デイヴ「ちくしょう何なんだあの娘は、ラゴンバの呪術師に頭を乗っ取られちまったのか」
小さな悪役令嬢に振り回されるサリーム爺さんの話もたけなわですが、ごめんなさい、作者が忘れてしまう前にもう一人の悪役令嬢、イルミナのその後の話も挟ませて下さい。
マリー元帥(笑)たっての頼みで、ラランジェから南大陸西岸を西へ進んだストームブリンガー号。かつてはコンドル船長にマカーティ船長、ジュリアン少年、そして一時はイルミナも乗っていた因縁の船です。
今はロブ船長とその仲間達、そしてイルミナの従者キャサリンとエイムズ、そしてストーク人傭兵オロフなどが乗っています。
ピンネース船ストームブリンガー号のロブ船長は、ジーベック船ディバ・ニーナ号を連れてラランジェを離れ、アマレロに向かっていた。
ロブは最初、より大型のディバ・ニーナ号への引っ越しを考えていたが、今回は先を急ぐ為、見送っていた。
「着いたぞ、アマレロだ。前に来たのは先月の初め頃だったか、あまり久しぶりでもないな。ガハハ」
しかし、遠目には何も変わっていないように見えたアマレロ港は、ストームブリンガー号が湾内に入り岸壁に近づいた途端豹変した。
―― ドォン! ドォォン!
港の砲台からは威嚇砲撃が行われ、漁船に見えた小船は海兵隊員を満載したガンボートへと姿を変え、多数のオールを出し迫真の勢いで迫って来る。湾内に居た2隻のブリッグ船はレイヴン海軍旗を揚げ、風上へと切れ上がり出す。
「うわああ! 待て待て撃つな、撃つなーッ!」
◇◇◇
アマレロのレイヴン領事は最近交代したという話は、ロブもマリーから聞いていた。
「おっ、俺はマリー船長の依頼で来たんだぞ! 何でこんな扱いをされなきゃならないんだ!」
たちまち停船させられたストームブリンガー号には、領事代行のベルミット本人がレイヴン海兵隊と共に堂々と乗り込んで来た。
「アーノルド・アンソニー、通称ロブ、お前には海賊行為の疑いが掛けられている。このピンネース船はどうやって手に入れた? お前は私掠許可証を持っていないはずだが」
賄賂も脅しも通用しない屈強なエリート官僚、ベルミットは、ロブが慌てて差し出した手紙を読みながら続ける。
「……しかしこのパスファインダー船長の手紙は本物だし、この内容が本当なら私は感謝しなくてはならない。犀角海岸の情勢は短時間でここまで変わったのか……そして貴殿は大いにパスファインダー船長の助けになってくれたと書いてある。ありがとう、ロブ船長」
ベルミットは厳しい表情のまま、ロブに手を差し出す。ロブは軽く肩をすくめるが、いつも通り豪快に笑ってその手を取る。
「ガハハハ、まあ解ってくれたらいいんだ」
「だが、海賊行為が無かった事になる訳ではない」
しかしベルミットは真顔のままそう言って、握った手に力を込める。ロブが離そうとしても離れない。
「お前は他ならぬパスファインダー船長に保釈金を払ってもらい、刑の執行を猶予されている状態だったにも関わらず、海賊行為を行い通航中のピンネース船を強奪したな? まあそのピンネース船も無国籍の船だった事は既に判明しているのだが」
「だ、だったらいいじゃないか」
「一方貴殿は犀角海岸沖の海戦にレイヴン海軍と共に参戦し、敵船を共同拿捕する戦果を挙げたと」
「そ、そうだ、俺はレイヴン海軍と共に戦った英雄だぞ!」
「だがそもそもの海賊行為の罪とその裁判を無視した罪、その保釈中に次の海賊行為を働いた罪、そこから犀角海岸で戦った事への報酬と今回の協力への礼金を差し引き、大型ジーベック船を獲得した事による特別収得税を加算すると、お前には金貨8,000枚の支払い義務が残る」
「わーかった! 取り引きだ取り引き! お前らも手が足りてないんだろう!?」
◇◇◇
「全く、こんな紙切れ一枚の為に……こんな港寄らなきゃ良かった」
ベルミットは条件を飲んだロブの為に、領事の権限で発行出来る最大範囲の私掠許可証を書いて渡す。
口では文句を言っていたロブだったが、その顔はにやけていた。支払いの為にストームブリンガー号を領事に明け渡す事になったものの、自身は無国籍の海賊ではなくなったのである。これからは故郷にも大手を振って帰れる、レイヴン国籍の私掠船だ。
おんぼろの改造コグ船で海賊を続けようとするロブを笑う者は、故郷にもたくさん居た。だが自分が立派な大型ジーベック船の船長として堂々と帰って来るのを見たら、奴らはどんな顔をするだろうか。
さて、アマレロの領事に用事のある者は、ロブの他にも居た。ストームブリンガー号に同乗していた、かつてのイルミナの従者、キャサリンとエイムズである。
「ベルミット様! お嬢様は、イルミナ様の消息はどうなりましたか!? マリー船長から聞きました、領事様はお嬢様をアマレロ周辺で探して下さっていると」
「貴女達が来て下さった事も良かった。実は、妙な事になっているのです」
個人的にマリーに対し後ろめたい気持ちを抱えていたベルミットは、マリーが去った後もその依頼に忠実に応え、出来る限りの手を尽くしレイヴンの伯爵令嬢とアイビスの小太りの水夫の行方を探していた。
そして密林から町を経て湾内へ注ぎ込む川を、見慣れない北大陸風の大型ボートが遡上して行ったという情報を掴んだ彼は、仕事の出来る部下を選び、一個分隊の海兵隊員と現地の案内人をつけて派遣したのだが。
◇◇◇
「起きなさい……起きて!」
