第43話 決戦の予兆
「報告します。クレインに動きなし、魔錬機の数もこれまでの想定と変わりなし。最優先目標イライジャ・イオバルディの姿も確認しました!」
「ご苦労さん。休んでくれ」
「はい、次期族長!」
偵察報告を終えた獣人種の若者は、ビシッと敬礼してみせて去る。マグナの目の前に座る次期族長――ハウ・ラ・ゴル・グ・ギルナ・ガルは、腕を組んで「ふむ」と唸った。
「やっぱりイライジャってお前の仇はいやがるみたいだな。どうみるマグナ?」
「魔錬機の数からいって教団の本拠地――というよりは重要拠点の一つで間違いないだろう。戦力を拡充する動きがないということは、こっちの動きには気づいていないな」
フォトゥリの街での一件から、ひと月ほどの時が流れた。
旧雅国領神殿都市クレインに狙いを定めたマグナ達は、アルクス山脈の根元に当たるフォトゥリに拠点を置き、攻略の為の準備をする事となった。
自ら「呼べ」と言った通りヴィヴィによって木に獣人種特有のサインが刻まれると、ガルはすぐに駆けつけてくれた。しかも彼一人ではない。ハウ族の次期族長の称号に違わず、ハウ族の若き勇姿十数人を連れてだった。
彼らは皆強靭な肉体を持ち、やや離れた場所にあるクレイン跡地を交代で偵察してくれている。アルクス山脈の険しい山々も、彼らの前にはちょっとしたハイキングコース程度のものだ。
というわけで一挙に戦力を増強したマグナ達だったが、まだ問題は山積みだ。
そんな中で最大の問題はというと――、
「人数は三十人から多くても五十。それはまあ……厳しいが人族が中心みたいだし、俺達獣人が奇襲をかければ対応可能だ。問題は……」
「魔錬機だな」
――魔錬機だ。
現状確認されているだけで、クレインには十機ほどの魔錬機が存在している。そしてイライジャがいるということは、確実に出て来るだろう〈紅艶魔王〉の存在もある。大規模な傭兵団、もしくは立派な騎士団レベルの戦力だ。
対して、マグナ達の魔錬機戦力は乏しい。まずはマグナ自身の〈マグナレイド〉。そしてヴィヴィの呼び出す〈翠玉聖霊〉。――以上だ。
「妖の姉ちゃん、【ミア】の調子はどうだ?」
ガルがヴィヴィに「そう言えば」と訊ねる。
ミアというのは、ハウ・レ・ヴン・ド・ミルマ・ミアというガルが連れてきた白い毛が猫の様で可愛らしい獣人種の女の子で、戟と呼ばれる長柄の名手だ。そして何より獣人種の中では珍しく、魔法の才能がある。
そんな彼女はその才能を活かしてもらうべく、ヴィヴィの下で魔錬機の操縦訓練を受けている。
「さすがの身体能力で上達は早いかと! ただ……」
「ただ?」
「やはり獣人種の方の魔力では、経戦能力に不安があります!」
マグナとガルはそろって「やっぱりか」とため息をつく。
獣人種でもミアのように才能があれば魔錬機を動かすことができる。……できるのだが、実戦ということを考えると、いかんせん経戦能力に不安が生じる。
勘違いされがちだが、魔錬機を操縦するうえで必要なのは魔力だけではない。マグナのような例外を除けば、鍛えられた肉体も必要なのだ。
筋力に優れる獣人種はその点においては申し分なく、元から槍の使い手で反応速度もいいため、ミアはすぐに戦闘レベルで魔錬機を動かせるようになったのだが、予想されていた経戦面での課題がぶつかった。
「じゃあやっぱり二機でどうにかするしかないか……?」
「ご安心を! その点については私に考えがありますッ!」
☆☆☆☆☆
「まったく、急に呼び出してなんの用なんですか? 皆のお食事を作っている最中なんですよ? 獣人種の皆さんはよく食べるし、ヴィヴィさんも一人で三人前は食べる。いったい何人前作っていると思っているんですか? アヤネさんが手伝ってくれているとはいえ、大変なんですからね!」
オッリ老の工房を利用した格納庫。
そこにマグナは、クレアを呼び出していた。
料理途中に呼び出されたクレアはぷりぷりと怒っている。
「すまないクレア。すまないついでに一つ頼まれてくれるか?」
「頼み?」
「ああ。ヴィヴィ、準備はいいのか?」
「ばっちりです!」
ヴィヴィが元気よく答えると、一機の魔錬機がマグナ達の前にやってきて駐機形態をとった。中から現れたのはミアだ。
「やっほークレア」
「お疲れ様、ミア」
白い毛のミアが元気よく手を振り、それにクレアも応える。
年が近いこともあって、クレアとセルマの姉妹とミアはすぐに仲良くなっていた。
「クレア、頼みというのはこれに乗ってほしいって話しだ」
「私が魔錬機に!? でも私の力じゃ動かしても戦闘は……、というかそもそもペダルに足が届かないし」
「心配ご無用! クレアちゃんはただ座っているだけでオーケーです!」
「座っているだけ……?」
疑問符しか浮かばないクレアは、目の前の魔錬機を観察する。
全体的には普通の魔錬機と変わりない。何度か見た、ミアが操縦を練習している魔錬機と同じものだ。だが一つだけ違うところを見つけた。操縦席だ。
