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冒険者マリー・パスファインダーの日記  作者: 堂道形人
サン=モストロの城

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303/322

猫「残念だが、拙者の体は一つしかない」

資料室にサン=モストロの城、町、港のイメージ図を掲載しました。興味のある方は御覧いただければ幸いです。

https://ncode.syosetu.com/n5000fp/65

 今すぐに父の元へ連れて行けと言い張るユッタをどうにか説得したサリームは、一人でアジトを出ようとする。サリームはさらに、ぶち猫も連れて行こうとするのだが、留守番に残されるナーディルが思いの他抵抗する。


「姉……待てサリーム、俺をこんな子供と二人きりにしないでくれ、どうしてもと言うならぶち猫は置いて行ってくれ」

「ザナドゥに会う為には猫が必要なんじゃ、ほんとに」

「こっちだってあの子供のお守りはぶち猫が居ないと無理だ、頼むよサリーム!」


 サリームは結局、ぶち猫を置いて行く事になってしまった。出がけにもう一度サリームが振り向いてアジトの中を覗いてみると、ぶち猫はもうユッタに捕まり抱え込まれて、両頬をむにむにと引っ張られていた。



 城壁外の町にはまだ、あちらこちらの辻に警備団の男達がたむろしていた。その面構えはむしろ、取り締まりを受けるべきならず者そのものに見えるのだが。


「ザナドゥ様の取り締まりだ、面をよく見せやがれ!」

「怪しい奴だな、みかじめ料は払っているのかぁ!?」


 住人を捕まえては小銭をせびっているような手合いも多い警備団を、サリームは建物の屋根から見下ろし、避けて進む。

 そうして、いくつかの辻を越える途中。


「何だぁその荷物はよォ? 移民の女がそんな物を持っているのは怪しいよなぁあ!?」

「な、何が怪しいのよ、モーラの反物よ、うちの大事な商品なんだから!」


 警備団の男が通りすがりの女性に因縁をつけ、持っていた絹の反物を奪い取ろうとしているのを、サリームは見た。

 サリームの目には、女性はお針子であるように見えた。あの反物はきっと仕事で預かったものだ、それを奪われてしまっては大変な事になる。


「あぁ!? 抵抗するんじゃねえ寄越せこるるぁ!」

「やめて、返して!!」


 こんな事をしている場合ではないのだが、とても見て見ぬふりは出来ない、サリームがそう思い屋根から飛び降りようと思った、次の瞬間。


―― ドドドッ、ドドッ!


 恐ろしく静かに、かつ素早く迫っていた騎兵が、絹の反物を奪う事に夢中になっていた男の背中を、馬上から激しく鞭で打った。


―― ビシイッ!!


「ぐはぁぁ!?」


 打たれた男のシャツの背中が破れ、軽い血飛沫が飛ぶ程の一撃。のけぞって倒れる男の手から、絹の反物が離れる。

 一緒に居た警備団の男達が色めき立つ。


「なっ、何をする、警備団に逆らうのか、」

「ザナドゥが貴様などに略奪を許したのか」


 しかし馬上の男の威風は、警備団の三下達の及ぶ所ではなかった。幾多の実戦経験に裏打ちされた、深みのある声が、辺りの喧噪を鎮める。


「俺は復讐団(リベンジャーズ)のミラレス。文句があるなら訴えてみるがいい、ザナドゥに必要なのは、命懸けで魔女を追っている我等か、ザナドゥの名を笠に着て仕事もせず略奪に精を出す貴様らか」


 ミラレスと名乗った騎兵の背後に、さらに追いついて来た3騎の騎兵が並ぶ。いずれも数多の戦場を駆け抜けて来た百戦錬磨のつわものである事は、その場に居た誰の目にも見て取れた。

 人数では騎兵を上回る警備団のごろつき共は、本能的に察する。この騎兵は本物の強者で、自分達では敵わない。


「あっ……当たり前だこの野郎、何が復讐団だ、ただで済むと思うなよ!?」


 警備団の男達は、ミラレスに打ち倒された男を両側から支えて立たせると、捨て台詞と憎しみの視線を残し、退散して行く。



 ミラレスは今、痛みを抱えていた。虜囚となって自らの背中をさんざん鞭で打たれたのは昨日の事だったのだ。しかしそれを知っているのは、彼の仲間の騎兵達だけだった。

 彼らはミラレスに傷が癒えるまで宿で休むよう勧めたが、ミラレスは聞かず、即座に、既にサン=モストロ周辺に潜伏しているらしい、魔女の捜索に加わっていたのである。


 警備団に反物を奪われそうになっていた女性は、ミラレスのただならぬ気配に圧倒され、それを拾い上げられずにいた。それを見たミラレスは、背中の痛みに顔をしかめながら馬を降り、反物を拾い上げて、女性に突き出す。