頬を掴んで揺さぶられる感覚で、アレクは目を覚ます。開けた薄目から最初に入って来る光景は、夜明け前の紫色の空と、高い密林の木々の梢だった。
連日の逃避行に、アレクは疲れていた。今だってまだ四時間しか寝ていない。
密林の中を流れる川はひどく蛇行している上、密集した高い木々と生い茂る草花のせいもあり、自分がどこに居てどちらを向いているのかもすぐに解らなくなる。そして水量が豊富で流れの穏やかな川は、様々に枝分かれしている上、あちらこちらで水路のように繋がってもいる為、まるっきり天然の迷路のようである。
「奴らが近づいてますわ、斥候を見つけましたの、レイヴン海兵隊よ……本当にしつこいですわね」
南大陸の女王号と名づけられた貨物用ボートには、一本のマストが立てられていて、艇尾には木の枝と藁で作ったあり合わせのテント、いや船尾楼がある。アレクはそこから、イルミナの手で引きずり出される。
イルミナはもうブレイビス仕立てのドレスを着ていない。その代わり体にはブーブーと呼ばれる色鮮やかな一枚布を縫製した地元の衣装を着て、頭にはフラーと呼ばれる布を巻いている。足元は最近手に入れたぶかぶかのブーツをしっかりと編み上げて履き、手には漁師用の槍を持ち、顔には赤土や木炭を使ったフェイスペイントまでしている。
ボートにはアレクとイルミナの他に、イルミナに雇い入れられた三人の地元民の若者が乗っている。彼らは彼らで、好奇心に釣られてこの冒険について来てしまったを後悔し始めていた。
彼らの雇い主となったイルミナの姿は、彼らの基準では完全におかしい。この北大陸人の少女はなぜ雄鶏の精霊を示すフェイスペイントをして、成人男性を示すデザインのブーブーを着ているのか。
イルミナはそこまで知る由もなく、ただ気に入ったデザインを選んだだけなのだが。
アレクはこれまでと同様に、まずは説得を試みる。
「もうやめましょうイルミナさん、レイヴン海軍の人も困ってますよ、今はまだ弾が飛んで来てないけど、ファムドゥやクンバ、ニャマンカラが撃たれたらどうするんです」
「だから私が自ら挑発してるんでしょう!?」
しかしイルミナはやはり、耳を貸さない。そして畳んであったボートの帆を勝手に広げだす。基本的な事は、もう見て覚えてしまったのだ。
アレクは乗組員となってしまった三人の若者に目を向け、苦笑いをして肩をすくめる。三人も同じような表情で頷くと、それぞれの持ち場へとついて行く。彼らは元々水運の仕事に長けた部族の若者達でもあった。
「しゃんとなさい太っちょ船長! 奴らに捕まるくらいなら私、船に火をかけますわよ!?」
「はい、はい、今やりますってば」
イルミナが開いた帆をアレクが操りしっかりと風を掴み、三人のラゴンバの若者が櫂や長竿で行き足をつけると、南大陸の女王号は、結構な俊敏さでジャングルを流れる大きな川を進み出す。
―― ピピイーッ! ピピイーッ!
密林の中で、やや不自然な鳥の鳴き声のようなものが響く。南大陸の女王号に迫っていた密偵が、そのボートが逃げ出してしまったのを見て、慌てて仲間に知らせる為の呼子笛を吹いているのだろう。
「ファムドゥとクンバはそのまま漕いで、ニャマンカラは船長と舵を変わって!」
イルミナは若者達に現地の言葉で叫ぶ。彼女は彼ら一人ひとりから家族構成を聞き出せるくらいには会話が出来るらしい。毎日それを見て来たアレクも、少しだけ彼らと直接言葉を交わせるようになって来た。
実際アレクは相当感心もしていた。フォルコン号ではあまり航海の手伝いもしなかったこのレイヴン人の貴族の少女は、驚くほどたくさんのラゴンバの部族の言葉と文化を少しずつ知っていて、それを使いこなせるのだ。その点に関してはマリーにも劣らない程である。
このとりとめのない逃避行もそうだ。いくらフォルコン号から持って来た物資があるとはいえ、二週間もこんな事を続けられるとは思わなかった。
その間イルミナは様々な部族に積極的に声を掛け、贈り物をして信頼を得たり、物々交換をしたり人や家畜を運んでやったりして、その生活に踏み込んで来た。
おかげで陸上の友人がレイヴン海兵隊のボートの接近を知らせてくれたりするから、ますます捕まる事が出来なくなってしまったのだが。
イルミナは一体何がしたいのだろう。アレクはそれを思わずにはいられない。タルカシュコーンでの政略結婚から逃げ出して、あとは家族の元に帰るだけではなかったのか?
どうもマリーは何か知っていたようなのだが、いつもの通り教えてはくれなかったので、アレクも聞いてはいなかった。後でこんな事になるのだとあらかじめ解っていたら、ちゃんと聞き出しておいたのだが。
「ホーッホッホッホ! 赤羽根のカラス共、その程度のよちよち歩きで私を捕まえるおつもりだったのかしら、生後三か月の雛鳥でももう少し上手に餌を取れましてよ、とっとと国に帰ってママ鳥に餌をねだると宜しいのですわー!」
藁造りの船尾楼の後ろで、イルミナは槍を振りかざし、密林の中で見ているであろう、レイヴン海兵隊の斥候を煽り立てる。
次はマリーの話に戻ります。
おまけ、最近短編小説をアップしました。ほんの1000字の小品ですが、宜しければご覧ください!
異世界⚔️slipper‼️❗️‼️
https://ncode.syosetu.com/n5858ll/
もちろん、作者名のリンク、作者マイページからも飛べます!





