸の神を受け付けない。
「この者達を駆逐する。奴等は余所者を嫌い、そのボートを見れば襲撃して物資を奪い家畜を殺す、神の教えにも耳を貸さない、唾棄すべき悪魔の手先だ」
アドルフは忌々しいという表情でそう言い放つ。有力者達の多くが相槌を打つ。しかし中には不安を感じる者も居た。
「しかし、奴らなしで物流を支えるのは困難だ、貴方の言うように、ジャングルの水路はまるで迷宮だ、季節によっても姿を変えるし、他のラゴンバ共だって、水運の民を頼らなくては家畜を運ぶ事も出来ない」
「だからこそ潰すのだ」
立ち上がり実情を訴えた商人に、アドルフは冷徹に応じる。
商人達は戦慄する。アドルフの、否ザナドゥの言っている事は解る。ラゴンバから力を奪い、さらに自分達の言いなりになるよう仕向けるには、それがいいのだろう。
そして実際、水運の民の性分には商人達も手を焼いていた。誰しも荷物を盗まれた事があったし、それは一度や二度ではなかった。
それは彼等水運の民にしてみれば、縄張りを示す行為であり、余所者に対する腕試しでもあり、彼等の中での冒険でもある。水運の民の少年は、余所者のカヌーから荷物を盗み出してみせる事で勇気と機略を示し、部族の中で成人である事を認められたりもするのだ。
しかしそんな事情は荷物を盗まれた荷主にとっては、腸が煮えくり返るような怒りの種でしかない。
とは言え水運の民はそこまで邪悪な連中でもない、人を傷つける事は好まないし持たざる者には親切で、何事も懇願されると断れず、気まぐれだがよく働く。
そしてジャングルの水路を行き来する方法を誰よりも良く知っている。彼らが本気で漕ぐカヌーは、北大陸人の海兵隊のボートのように速く、洗練されている。
地図も持たない彼らが水路を迷わずに進めるのは、水の精霊の声を聞いているからだと言う者も居る。
「簡単に出来るだろうか……水上での奴らの力は侮れない、弓矢や鉄砲も使うし、3ポンド砲を載せたカヌーを操る部族まで居るぞ」
「狙うのは集落だ」
アドルフは冷たく言い放つ。議場が、静まる。
「自分達の力を過信している、奴らの集落は何ら防備を備えてない……正義は我らにあるのだ、奴らに荷物を盗まれた事のない荷主は居るのかね? それはラゴンバ共も同じだ、潜在的に奴らへの憎しみを抱えている部族も居る……そういう部族を唆し、留守を狙って集落を攻め落とし、人質を取って男共を釣り出して、圧倒的な火力を以って殲滅する。それを繰り返す」
有力者達は密かに視線だけを動かして、互いの顔を見合い、その肚を探り合う。誰もがこの、アドルフの、いやザナドゥの指示に従うのか? この仕置に同意しない、或いは逆らう者は居ないのか?
