第44話 追い続けた三年間
「教団の動きを確認。どうやら陽動が上手くいったみたいだね!」
「ああ、マルティナさんが上手くやってくれているみたいだな」
双眼鏡を片手にしたセルマが、慌てふためいた様子の敵を見て顔をほころばせる。
ここは旧アルクス雅国領神殿都市クレイン――その廃墟。そしてマグナ達は、険しい山間にあるその街を一望できる崖の上に陣取っている。ここからならクレインに蔓延る教団の動きは筒抜けだ。
「マルティナさんの部隊が動けてよかったね」
「そのタイミングを狙っていたんだよ。雅国が消滅したことによって、心国は終国だけではなく武国まで相手することになった。これは計画通りさ」
現在、ルミナス心国は大陸に覇を唱えんとするバルディア武国の大軍勢相手に、国境の要塞オルビスで激しい防衛戦を行っている。それによってルナティア終国へ侵攻していた心国の部隊はそちらへと抽出され、一時的に終国の戦線は余裕ができている。
そこでマグナは、マルティナにある要請をした。それは現在無主地である旧雅国領において、山賊討伐の為の兵を動かしてほしいというものだ。
いくら“終王のお墨付き”があったとしても、軍勢を動かすのにはそれなりの理由がいる。この戦いは“教団”という実在の不確かな組織が相手なうえに、ほとんどマグナの私闘のようなものだ。
だから理由を作ってやった。峻厳な山岳地ゆえに雅国崩壊後放置されている都市跡にはびこる山賊の討伐という理由を。
マグナたちの事前の調査によって、教団はクレイン跡以外にもいくつかの拠点をアルクス山脈に設けていることが判明していた。マルティナの部隊には、そちらをひきつけてもらっている。これで増援はない。
「ヴィヴィ、準備はいいか?」
「いつでも! 私と〈翠玉聖霊〉は準備万端です!」
ヴィヴィがいつも通り元気よく返答する。
妖種の姫であるヴィヴィが操る、エメラルドグリーン色をした豪奢なドレスにも見える魔錬機――〈翠玉聖霊〉は、地属性魔法によって無数の弾丸を放てる。それによって多くの敵魔錬機を抑えてもらい、数の不利を覆す。
「ミア、クレア、大丈夫か?」
「はいはーい、大丈夫でーす」
「う、うん……大丈夫だよマグナ!」
獣人種のミアは間延びした調子で、対照的にクレアは緊張をどうにか抑え込むように答えた。
彼女達の操る複座式魔錬機――〈叡魔白猫〉は、しなやかな白いボディをした機体だ。手には獣人種がよく使いミアが得意とする長柄武器、戟が握られている。そして何よりの特徴は、背部に二門の砲をそなえていることだ。
この砲はサブ操縦士側――つまりクレアが操ることができ、彼女の水属性の魔法を放つことができる。たとえ乱戦になって囲まれても、状況を打破する事が可能な装備だ。
「ガル、」
「誰に聞いている? 任せとけ!」
聞くまでもなく、ガルは既に戦闘態勢だ。彼の瞳は爛々と輝き、口の間から見える牙と手に光る爪は狩りの獲物を今か今かと待っている。
ガルと彼が連れてきた一族の者たちは陸戦隊だ。教団の拠点となっているだろういくつかの建物を制圧し、今後に繋がる情報を手に入れるのが目的だ。なにせ彼ら獣人諸国の領域で暗躍する教団の全容は、未だ明らかにされていないのだから。
多くの若い獣人種に混じって何人かの魔族も見える。エルモを始めとしたフォトゥリの自警団に参加していた者たちだ。マグナたちが戦いに赴くと知った彼らは、恩義を返すと言って協力を申し出た。
危険がともなうため最初はそれを断っていたが、あまりにも熱心に彼らが申し出るため、最終的にはマグナが折れる形で協力してもらうことになった。身体能力が高く、魔法にも長ける彼らの助力は正直非常にありがたい話だ。
「セルマはここで全体の把握を」
「マグナ、やっぱり私も戦った方が……」
「ダメだ。戦いは必ず乱戦になる。状況を把握する人間が必要なんだ。わかるな?」
「うん! 任せておいて!」
戦いにあっても混乱しない度胸を持ち、的確な判断のできるセルマは崖の上に残り戦況の把握に努める。護衛兼伝令役としてガルの一族の者も二人待機する。
「セルマ、もし作戦が失敗したらためらわずにフォトゥリまで撤退しろ。アヤネの所にかくまってもらえ。そして状況をみえてマルティナさんに連絡をとるんだ。きっと悪いようにはしないはずだ」
「……わかった」
今度は力強くセルマが頷く。
元より博打みたいな作戦だ。敵は強大。〈紅艶魔王〉一機だけでも厄介な相手なのだ。だからマグナは、彼以外の者がなるべく犠牲にならないように手段を講じておく。
「さてと……」
「マグナ、もしかして君が一番緊張しているんじゃないか?」
「馬鹿言うなよレイド。待ち望んでいたんだ。ようやく待ち望んでいたこの日が来たんだ」
「……そうだな」