「あ……ありがとうございます、旦那」


 何度も頭を下げる女性からすぐに目を逸らし、ミラレスは再び馬の背に這い上がり、去って行く。



 屋根の上で一部始終を見ていたサリームはため息をつく。

 あの強くて真面目そうな人は、復讐団(リベンジャーズ)のミラレスと名乗っていた。命懸けで魔女を追っているとも……出来ればその魔女というのが、自分以外の誰かの事であって欲しい。サリームはそう思った。



   ◇◇◇



 海上からの人目のある海岸沿いを避け、森の中を突破したサリームはサン=モストロ城の西の外壁の前まで来た。この城に来るのも三度目となった。

 最初に来た時は誰も居なかった城の外周にも、定期的に見張りの兵士が回って来るようになっていた。これでは城の外壁に接近するのも容易ではない。

 サリームは見回りの来る間隔をしばらく観察した後、その隙をついて外壁へと駆け寄り、ヤモリのように数メートル這い上がって、幅30cm程しかない換気と明り取りの為の小さな開口部から、城内に侵入する。


 城内を走る竪坑の事を知る者は少なく、施設管理をする何人かの使用人を除けば、侵入者のサリームくらいしか居ない。



   ◇◇◇



 その、少し後。


「デル・エ・ヴァファ号の船長、サルバズだ! 火急の知らせがある、執事のアドルフさんに取り次いでくれ!」


 その浅黒い美貌を持つ若者は、サン=モストロ城の東側、地下の海に直結した石畳の岸壁に、部下達が漕ぐボートから飛び移る。


「来訪なら正規の手順を踏め、お前が来る事など聞いていないぞ!」


 城の兵士達はただちにその行く手を塞ぐ。ボートからはさらに4人ばかり、サルバズの部下も岸壁に飛び移って来る。


「魔女と戦っているんだろう、大事な情報が幾つもあるんだ、手遅れになったら貴様らのせいだぞ!? 早く取り次げ!」

「なっ、何と言われようと約束のない者は通せん、イスマエル氏に知らせるから、お前らはボートに留まって待て!」


 男達が揉めていると、城の奥の方から、片方の目を覆う眼帯から傷跡を覗かせた小柄な男、イスマエルがやって来る。その初老の男は、呆れたように口を開く。


「少しは陸の流儀に慣れろ、サルバズ。船の上とは違うのだぞ」


 イスマエルが来た事で、この状況を自己判断する責任から逃れた兵士達は、黙ってサルバズ達から二歩離れる。サルバズはすぐに、顔見知りのイスマエルに詰め寄る。


「俺は数日前、間違いなく魔女、それにフォルコン号と戦った! フォルコン号には少数だが精鋭の水兵が乗っており我々は一隻のみだった、それでも俺達は魔女をフォルコン号から遠ざけジャングルに追いやった、だがあと一歩という所で邪魔が入った、クジャック砦で海戦の直前に奪われたガレオン船、グレイバロン号が襲撃して来たのだ! 奴等は我々の味方でも、魔女の味方でもなかった!」

「黙れ、サルバズ、それが本当に大事な情報なら、誰彼なく聞かせるな……全く、いつまで三下のつもりなんだ」


 イスマエルは苦笑いを浮かべ、サルバズの肘に触れると、ついて来いというように振り向いて歩き出す。サルバズはそれを追って小走りに駆け出すが、水夫達がそれについて行こうとするのは、兵士達が止めた。