「わ、私はそれが良いと思う、水運の民の男共は神の愛を受け付けず、女子供を奴隷のように扱き使うのだ」
「俺は何度も荷物を盗まれている、補償を求めても野蛮な屁理屈を並べるばかり、こちらばかり我慢させられる筋合いはない!」
やがて有力者達は、口々にそう言い合い始める。
◇◇◇
一方、マリーが城の最上階でザナドゥと出会うより、何日か前の事。
サン=モストロより南南東、800km近く離れた海上に、一つの離島、エンリケ島がある。アンドリニアの航海者によって発見されるまでここは無人島だったのだが、現在は砦が建設され、小規模のサトウキビ農園が並ぶ植民地となっていた。
この島の領有を宣言していたアンドリニアはコルジアに併呑されており、コルジアは新世界での植民地経営に忙殺されていて、こんな小さな離島まで手が回せない。その為島は実質的には、ゲスピノッサのような有力海賊に支配されてしまっていた。そして現在はほとんど権力の空白地として、半ば忘れられている。
バーグホンド号は、そこにやって来た。小さな港湾に押しかけて投錨したピンネース船はボートを降ろし、たくさんの水夫、そして着飾った女達を桟橋へと運んで来る。
島の住民はそんな異様な光景に圧倒されていた。こんな泰西洋上の小さな島に、今度はどんな海賊が、何の目的でやって来たのか? 誰もがそう、戦慄した。
バーグホンド号の海賊たちは見た目も恐ろしい者ばかりだった。一口に海賊と言ってもその実態には様々なものがあるが、この船の水夫達には、ごく最近の不利な戦いを生き延び、負傷した者がたくさん居た。
本格派のスカーフェイスの海賊達を目にした地元の零細海賊達は、上陸して来た船長らしき壮士に対し、下手に出る。
「まずはようこそ客人、この港はゲスピノッサ親分が治める、悪党を差別しない懐の深い島ですぜ、どうぞ贔屓にしてやっておくんなさい……親分はコルジア海軍に捕まったと聞いて久しいですが」
「随分情報が遅れてんな。まあいい、船長! ちょっと来ていただけませんか、港の代表者が来てますぜ!」
その壮士、ネイホフは振り向いて彼の船長を呼ぶ。島の海賊達は、どんないかつい大海賊が出て来るのかと戦慄したが。やって来たのは、腰のベルトに二丁の小型拳銃、サッシュに一丁の短銃を提げた小柄な美少年だった。ただしその左目の下には、横一文字に深く大きな、縫合された傷跡がある。
「ちょっとネイホフ、あたしらにここに住めっていうのかい!?」
こちらへやって来るその美少年を追い越し、駆け寄って来た派手な化粧をした老婆が、ネイホフの袖を掴み、ニンマリと口を開けて笑う。
「ここはあたしらにゃ地味過ぎるわ、もっと大きな町はなかったのかねぇ?」
「堪忍してよ、イソルダ」
後から追いついて来た少年船長、ジュリアンは苦笑いをして肩をすくめる。ジュリアンの背後にはジュリアンより少しだけ背の高い、モーラの美少女、ハリシャが付き従っている。
「早速で悪いけどそこの酒場を買い取りたい。従業員にはそのままついて来て貰えたら助かるよ」
ジュリアンはいきなり波止場にある酒場を指差し、事もなげにそう言った。次の瞬間、さらにその後からついて来ていた、北大陸人の女達が喝采を上げる。
「やったわ、イソルダの店、復活よ!」
「今度はここで稼ぐのね、私達!」
その波止場に面した酒場の中から、一人の男が慌てて飛び出して来る。男は北大陸人の父とラゴンバの母を持つ、この店の持ち主だった。
「ちょ、ちょっと待て! 何を勝手な話をしてるんだ、ここは俺の店だぞ、この店が欲しいなら、金貨1500枚寄越せ!」
「いいよ、商談成立だ。そのままバーテンを続けてくれるなら給料も出すぜ」
「え……えぇ……」
港の海賊達は唖然としていた。彼等の中には、若い下っ端だった頃に、伝説的なホステスであるイソルダの店で酒を飲んだ事のある者が、何人も居た。比較的近年、コインブラ砦の店で他のホステスを相手に酒を飲んだ者も居る。
ゲスピノッサがイソルダ達を庇護していた事は、この港の海賊で知らない者は居なかった。そんな女達を船に乗せて連れて来れる船長、それはきっとゲスピノッサの大幹部、或いは後継者に違いないのだが。
「船の上なんかじゃなく、ここでもう一度店をやってよ、イソルダ。客は俺達がきっと連れて来るから」
後ろから来たホステス達の方を向いていたジュリアンは、もう一度振り返ってイソルダの方を見る。
イソルダは。左手の小指で、目尻を拭う。
「ククク……ガキのくせに泣かせるんじゃないよ。こんなババアをまだ働かせようだなんて、アンタはゲスピノッサの坊やにも負けない、ワルの中のワルだねぇ」





