第48話 真なる名
あの日と同じだ。
三年前のあの日――瀬名セイラが死んだあの日と。
「レイド、レイド……!」
(ぐっ……うぐあ。マグナ……!)
あの日と同じように、目の前に立ちふさがる真紅の悪魔――イライジャ・イオバルディの駆る〈紅艶魔王〉の構える凶悪な突撃槍の先は、〈マグナレイド〉を睨みつけている。
あの時は瀬名セイラがかばってくれたことで、マグナはなんとか命をつなぎとめた。セイラを犠牲にしたことで彼は生きているのだ。
じゃあ今日は誰を犠牲にする? セルマか? クレアか? ヴィヴィか? それとも他の誰かか? もしかしたらそれは、レイドなのかもしれない。そうすることで彼は惨めに生き延びる。それに何の意味がある?
「さあ、終わりにしようか」
揺らめく炎の中を迫る〈紅艶魔王〉の動きが、まるでスローモーションのようにゆっくりと感じられる。実時間と体感時間の著しい乖離――死の実感による脳の活性。浮かんでは消えていく思い出――いわゆる走馬灯。そんなものがマグナの頭を駆け巡る。
生き残ったマグナは、まだ何も成し遂げていない。瀬名セイラと約束した“真の勇者”になるということも、シミオンと約束した娘たちを守ることだって。半端に首を突っ込んでいるヴィヴィにまつわる、鎧国の政治事情にしてもそうだ。
――何も成し遂げていない彼は、何者でもない。
とはいえ彼も、少しばかりは経験というものを積んできたつもりだ。
走馬灯を見るような死の実感も、これが初めてではない。無能勇者のマグナはいつだって綱渡りのように、この戦乱のガルダナ大陸を生き抜いてきた。
だから、松平マグナは動かない身体を、根性だけで動かす――。
☆☆☆☆☆
「うおおおおおおッ!!!」
破れかぶれになったかのような、マグナの叫び声が炎の中に木霊する。
それを見たイライジャ・イオバルディの口は、楽しそうに弧を描いた。
(ほう、この状態から動けるか)
使い物にならない存在だと思っていた。それが三年前のあの日、彼の前に魔錬機に乗って立ちふさがった。そして今日、再び彼の前にこうして立ちはだかっている。
興味深い。その一言につきる所業だ。
どうやって魔力もないのに魔錬機を動かしているのか? 他人のギフトを使いこなしているのか? そして何が松平マグナという男を、これほどまでにつき動かしているのか? 非常に興味をひく存在だ。
だが想定外の出来事が起こったところで、イライジャ・イオバルディという男は動じない。なぜならばそれが、彼と彼の仕える“教団”の目的そのものであるからだ。
(無様だな)
関心はしたし興味も抱いたが、それが実力として彼にかなうかは別の話だ。不格好に刀を構える〈マグナレイド〉を見て、彼は冷淡にそう判断する。
隙だらけだ。そう考えるまでもなく、まずは一撃で武器を飛ばす。次の二撃目で腕自体を。そして三撃目で右肩を。鍛え抜かれた彼の槍術は、神速の三撃をもって〈マグナレイド〉から右腕を喪失させる。そして――、
「命運尽きたな」
――そして、突撃槍を〈マグナレイド〉の操縦席へとつきつけた。
☆☆☆☆☆
「命運尽きたな」
「くそ……」
突きつけられる突撃槍。実際、いまのマグナに残された手立ては存在しない。《魅了する火焔》によって動きは封じられ、レイドの意識は消えかかっている。あとはイライジャがその槍をぶすりと突き刺せばこの戦いは終わる。
「あの夜と同じだな。貴様は私に右腕を破壊され、命を失うところだった。だが貴様は生き延びた。女に盾となってもらってな」
「……っ!」
事実だ。反論しようがない。しかしマグナは怒りで身が震える。セイラを失った自分の弱さに、状況判断が適切ではなかった自身の愚かさに、イライジャの言う通りどうしようもない現状に。
「無様だ。本当に無様だな貴様は。だが、それでも立ち向かう気概を見せた貴様に、ひとつだけ教えてやろう」
「……なに?」
「貴様は、私たち教団の目的をなんだと思う?」
教団の目的はなにか。シュルティアを灰燼に帰し、雅国を崩壊せしめ、サルディアの街でヴィヴィの命を狙い、獣人諸国でも暗躍しているという教団。
マグナの知る限り彼らの行動で得しているのは誰かと問われれば、鎧国の宰相ジルベールが思い浮かぶ。雅国の崩壊により領土を拡張し、ヴィヴィを始末することで何らかの利益を得ると仮定すればだ。しかし獣人諸国とは結び付かない。
であれば、教団の目的はなんだ?