きっとレイドなりに気を遣ってくれての言葉だったのだろう。
実際マグナの両手は、緊張か昂りかわからないが震えている。
けれど彼はこの日を待っていた。待ち望んでいた。他でもない彼自身の為に。
イライジャを問いただし、教団なる組織の目的を暴き、セイラを殺した咎を負わせる。
それで初めて彼女の弔いが完遂する。
「行こうレイド、俺達ならできる。そうだな相棒?」
「間違いない。マグナ、我が誇りは相棒である君と共に」
瀬名セイラを失ったあの日できなかったことをする。
彼女のためではなく、自分自身のために。
その一念で彼と相棒はここまでやってきた。
「総員、攻撃開始! レイド、《融合》だ!」
「心得た!」
マグナの合図でガル達が崖を駆け下り、ミアとクレアの〈叡魔白猫〉が跳躍し、ヴィヴィが召喚の秘儀によって〈翠玉聖霊〉を呼び出す。そしてマグナは、相棒と一心同体となる。
「融合、〈マグナレイド〉! とりゃあああッ!!!」
獣人種のガル達はともかく、マグナ達は夜目が効くというわけではないので夜襲ではない。教団の面々も単なる素人ではない為、すぐにマグナ達の襲撃に気がつき動きはじめる。だが一歩遅かった――。
「《武器錬成》――〈雷切〉! でやああッ!」
まずは一機目の『災』の文様の入った〈単眼鬼〉へ斬りつける。右腕を切断。続けて体勢を立て直す前に蹴りをお見舞いし、レモンイエローの〈マグナレイド〉はそのまま突っ込むような形でもう一度〈雷切〉を振るって一撃を加える。的確に操縦席を貫いた。
「まずは一機!」
(油断するな、次が来るぞ!)
脳内に響くレイドの警告。そうこうしているうちに教団側の魔錬機が続々と出て来る。それらは次々に《火球》などの魔法を放ち、これといった飛び道具のないマグナは建物の影に隠れるだけで精一杯になってしまう。
「マグナさんここはお任せを! 《泥濘連弾》!」
「サンキューヴィヴィ!」
迫る教団側の魔錬機へ、マグナの後方から泥の弾丸が雨霰と降り注ぐ。ヴィヴィの〈翠玉聖霊〉だ。今度は逆に敵側が動きを封じられた。
彼女の言う通りこの場は任せて、マグナはクレインの奥へ奥へと向かう。
「しかしここがあの神殿都市クレインか……」
今でも昨日のことのように思い浮かぶ。
横転する修学旅行のバス。そして次に目が覚めた時にいた荘厳な神殿。
あまり出歩いたわけではないが、歴史と伝統を感じるあの白亜の都市が今では見る影もない廃墟へと変貌している。これが戦争ということだ。
「フフ、懐かしいかな無能勇者殿?」
「この声は――」
不意に男の声が響いた。マグナにとって聞き覚えのある声だ。
いいや聞き覚えあるなんてものじゃない。マグナはずっとこの声の主を追っていたのだから。間違いない、間違いない、間違いない。ガルの部族の偵察によって、いるということは判明していた。けれどそれは確実ではない。写真なんてもの存在しないからだ。だからその男がここにいるという情報は、マグナの伝えた特徴に合致する人族がいるという少し不確かな情報だった。
けれど間違いない。この声は間違いない。会いたくなかった、けれど会いたかった。早く見つけてあの世に送りたかった、けれどすぐに殺すわけにはいかなかった。だから間違いない。間違えようがない。間違えるはずなんてない。
「――イライジャ! イライジャ・イオバルディ!」
「お久しぶり……と言っておこうか? 松平マグナ」
赤い髪に赤い鎧の男、イライジャ・イオバルディがそこにいた。
生身で無防備に、瓦礫の上に立っている。
「探したぞイライジャ! お前を殺す為に三年……三年探したんだ!」
「おやおや、それは光栄だ。けれど残念ながら片思いだ。私の方は貴様なんぞ今の今まで忘れていた」
「お前えええッ!」
「……おや? 殺さなくていいのか?」
マグナは怒りのままに振り下ろそうとした〈雷切〉を、直前で止めた。
イライジャは少し意外そうな顔をして、肩をすくめておどけてみせた。
「お前には……聞きたいことがある! 山ほどある! だからまだ殺さない!」
「その判断が命とりにならないといいがな。まあ、振るっていたところでその程度の攻撃、当たることはなかったが」
そう言ってイライジャは、〈マグナレイド〉に背を向けて歩いていく。
生身で、無防備に、挑発するように神殿の跡地へ歩いていく。
「待て!」
「待てと言われて待つ愚か者はおらんよ。そして無能勇者、貴様の相手は私ではない」
イライジャが指をパチンと鳴らした。するとどこからか見慣れぬ魔錬機が現れた、〈マグナレイド〉の前に立ちふさがった。
「邪魔だ!」
マグナはその魔錬機を斬ろうとする――斬ろうとするのだが、何か違和感を抱く。
「――この感じ、まさか!?」
「さあ、戦いたまえ無能勇者。果たして貴様は私が相手をする価値があるのかな?」