「お前らは駄目だ、ボートに戻れ!」

「何でだよ! 俺達はサルバズ船長の忠実な部下だぞ!?」

「お前達、言われた通りボートで待っていてくれ!」


 サルバズは一度足を止め部下達にそう言って、再び早歩きのイスマエルを追い掛ける。



 一階への階段を上がりながら、イスマエルは尋ねる。


「魔女と戦ったというのは、船乗り特有の法螺吹きではないのだろうな」

「当たり前だ、俺は本当しか言わない、あんたは本物を見た事があるのか」


 イスマエルはさらに階段を早足で上って行く。サルバズはそれについて行く。

 最上階まで続くこの大階段には各階のホールに見張りの兵士が居て、誰もその目を逃れられない。

 二人は二階のホールを過ぎ、さらに階段を登る。


「イスマエルさんよ、アドルフさんはここに居るんだろうな」

「……今は居ない」

「待てよ!」


 二階から三階へ続く階段の途中の踊り場で、サルバズはイスマエルの腕を捕まえて止まる。


「アドルフさんに話さなきゃ意味ないんだろ、ここに居ないならどこに居るのか教えてくれ!」

「黙れ小僧! アドルフ氏が居ない間は俺がここの責任者だ、話は四階の執務室で聞く」


 イスマエルは少しだけ語気を強め、サルバズに取られていた腕を振り払う。サルバズも素直に従い、再びイスマエルについて行く。


「だけど俺の心配も解ってくれ、イスマエルさんよ、俺は本当に魔女と対峙したんだ」


 三階に到達したサルバズは言葉の途中で足を止める。気配に気づいたイスマエルも足を止めて振り返る。


「あんた、魔女と聞いてどんなイメージを浮かべる? はっきり言おう、俺は男を惑わすような肌の出た服を着た化粧の濃い女を想像していた、だが俺が見たのは小柄なじじいだった、ちょうど、あそこに居るみたいな」


 サルバズはそう言って、大きな吹き抜けの向こう側の廊下に居る、箒と手桶を持った小柄な老人を指差す。その少し腰の曲がった老人はターミガン風のガラベーヤを着てクーフィーヤを被っていた。

 誰かに指差されたのが解ったのか、老人はこちらを見ていた。サルバズはすぐに老人から目を離し、イスマエルの方に真っ直ぐ視線を向ける。


「あんなじじい、どこにでも居るだろう? そうかと思えば少年のような姿にもなるんだ、パウダーモンキーか、銃士見習いのような、髪の毛も短いし誰もそれを魔女だとは思わないような。しかしある時には、真っ赤なドレスを着た女の恰好をしている。それが魔女だ」


 イスマエルも吹き抜けの向こうの、掃除夫らしい老人から目を離し、俯いて考える。自分やサルバズのような目端の効く人間はともかく、一介の兵士が「魔女」という言葉が持つ先入観に囚われてしまうのは、確かに危険だ。

 市内を捜索している連中もそうだ。彼らは魔女らしい人間を探しているが、それがもしターミガン風の老人の恰好や、パウダーモンキーの少年の恰好をしていたら、見つけられるだろうか。


「……ちょっと待て!」


 サルバズが突然叫び、イスマエルは物思いから引き戻される。三階の階段ホールを警備していた二人の兵士も、サルバズを注視する。


「これは何だ!?」


 サルバズが急に見咎めたのは、二階と三階の間の踊り場の壁にあった、小さな鉄格子だった。それは30cm角程度の小さな物で、中に牢がある訳ではない。サルバズは今登って来た階段を駆け下り、それに近づく。


「ターミガン風の通風孔だろう、出入り口にはこの通り鉄格子がはまっているし、中は人が通れるようには出来ていない、煙突のようなものだ。それが何か?」


 ゆっくりと追い掛けて来たイスマエルは怪訝そうにそう尋ねる。

 サルバズは鉄格子を掴み、激しく揺さぶってそれを枠ごと引き抜くと、振り向いてイスマエルに押し付ける。


「魔女は梯子もネットもない船の舷側をフナムシのように這う事も出来るし、非常に狭い隙間を潜り抜ける事も出来るんだ、俺は実際魔女が通り抜けた最下層甲板の隙間を通れずに引っ掛かってしまい、魔女を取り逃がした事がある。まさかとは思うが、この城にも既に魔女が現れたんじゃないだろうな? この警戒ぶりは俺の目から見ても異常だ、何故各階の階段ホールにまで見張りが居るんだ」


 イスマエルは、サルバズに押しつけられた鉄格子とその枠を睨みつけながら答える。


「余計な口を効かず、さっさと気づいた事を言え」

「こんな通風孔があとどれだけあるんだ? こんな物があったらあの魔女はどこからでも入って来るぞ」


 サルバズは真顔でそう告げる。イスマエルは眼帯に隠れていない方の目を見開き、何事かと思いついて来ていた二人の兵士の方を向く。


「お前達は持ち場に戻れ! なんて事だ、警備を見直さなくては、一緒に来いサルバズ!」


 イスマエルはそう叫んで今登っていた階段を降りて行く。サルバズもすぐに、それを追い掛ける。


「何故もっと早くに言わなかったのだ!」

「だから火急の知らせだと言ったろう!」


 二人はそんな口論をしながら階段を駆け下りて行く。

 三階の階段ホールの警備を担当していた兵士達は、互いの顔を見合わせ、階段を登って持ち場に戻る。

 その時には、吹き抜けの向こう側に居たターミガン風の老人は消えていた。

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― 新着の感想 ―
しまった!!これは城に侵入する最後のチャンス?!
お針子仲間へのシンパシーが暴走しなくて良かった ミラレスの行動も、マリーちゃんとは敵対する立場だけど敵が必ずしも人として悪辣とは限らない 人間の多面性が垣間見えて良い描写だなと思いました(単にイラつい…
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