富か。権力か。ジルベールすら駒の一つで、何か遠大な目的を達するため利用しているのか? 先ほど神殿の入り口で倒した勇者は、お決まりのように「金と地位」だと言っていた。それが組織自体の目的なのか?
しかしそれなら、雅国を崩壊させずに乗っ取ればよかった話だ。あれだけの軍事行動をおこせ、鎧国の宰相とコネクションがあるのならそれも可能だっただろう。ではなぜ雅国を崩壊させ統治しなかった?
「おそらく貴様は、我々の目的についていろいろ考えを巡らせているだろう。金銭が目的か? それはノーだ。では権力が目的か? それもノーだ。我々は戦いを起こす。それこそが目的なのだ!」
「戦いを起こすこと、それ自体が目的……?」
「その通り! 人は戦いの中で進歩する。より多くの敵を殺そうと武器を進化させ、自らの命を守ろうと技術を向上させる。貴様らニホン人は、我々の世界に魔錬機のようなものがある事を疑問に思うらしいな? だがそれとて戦いの中で生み出され、育まれた技術だ。魔法もそう。そして貴様が私に再び挑むまでに成長したのも、いくつもの戦いを経たからだろう?」
激化する戦乱の中で、秘儀中の秘儀であった《勇者召喚の魔法》は強力な駒として勇者を召喚するために乱発されることとなった。異なる世界の知識や文化との頻繁な接触は、このガルダナの地に大きな変化をもたらした。終わらない戦乱と共に――。
「おっと、勘違いしてくれるなよ。我らは戦乱をおこして、武器商人の真似事をして稼ごうというのではない。富が目的ではないと言ったはずだ。我らが望むは戦いそのもの。そうして戦いの炎に包みこまれたガルダナは、やがて最上の供物となる!」
「……供物?」
「そうだッ! 我らが崇めるは火の女神フリト! 戦いこそ成長ォ! 争いこそ進歩ォ! 人は命を奪い、奪われることで祝福を受けるッ! 嗚呼、女神よ我らが献身を受け取りください……! そして我らに痛みという祝福を! ガルダナの大地に、永遠の破壊による破滅と再生による進歩をッ!!!」
この世界を司る六つの魔法要素。すなわち光、闇、水、火、地、風。
六大国がそれぞれ一つを祀り、火の女神フリトはバルディア武国が特に崇める神だ。しかしかの武力大国でも、これほど極端かつ苛烈な崇め方はしない。せいぜい戦いの守護神として見ている程度だ。つまり教団は――。
「狂ってる……!」
「なんとでも言うがいい、異界から呼び出されし欠落者よ! 貴様もこの世界に戦いを広げるために呼び出されたのだ! 実際、こうして戦っているではないかッ!」
「確かに俺は勇者として召喚されこうして戦っている。それでも俺は――」
「名残惜しいがお喋りの時間は終わりだ。貴様も死して神の御許へ行け!」
☆☆☆☆☆
突撃槍が勢いよく〈マグナレイド〉の腹を抉ろうとしている。
まだ何者でもないマグナの命が、尽きようとしている。
――いや、何者でもないわけがない。
だって彼には松平マグナと言う名があり、その名を呼ぶ人々との記憶があるのだから。
(なあ、そうだろうレイド?)
強烈に、しかしゆっくりと動く心象風景の中で、マグナは相棒へと語り掛ける。
機械の身体を持つ風変りな相棒へと。
(なあ、お前にだって名前があるじゃないか。ずっと倉庫の片隅でホコリを被ってきた時間があるじゃないか。そして、俺達と過ごした時間があるじゃないか)
まさにこの瞬間、消えようとしてる相棒の意志にそうやって語り掛ける。幻惑が効く以上、マグナの相棒にはシステムとしての人格ではなく彼と同じく魂があるはずだ。その魂へと語り掛ける。
(マ……グナ……?)