「操縦席が二つ……?」
本来は一つのはずの操縦席が、なぜか二つある。
前の座席にはミアが座っているが、後ろは空席だ。
「そう! これこそが私とオッリ師匠が開発した複座式魔錬機ですッ!」
「複座式……?」
「その通り! 見ての通り二人で乗り込み、操縦担当と魔力供給担当をわける方式なのです!」
「え、でもそれは二人の魔力を同調させる関係でとても難しい技術だって、前にヴィヴィさん自身が仰っていたじゃないですか」
「まさにそう! しかしオッリ師匠のご薫陶賜り、越えがたき壁を乗り越え、今まさに魔錬機開発しに新たな一ページを刻む時がきたのですッ!!! そして何より、クレアちゃんならできます! 貴女の魔法の才能は、この私がヴィヴィアンヌ・ラ・テールの名をもって保証します!」
マグナとしてはヴィヴィの正体はあまり広まってほしくないので、軽率な名乗りはやめてほしいが、それだけ彼女はこの計画に本気だという事だ。
「ヴィヴィもそう言っているんだ。一度乗ってみてくれないか?」
「……マグナは私に戦ってほしいの?」
クレアの双眸がマグナを射抜く。
マグナにとって彼女は、恩人から預かった大切な娘だ。
その彼女を戦場に立たせる選択肢を、マグナはとろうとしている。
「……俺には責任がある。クレア――君とセルマを預かった親方に対する責任が。けれどそれを前提として、俺は君たちのことを旅の仲間として対等な関係だと思っている。無理にとは言わない。怖いのなら、嫌なのなら拒否してくれて構わない。けれど俺はこの作戦を絶対に成し遂げなきゃならない。それがこの旅の目的だからだ。だから対等な旅の仲間としてお願いする。クレア、この魔錬機――〈叡魔白猫〉に乗ってくれないか?」
マグナは誠心誠意頼み込む。決してクレアを駒として思っているわけではない。決して彼女達の父であるシミオンを裏切るつもりはない。
シミオンはマグナの旅の目的が戦いだと知ってなお二人の娘を同行させた。そして「外の世界でいろいろなものに触れさせ、成長させてほしい」と言っていた。彼はもしかしたら、こういう事態も想定していたのかもしれない。
クレアはしばらくじっと、そんなマグナの顔を見ていた。
そして静かに頷いた。その雰囲気は、年齢よりもずっと大人びて見えた。
「しょうがないなあ。まったく、村にいたときからマグナは少しダメな所があるよね? なんて言うの? 甲斐性が無い? そんなんじゃ将来お嫁さんから逃げられるよ?」
「それは……困るな」
「そうそう困るんだよマグナがそんなんじゃ。だから任せて。私がこの〈叡魔白猫〉に乗って、マグナを助けてあげるから!」
そして皆が見守る中、おそらくガルダナ大陸初となる複座式魔錬機〈叡魔白猫〉の起動実験は成功し、無事に実戦レベルであることが証明された。
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「えー、クレア魔錬機に乗るんだ。ずっるーい!」
「あはは、ごめんねセルマ。でも結構大変なんだよ。すごく揺れるし、練習しないとすぐに酔いそう」
夜。別件でフォトゥリを離れていたセルマも戻ってきた。
前々から魔錬機に乗りたがっていた彼女はひとしきりごねて見せた後、新しい挑戦をすることになった姉に一言、「がんばってね」と笑顔で伝えた。
「ところでセルマ、例の件はどうだった?」
「ばっちりだよ! マルティナさんは問題なしだって。言っていた通り、終王陛下のお耳つき……? だって!」
「お墨付きな。ありがとうセルマ、よくやってくれた」
足りない部分が補われ、山積みだった問題が解消していく。
どうやらマルティナはいかにも騎士然とした性格に違わず、約束をきっちり守るタイプだったようだ。それに気難しい女王として知られる終王のお墨付きをもらったのは、非常に大きい。
「ようし、これなら……!」
マグナの脳裏に炎に包まれたシュルティアの夜が蘇る。
あの夜の借りを返す日は近い。そう確信した。
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「皆の者傾注! これよりハルト閣下より訓示がある!」
滝川タカトシの言葉に、居並ぶ大軍勢がさっと壇上へ注目する。
その無数の視線の先には一人の勇者――バルディア武国で将軍の地位を手に入れた織田ハルトだ。
ハルトは地平の果てまでいるかのような大軍勢を一瞥すると、力強い言葉でしゃべりだす。
「武王陛下は俺にこう仰った。『ルミナス心国の蒙昧な狂信者共を一掃せよ』と! 目標は心国の要塞オルビス! 光の女神ルミナの名を騙りてこのガルダナの平穏を乱す狂信者共を蹴散らせ! 全軍出撃!」
「「「うおおおおおおッ!!!」」」
アルクス山脈の峰々さえ揺らすような大音声で兵たちが応える。
これが後にガルダナ大陸の戦史において語り草となる、『勇者将軍ハルトによる鉄壁城塞オルビス攻略』の始まりである――。