(ああそうだ。俺だレイド――いや、零人)
名は体を表すというのなら、名前を忘れてしまったモノは一体どうなるのだろう。そうやって親や大切な人から込められた意味を捨て去ってしまったとき、ヒトはどういった色を持つのだろう。
(零人……それが私の名……)
(そうだ。勇気ある者、勇者零人。それがお前だ。そして受け取れ、お前の記憶を――)
マグナが一瞬垣間見た、彼の記憶に存在しない記憶。それはマグナの記憶ではない。一心同体たる相棒の記憶だ。だからマグナは相棒へ、相棒の大切な記憶を返す。彼が彼であるために。
『ようし完成だ。お前の名前は零式魔導錬成人型機械|だ。いや、少し味気ないな。だから縮めて零人。お前は機械じゃない。ただの兵器じゃない。この世界に平和をもたらす、最初のヒトなんだ』
そしてレイドの中に、なんだか懐かしい気のする声が響いた――。
☆☆☆☆☆
「――神の御許へ行け! ――なに!?」
「うおおおおおッ!!!」
イライジャ・イオバルディの突き出した突撃槍は、〈マグナレイド〉を貫くことはなかった。
とうてい避けられる位置ではない。そして避けたのではない。受け止めたのだ。瞳に輝きを取り戻した〈マグナレイド〉の左腕が、突撃槍をがっちりと掴む。
(思い出したぞマグナ! 私の過去! 何故私がこうしているか! 私は君と一緒なんだ! 私を造り上げた者の、平和を願う想いによってここにいるのだ!)
「ああそうだな相棒! こっから逆転してハッピーエンドといこうぜ!」
心の奥底から力が湧いてくる。もはや《魅了する火焔》なんて通用しない。二人の魂はきっちりと未来を見据えている。
「火事場の馬鹿力というやつか! その根性は認めるが、この私には通用せん!」
「ぐわあああああッ!?」
一閃。突撃槍を受け止めた時点で限界に近かった、〈マグナレイド〉の左腕が斬り飛ばされ、強烈な痛みがマグナを襲う。
「これで両腕が無しだ。次は逃げられないよう足を奪うか?」
「その必要はない。俺は――俺達は逃げない!」
「ほう、噛みつきでもするかな? まあいい、今度こそ葬ってやろう」
距離をとった〈マグナレイド〉へ、〈紅艶魔王〉は最後の一撃を加えるべく迫る。マグナは決して退かず、仁王立ちをして迎え撃つ。
「一つだけ言っておく。俺の名前は真実の真に分岐の岐で真岐だ!」
松平真岐――それが彼の本当の名だった。幼い時はマキと読まれ、女の子だと間違えられたこともあった。けれど真岐はこの名前が好きだった。古い神様に由来するというこの名前が、大好きだった。
「生憎、死者に想いを馳せるようなセンチメンタリズムは持ち合わせていなくてね。せっかく教えてもらったが、すぐに忘れるだろう。さあ、今度こそ止めだ!」
そして突撃槍が、〈マグナレイド〉の腹を貫くことは――なかった。崩れ落ちたのは〈マグナレイド〉ではなく、焼け焦げた匂いを発する〈紅艶魔王〉の方だった。
静かに立つ〈マグナレイド〉は、その右手に〈雷切〉を構えていた。
「ばかな……、右腕だと……!? 確かに斬り落としたはず……?」
「残念だったが俺の使える力は、《雷撃》と《武器錬成》だけじゃねえ。その名の通り鏡の様な膜を貼り付けて視界を騙す《光の鏡》――迷彩魔法も使えるのさ!」
それは例えるまでもなく大博打だった。斎藤ツバキから受け継いだこのギフトは扱いが難しく、この決戦が始まるまでに完全に習得はできなかった。それを右腕が切り落とされそうという土壇場で使ったのだ。
結果――イライジャは慢心もあって右腕を切り落としたと誤認し、最後の一撃をかけるべく不用意に接近したのだった。
「お前たち教団が戦いを起こすのなら俺達が止める。このガルダナ大陸の戦乱を終わらせてみせる!」
「わかっているのか貴様……、それはこの世界を覆う空気に戦いを挑むようなものだぞ……!」
「たとえ不可能だと言われても俺達はやる。よく覚えとけ。俺は松平真岐、相棒は魔錬機の零人。二人合わせて融合の勇者〈真岐零人〉、この世界に平和をもたらす真の勇者だ! あの世でお前の神様に供物は無いって伝えな!」
「フフ……、無能勇者ではなくて融合の勇者だったか……。貴様らの戦い、あの世からとくと見物してやろう――」
その言葉を最後に、〈紅艶魔王〉は爆発し炎上した。
(大丈夫か、マグナ?)
「ああ、相棒。……セイラ、お前を殺したイライジャを倒したよ。これでようやく弔える――」
第4章 了




